出戦2
「・・・・・レンヤン!」
「・・・・ケルレン・・・・・」
急いでオタル族に戻ったケルレンの顔を困惑したように
レンヤンは見つめ返していた。
見知らぬ男に抱きあげられ、
その頬、手、服にはまだ新しい血が付いていた。
「レンヤン!血が!・・・・・・どうしたの?」
慌てて男の手からレンヤンを抱き取ろうとしたが、
男は、レンヤンを渡そうとしない。
怪訝そうに見上げるケルレンを面白そうに
見つめる・・・・その中年の
ちょうどハンガイの長ウリュスタイと同じ位40半ばの男と
見詰め合ってしまう。
「・・・・・・お前は?
・・見かけぬ顔だな・・・私のことを知らぬのか?」
口元を歪めたまま面白そうに問いかけてくる
男に瞬間的に、現オタルの長と同じ物を感じ取った
・・・気位だけは高くて・・・いつもケルレンを
中位の部族であるハンガイを馬鹿にしている
あの男と同じ・・・・・自分達と対等に思っていないと言う
雰囲気。
「・・・・・ケルレン~!・・・」
懸命に手を伸ばしてケルレンの元に行きたそうにしている
レンヤンにどうしたら良いのかケルレンは戸惑っていた。
「・・・・・・まったく・・・・可愛くない子供だ・・・
この父に少しも懐こうとしない・・・・」
視線をケルレンからレンヤンに移し
吐き捨てるように言う男に、レンヤンの父親なのだろうか?
・・・・チョイルンはこの男を夫としたのか?と驚いて
しみじみと見つめる。
「・・・・・・お前・・女みたいなひ弱な身体だがオタルの一族の戦士か?
帯剣しているな・・・・今まで何処にお前を隠していたのだか・・・あの女は・・」
事情をあまり知らされていない様子の、チョイルンの夫として
余りにも年を取っている高圧的なこの男に腹立たしいものを感じる。
「・・・・・ケルレン・・・・・です・・・
初めてお目にかかります・・・・。」
心の中の苛立ちを抑えながら男に対して礼をする。
後ろ盾の無いチョイルンが
恐らくどこかの有力部族のものとの縁を求めたのだろうと
言う事が感じられたからだ・・。
フールンの母親がハンガイと縁を結んだように。
誰はばかることの無い最大部族の一つであるオタルの
血を引くチョイルンが、レンヤンが・・・こんな男に膝を
折らなけれならないのかと改めてその存在の不安定さを
知った。
「・・・・・・イェニセイ族の長です。」
恐る恐ると言った様に横から誰かが教えてくれる。
押し付けるようにレンヤンを渡され、慌てて受け止めつつ、
ケルレンは、チョイルンが、現オタルとハンガイの敵である
イェニセイ族と手を結んでいたのだと言う事を知った。
「・・・・・・・・・」
いつも元気なレンヤンがギュッとケルレンの服を握り締め、
首に顔を埋めるばかりで一言も喋ろうとせず、
あんなにレンヤンを大切にしているオタルの人達も
下を向いて男を邪魔しないようにしているその雰囲気に
ケルレンは、重苦しいものを感じていた。
「ふん!」
身を翻して立ち去ってゆく男をレンヤンの背中を
慰めるように撫ぜ、ただ見ていた。
「そうそう・・・・・戦に後継を遣わせよう・・」
不意に後ろを振り返り言い放つ
「・・・・!!・・・・・」
「今回は、戦士は、1万だ・・・・・ただハンガイとバイカルの
意志を挫く為だけの戦いに数は要るまい?」
大きな声で笑うと
そのまま今度は振り返りもせず立ち去って行った。
結婚はいつでも・・・・と言う訳には行かない
日を選び、結納の品や人を選び、呼び
行わなければならない・・・・ましてや一部族の
中心の者にもなるとさらにそうなる。
戦を交えたドサクサの後では落ち着くまでは
確かに婚儀の儀式は、出来なくなってしまうのだと思った。
「・・・・レンヤン・・・血はどうしてだったの?」
擦り付けるようにケルレンに頭を押し付けて引っ付いている
レンヤンに改めて尋ねてみる。
怪我をしているのだろうか?と
伺ってみるが手にも足にも傷は無い様で一つ安心した。
「・・・・・ケルレン様を・・・・・探されて・・・
追いかけようとなさって・・・・」
恐る恐るそこに立っていたオタルの女が
教えてくれた。
「・・・・・・戦に総領が行かれてバタバタしている時で
目を離した隙に・・・・・・・集落の外へと一人で抜け出されて・・・
危ない所をイェニセイの長に助けられたのです・・・。」
「・・・・・・危ない所・・・?」
「・・・・・・・どこ・・・・・行ってた!・・・離れたら嫌だよ・・」
拗ねたようになレンヤンの声に瞳を向けると
顔を伏せたままポロポロと泣いていた。
「今回は、特にレンヤン様と分かって襲われた訳では
無いようですが・・・・」
「・・・・・・レンヤンは・・・・狙われている?」
小さく女は頷いた。
「・・・・・レンヤンは・・・・・チョイルンは・・・」
レンヤンの小さな体に付いた真っ赤な血が、
強く握り締められたケルレンの半分程の手が
レンヤン瞳から零れた熱い涙がとても痛いと感じた。