大切なもの
「フールン・・・なあ・・・どうしてケルレンの様子見に来ねえの?」
愛馬ドクシィの鬣を梳いているフールンを見つけた
チーフォンが駆け寄ってきてそう尋ねる。
「・・・・・・」
「おい・・・って!・・・・・どうしてだよ!」
此方に瞳を向けたまま質問に答えずに沈黙している
フールンに焦れた様に再びチーフォンが少し声を上げて尋ねる。
「・・・・すいません、理由をどう答えようかと思いましてね、
それは、私があの子から離れようと思うからです。」
「・・・どうして!!」
頭一つ半以上高い背丈の、兄チーフォンを真っ直ぐに見上げ毅然とした表情で
迷い無くそう答えるが、
チーフォンの「どうして」という言葉に少し苦笑いをしながら
ドクシィの鬣に視線を戻し続きをし始める。
「私は、あの子を妻にすることは出来ません、
でも私にそれこそ掛けられる全ての愛情を捧げてくれています。
・・・居なくなった家族の代わりの肉親の愛情・・・
・・・幼い時から背負わされた影武者の仕事の為の主への愛情・・
・・・友達としての愛情・・・そして身近に居る異性としての
憧れも含んだ愛情。」
異性の部分だけ少し声を低め
確認するように一瞬チーフォンの瞳を見たフールンの言葉に
なんとなく納得して頷きを返す。
「私が、妻を迎える事であの子が自分を失うかも知れない・・・
そういう想いで私は一切好きだとかそういうことを言わず大切だと言い続けました。
最後にもあの子に
『私にとっての一番』だと言いました。
・・・・・あの子の中であの子を保つ為に親離れするまでは、肉親の愛情を無くしては
ならない、でも、それ以上はけしてもう与えてはいけないと思ったのです。」
「・・・じゃあ・・・肉親の・・肉親としてでもいいから会ってやれば?
凄い寂しそうなんだけど・・・・」
「・・・兄上があの子を引き取るのでしょう?・・・じゃあもう親としての愛情もいいでしょう?」
こんな時でさえ周りに誰か聞いていないか注意しながら
話す弟に恐る恐る提案するが、少し口の端だけで笑った後
すぐに言葉が返ってきた。
・・・さあ・・・・綺麗になったよ・・・
ドクシィに囁きながら終わったとばかり鼻面をニ、三度撫ぜると
・・・失礼します・・・・
と立ち去ろうとしているフールンを、
何か堪らない気持ちになってきて後ろからチーフォンが抱きしめる。
ガッシリとした男らしい身体に成人前の小柄な弟の身体がスッポリ入り込んで、
遠くの方で兄弟のそんな姿を見てしまった
男達が一瞬引きつった後、白々しく瞳を逸らしそそくさとその場から去っていった。
「・・・兄上・・・」
変に見られてますよどうしてくれるんです・・・とでも言いたげな
憮然とした声音に
「・・・・好きなんだろ・・・?
・・・・好きって言えよ・・・セレンゲなんかよりケルレンのこと好きなんだろ?」
耳元で小さく囁くチーフォンの声が被さる。
「・・・・同じ年で親って何だよ・・・・弟なのに親って何だよ・・・
お前はケルレンの同じ年の従兄弟で、俺の可愛い弟だろうが!?」
「兄上・・・」
2回目は、少し震えているチーフォンの声に手を伸ばして
頭を撫ぜながらの声。
「・・・・一族なんか・・・・一族なんか・・・気にするな!」
「・・・・・」
黙って大分上の兄の頭を撫ぜている
まだ十代の半分位しか行っていないのに妙に悟りきって
冷静に全てを諦めているような弟が堪らなかった。
「兄上・・・・でも、もともと私の存在自体が一族の為に
生まれたような者ですから・・・・・」
そんなフールンの言葉にますますチーフォンは
腕に力を入れた。