許嫁の少女
『フールン兄様へ
先日、月の女神様の頃、
兄様がお怪我をなされたとお聞き致しました。
セレンゲはとても心配致しております。
兄様のお身体は次の後継となる大切なお身体です。
兄様はセレンゲの夫となる大事な人です。
どうかそのお身体大切に、そして早く良くなって下さいませ
セレンゲ』
フールンがセレンゲからの手紙を読んでいる間3人の間を沈黙が支配していた。
「・・・・・・愛されて、良かったね。」
イライラする。
私の前で許婚の手紙を読んでいるフールンに
隠れて読まれたらもっといやなくせに嫉妬が押さえきれない自分に・・・・
「フールンの花嫁様だものね、愛しい大切な人からのお手紙良かったね。」
「まあまあそう言うなって!!」
耳に聞こえたその声に自分で持って来たくせにと怒りの矛先が
其方にも行くのを感じながら
してやったりとばかりヘラヘラ笑って取り成そうとするチーフォンの鳩尾に一発を
入れるとふざけてチーフォンが下に轢かれていたクッションの上に倒れこむ
「ウエッ!!」
「ふざけるな!!」
舌を出して仰向けに倒れているチーフォンに更に追い討ちをかけるように
倒れこみながら手加減した肘鉄を入れる。
それをチャンスとケルレンを抱きすくめようとするチーフォンの腕から奪い取るように
フールンがケルレンを抱き起こし一瞬ケルレンの知らない所で兄弟間の火花が散った。
急に激しい運動をしたため傷口が開いて脂汗を掻いたケルレンは
自分が怪我をしていたことを
痛みと共に思い出して馬鹿さ加減にあきれた
ついついそうさせようと思った訳ではないだろうが
チーフォンのノリに乗せられてしまっていた。
「・・・・兄上・・・・・・出ていって下さい。」
不気味に静かに響くフールンの声。
「俺は弟を心配して見舞いに来た兄貴だぞ!!」
「出ていって下さい。」
「二人っきりで何かいけない事でもする気だろう?!
助平なこととか?!」
「・・・・・・・
・・・ふざけるのなら・・・・出ていって下さい!!」
一瞬まじまじとフールンを見つめた後チーフォンは
「・・・・おい・・・・何故さっき一瞬沈黙したんだよ・・・・
・・・助平なこと・・・する気だったのか?・・・」
チーフォンはその言葉を最後まで発することもできないまま
フールンの凍てつくような無言の眼力でしぶしぶ出て行きかける。
「・・・・・ふざけないから・・・・居ちゃだめか?」
出て行きがけに振り返って聞いてみるがフールンの氷の視線に
貫かれ「ケルレン、ゴメンな」と一言言って出ていってしまった。
「・・・・フールン・・・それじゃあ私も大分痛いの治まったから・・・」
しばらくそのままで居たがなんだか傷も勿論物凄く痛かったが沈黙が痛い・・・・
隣にそろそろ戻りたい。
「・・・・嘘・・・・・まだ痛いくせに・・・・じっとしていて・・・・・」
ケルレンを抱きしめたままでフールンが柔らかく髪を撫ぜていく、そのたびに
助平なことされるのかもと硬くなっていた身体が緊張を解いていく。
抱きしめてくれる腕が温かくて心地よくて頬擦りしたい程
安心した。
「・・・・・・フールン・・・・・だ~い好きだよ・・・」
コテンとフールンの肩に頭を預けると微かに私に付けてくれた薬の匂いがして
それから大地の草花の匂いがして
大好きの気持ちが溢れてきて預けた頭をフールンの頬に押し付けながら
甘えるように軽く瞳を閉じた。
切り付けてきた相手を『・・・切り刻んでやりたかった』と叫んだ怒りに満ちた気持ちと
張り詰めたような表情からまるで雛鳥が親鳥にじゃれ付いているようなそんな表情
溢れんばかりの好きの気持ちに・・・・
「・・・・・・私は・・・・・セレンゲと結婚しなければならないだろう」
ケルレンの髪を梳きながら静かな声でフールンがそうはっきりと言葉に出す。
再び今度は違う意味でみるみる強張っていくケルレンの身体を、傷にさわらない程度に
強く抱きしめて続ける。
「・・・・・でもね・・・・・私の一番は君だ・・・・君と・・・一族だ。」
耳に聞こえる言葉が増えるたびにケルレンの瞳が鋭く尖っていく
「ふざけるな!!」
傷が痛むのにも構わず、血が滲むのにも構わず、
腕を振り解いてフーレンの頬を打ってしまう。
「ふざけるな!!!」
二発三発続けて打つ。
分かっているけど止まらない。
小さな頃からのフールンの許婚。
顔も知らない、でも将来私にはなれないフールンの妻になる存在。
避けていた問題、でも年頃になってきて避け続けられ無くなってきた問題、
今はっきりと叩きつけられた。
黙って打たれるフールンを見つめる視界が歪んでゆく
雫が静かに見つめ返すフールンの額に頬に落ちて行く。
・・・・・・分かっているのに・・・・・・私のこと大切に想ってくれているってこと
・・・・・・分かっていたのに・・・・・・それでも一族の為にセレンゲを妻にするって・・・・
・・・・・それでも私は・・・フールンが大好きで・・・守ろうって神様に誓ったのに・・・
思わず傷をした身体のままゲルを飛び出して行ってしまった
ケルレンにはフールンの言葉が
聞こえていなかった。
風に乗ってそして儚く消えていったその言葉。
「・・・・・・愛してるんだよ・・・・・それでも私は君を・・・・・」
十代も半ばになり常に命の危機にある後継に
そろそろ結婚させようとしている長の父の意志に
フールンも一族の為に従おうとしていた。