戻ってきた光
チーフォンは疲れたと言って
式の途中の親族間の誓いの儀の中
フールンにそっと近づいて
「・・・・・フールン、なんというか・・・
『おめでとう』かな?・・・・ちょっと俺は疲れたから
悪いけど抜けるな?代理置いとくから
何とかしてくれ」
と後ろの一族の長兄が座る席に
座らされた哀れな男を親指で指す。
にやりと笑った後でチーフォンは、
「・・・・あのな・・・・言おうか言うまいか
迷ったんだけど・・・
こんな場で言うのも何だけど・・
ケルレン、生きてるぜ・・・俺のゲルで預かってる。」
フールンの耳元に他には聞こえない小さな声で
チーフォンは囁いた。
驚きで瞳を見開く可愛い末弟の
まだ大人になりきれてない
丸みが取れきってない目と、幼いラインの顎と
しかし瞳に宿る世捨て人かと言いたくなる様な
大人びた光と少し痩せた頬を見て
「おめでとさんだ!俺の可愛い末弟!」
ギュッとふざけた仕草と声で抱きしめて
長兄チーフォンは去っていった。
目覚めたね~
チチチと紫の瞳の小鳥は言った。
間に合ってよかった~
ケルレンに埋め込んでいた石
ケルレンの魂を儀式に使う為に奪うものだったけど
もう、必要なくなったからそれを使ってケルレンの魂を呼んでみたけど
さ迷った魂が戻せなくて~
でも、フールンが呼び戻してくれてよかったね~
お父様ももう良いって言ったからフールンもケルレンも
助かった方が良いよね~
よかったよかった~
チチチチチ~
と小鳥は去っていった。
騒ぎが少し遠くなった自分のゲルに入ると
チーフォンは右奥に話し掛けた。
「・・・・・フールンは神と精霊と御魂の前で
セレンゲを花嫁に迎えたぜ。」
チーフォンがきっぱりとそう宣言した。
ゲルの奥側を向いて寝転んでいたケルレンは
チーフォンの気配を感じて起き上がろうとするけれど
駆け寄ってきたチーフォンによって押さえつけられてしまった。
そしてチーフォンはケルレンの髪にそっと手を伸ばし
伸びかけた髪をゆっくりと梳いていく。
「無理するな・・・・月の女神の門前から
戻ってきたばかりの癖に・・・・・・・
一回意識戻ってから随分寝てたんだぞ?お前」
そのどこかホッとする感触を
目を細めて味わうとケルレンは、
「・・・・私、どうして生き返ったの
呼吸も心臓も止まってたのでしょう?」
チーフォンを見上げて問いかけた。
「・・・・あはは~風葬で狼とかに喰われる前でよかったな
っと・・・・ごめん。・・・俺も良く分かんないけど
フールンが死んでしまったお前に会った後、
すぐに族長の親父の所に帰って行ってさ
後に残った一族とお前を俺が預かって、
どうしようかって考えながらお前の所を見に行ってみたら
ほっぺたに赤みが差してたんだびっくりしたぜ!
フールンが何かしたのかなってさ」
思い出したのかちょっぴりケルレンを見つめる
チーフォンの瞳が潤んでギュッとケルレンを抱きしめた。
「よかった・・・お前が戻ってきて本当によかった」
しばらくケルレンを抱きしめていたチーフォンだったが
不意に顔を上げてケルレンの顔を覗き込む
「ケルレンでも本当によかったのか?
フールンとセレンゲが結婚してしまって」
ケルレンは、黙って頷いて
「・・・・フールンは・・
フールンは・・・・立派な長になるよね・・・?」
「・・・ああ・・・・間違いない。」
無理に押し出したケルレンのかすれた声に
チーフォンは瞳をすがめる。
「・・・フールンは・・・セレンゲの・・・
バイカル族と・・・オタル族をバックに・・・強い
強い・・・一族を作り上げるよね・・・?」
「・・・ああ・・・・絶対だ。」
俯いたケルレンの肩が震えている。
でも嗚咽も涙も堪えて
必死でチーフォンに・・自分に確認するように
言い聞かせるように何度も何度も
尋ねて
「・・・・フールンは・・・・それで・・この婚礼・・で・・
一番大切な一族を・・・守る・・・・」
そう言って唇を噛み締めるケルレンを
見つめているのが耐えられなくて
チーフォンはギュッとケルレンを抱き締めた。
いつもは怒って逃れようとするケルレンも
今度ばかりは大人しく受入れて
「・・・・・・・ケルレン・・・・お前が好きだ。」
いつに無く真剣なチーフォンの声に
一瞬ケルレンの肩が震える。
「・・・・・・・・俺の妻になってくれ!」
驚いたように顔を上げたケルレンに
ゆっくりと顔を近づけていったが
寸前でおでこに口付けを落す。
「・・・・長兄・・・・」
「・・・・・・お前がフールンが好きなの知ってる
・・・・傷ついたお前に付け込むとかじゃなくて
俺自身を好きにさせてやる・・・・・そしたら
今度こそ迷わずお前にキスすることにするぜ」
ニカッと笑ったチーフォンを呆然と見上げて
いたがやがてケルレンの表情はその笑顔に吸い込まれる
ように泣き笑いの顔になって大粒の涙を
零した。
涙とともにとたんに嗚咽が零れてきたケルレンを
しっかりと抱き締めてチーフォンはただ泣かせてやった。
「・・・・・今日は・・・・今日の夜はさ・・・
がまんしないでいっぱい泣けよ
俺がいてやるからさ・・・・・
大丈夫何もしないぜ・・・・身体弱ってるしな」
ニカッと笑ってガシガシとケルレンの頭を撫ぜると
泣いているままのケルレンの頭を
自分の胸に抱きこんだ。
「・・・・あ・・・・それからごめん
内緒にしていてって言われていたけど
フールンにばらしちまったぜ」
ニカッと笑うチーフォンに、でも殴る力は戻ってなくて
変わりに涙を一杯溜めた瞳で
睨み付ける事にしておいた。
その夜は
ハンガイ族の後継フールンと
その第一夫人となるバイカル族長の娘セレンゲの
婚礼の宴が盛大に行われていた。