守るべき物
「ケルレン」
狼のような勇者の眼光で長は、ケルレンを見詰めていた。
「・・・はい・・・」
「申し渡すことがある。
本日より三日後の夕暮れより我が後継フールンと
分流バイカル族の長の娘セレンゲの婚儀を行う。」
長のゲル、自分達も過ごしているそのゲルの最奥に二人だけで
向かい合うその空気に耐えきれずに瞳を地に落とすケルレンの
息子フールンに良く似た顔を髪を逸らすことなく長は見詰める。
雨季の雨が止むことなく降り続く音が耳に煩い。
「・・・・・はい・・・・」
長を前にしたケルレンに余計なことを言う気力は沸いてこない
幼い頃から・・・赤ん坊の頃からけして逆らわない飼い犬の
ように育てられた身には、その視線さえも辛くて仕方が無かった。
「婚儀の邪魔が入らぬよう・・・そしてその後のイェニセイ族との合戦では
しっかりと後継を守るのだ。・・・・・再び勝手な行動は許さんぞ。」
「・・・・・・は・・い」
小さく拳を握り締める。
小さな頃から刷り込まれた飼い犬としての態度
しかし、その奥に眠る従わされている事に対する
炎のような怒りは消えることはなかった。
(私が守るのはフールンの身と心・・・・けして長じゃない
・・・・私の父と母・・・それから兄を殺したお前じゃない・・・)
パサリッ
瞳を上げたケルレンの前に立っていたのは、
チーフォン兄上に言われて三日後の婚儀を教えてくれた青年だった。
「・・・・長のお話は・・・お済みですか?・・・」
「・・・・終わった・・・」
『・・・では、此方に・・・』長への怒りが冷め切らぬまま
導くように前方を向いた青年の背に黙ってついて行く。
向かうのは恐らくフールンの所だろう・・・・
長にケルレンを連れて行くように申し渡されたのだろう・・・・
それから一言もしゃべらずに草原を二人で歩いて行く。
(そういえば初めてかもしれないフールンやチーフォン達以外と二人で行動
するのは・・・・)
ピシャンピシャンッ
しばらくして歩いているうちにいつものように感情を押さえることに成功し
ふと気が付いたときには側に寄ってさりげなく青年は防水用布で
ケルレンの頭の上を覆ってくれていた。
見上げると何故か瞳が合う。
「・・・・・お前は、・・・・確かチーフォン兄上といつも居る・・・
兄上の腹心の者だな・・・・名は?」
「・・・ドルハ・・・で・・ございます。・・・ケルレン様」
ケルレンと言った言葉を聞いてため息を付いた。
「・・・・兄上が教えたのか・・・あの、お気楽長兄は・・・・
でも、ケルレンの名は余り言わない方が良い・・・下手すると長に
逆らっているように見られるぞ・・・・」
前方にドクシィとシィホの世話をするフールンと側に居る
チーフォンが見えたこともあって
話しが途切れるとそこからはお互いに何もしゃべらなくなった。
雨で霞む視界の中のフールンを見て、再び心に思った。
(私が・・・守るのは、フールンだけ・・・だから・・・)