小星は美味しいけどうまくない
馬車の座席に寝かされたミトラルカちゃんに近寄ると、おばあちゃんもおじいちゃんたちも道を開けてくれました。
横になっているミトラルカちゃんは寝ているみたいで、すぅすぅと寝息を立てています。
いいえ、寝ているのはミトラルカちゃんというよりもミトラルカさんです。
「平気? なんともなー……「くはないわね、どう見ても」
僕の言葉を引き継いで、最初に声をかけてくれたおばあちゃんが言葉を締めました。
馬車の座席に横たわり、気持ち良さそうな顔のミトラルカちゃんは少し大人びて見えます。
訳は簡単で、寝こけたミトラルカちゃんを見れば一目瞭然です。
鼻血跡は綺麗に拭われ、ぐっと髪は伸び、そばかすは消えて、身長も少し伸びていたのです。
髪が伸びて長くなった分にあたる髪の根本は元の髪色よりも薄い色をしていて、癖のないサラサラストレート。
そばかすの消えた肌の色も、元よりも少し美白しています。
「恐らくは寝ているだけであるはずだけど、一体どうすればこんなことになるのかしらね?」
おばあちゃんの言葉に、僕は小星をポケット越しに触ります。
身長が伸びているのを確認した後で、こっそりポッケから小星を一つ口に含んだのは内緒なのです。
「これか? 少し調べてみよう。この様子なら悪いものでもないだろ」
おじいちゃんがそう言って手に取ったのは、僕が吐き捨てた食べかけの小星です。
おじいちゃんはそのまましゃがみ込むと板張りの馬車の床に直接、白色の筆記具で絵を描き出しました。
近くにしゃがんで僕は絵を見つめます。
その絵には手で描いたとは思えないほどに綺麗な丸とその縁を彩るたくさんの飾り、そして真ん中に右目でも左目でもないシンプルな、瞳の部分が塗られてない一つ目があります。
おじいちゃんは描き終わったのか絵の真ん中、ちょうど瞳のところに舐めてもベタベタにならない舐めかけの小星を置き、服で指先を拭いました。
「うまく動けよ……」
そう呟いた声が聞こえると、おじいちゃんは絵に少しだけ描き足しをしました。
「……」
おじいちゃんが黙るので僕もじっと絵を見つめます。
「……」
黙ったまま動かないので、おじいちゃんの顔を窺ってみたけれども反応はありません。
後ろを振り返るとミトラルカちゃんを見ているおばあちゃん以外はみんなおじいちゃんの絵を見つめていました。
無視されているみたいで面白くなかった僕は小さく手を振ってみます。
僕に気づいた一人のおばあちゃんが相手をしてくれますが、それ以外の人はみんな少し僕を見てくれた後微笑むと、すぐにまたおじいちゃんの絵を見つめることに戻ってしまいます。
「だぁー、ダメだ動かねぇ。どこかで途切れてんな、こりゃあ」
おじいちゃんは床に尻餅と手をついてドカリと座り込むと溜息を吐きました。
おじいちゃんの手に持ったままだった筆記具が床板と手のひらの間に挟まれてカツンと音を鳴らします。
その音を合図に黙って見ていた周りのおじいちゃんとおばあちゃんたちが会話を始めました。
「わざわざ聞かなくっても着いてからさんざ調べるんだろ? まあいいじゃねえか」
「そうだな、どちらにしろこんな継いだ床じゃあうまくいく方が珍しいやな」
「でもお嬢の為だ、早めに手を打てるんならそれに越したこたぁねえだろう」
「そうね。でも出来ないものは仕方ないのだし、幸い深刻な症状も重大な損壊も無さそうよ。起こして見ないことにははっきりとは言えないけどね」
「なら起こすべきだろう」
「簡単に言うわね。私は手を打てる場所でないと状況を動かしたくないわ。だって今動かしてもし悪ければ、手をこまねいているしかないのよ?」
「そうだね、メティの言う通りなところもある。けどリューだって考え無しなわけじゃない、もし手遅れになることがあったらと思えば怖いんだろう。それに何より出来もしない事への言い争いなんて俺等らしくない。相手を取り込んで活かすのが俺等だろ?」
「ああ、こんなジジババになってんだ。肉体労働が出来ないんだから頭使うか。な!」
おじいちゃんとおばあちゃんたちはケンカしないけど少しイライラしてる。
そういう時はちゃんとすることがあるのです。
「ごめんなさい」
僕は頭を下げてしっかりと伝わるように謝ります。
これにおばあちゃんおじいちゃんたちはなんでか慌てている様子。
「おやめ下さい!神よ」
「だから僕は神様じゃないんだけど」
顔を上げるとみんな真剣な顔で渋面を作っています。
「要らぬ心配をかけましたが、我らが争点は学徒である我らの至らなさ、手の無さであり、あなたを責めるものではありません。物事の始まりはたとえ神でも人と変わりません。……いえ、我等はそう考えます。ですので「ちょっと待って」
「なんだ」
「いいから」
喋るおじいちゃんを停めて、はじめにミトラルカちゃんの様子を診てくれたおばあちゃんが一歩僕に近寄り、僕と目線が合うように少し屈みました。
「謝るということは、過去の過ちを認めるということです。あの物質は本来食べるべきものではないのですか?」
おばあちゃんの言うことを頭でほぐします。
そういえば食べ物かは知りません。
でも。
「ほえ」
僕は舌に小星を乗せて、おばあちゃんに見せます。
見せた後はまた口に戻す。
「美味しいよ?」
おばあちゃんは僕の言葉に言外の回答を得たようで、何か納得した頷きをみせました。
言葉には思っていない意味を含む時もありますが、本人の自覚していない意味を含む場合がままあるのです。
僕は一体何を伝えられたのでしょう。
「みんな、そろそろ着くみたいだからそれくらいにして、これからの準備をしよう」
変な空気が流れる中でおばあちゃんが一人、馬車の窓の外を見て声にしました。
僕は窓際に駆け寄り、窓の外をほっぺたをくっ付けて無理やりに前を見ます。
見えるのはもう既に疎らに周りに見える家々と、少し遠くにある緑色のとんがった大きな何かでした。
今日は暖かくてまだ眠いですね。




