オトナになればわかるかも
「そら、あんたが可愛いからやないの」
黒に近い紺の高そうな布を覆い被せた机の上にある水晶の球を転がしながら、近所で占い師をしているおばちゃんが僕にそんな言葉をかけた。
「ええか? たとえば、その髪。 色が抜けた白髪の白と違って、ツヤッツヤしてるやん。 自分ちの子、それも女の子がこんなに可愛いんよ? そらかまいたくもなるよ」
そう言っておばちゃんは僕の頭にどこから出したのか赤いリボンを宛てがい、「あらぁ、赤がよう似合うわ」と笑う。
「おばちゃん。 何遍も言うけど僕は女の子じゃないよ」
「そらそやけど、男の子でもないんやんか。 なら、どっちもアリやんな」
おばちゃんはもう一度にっこりと笑った。
おばちゃんが言う、男でも女でもないというのは見た目の話じゃない。
実際に僕には男の特徴も女の特徴もないのだ。
それが生まれつきなのか、そうでないのかは知らない。
僕はこの前、ずっとお母さんかなと思ってた師匠がそうじゃないことを知ったくらいに自分のことを知らない。
出自も、何人なにじんかも。
僕の頭から生えている毛は真っ白け。なのに肌は真っ白じゃなくてほんのり黒くて、おばちゃんが言うには浅黒いのだ。
日焼けはしないし、髪の色が歳を重ねるにつれて色づくこともまだない。
髪の毛の白色、酔っ払いのどこかの大学の先生が言うにはトゥヘッドと言うらしいこの髪は普通、体が大きくなるにつれて色が濃くなっていき、ほとんどの人がこの目立ちすぎる髪色を卒業する。
そこを僕は今も留年し続けているし、残念ながら他にも人と違うところがたくさんある。
地味なところだと爪は伸びるのが早いし、派手なところだと爪自体の色も少し青みがかる。僕は覚えてはいないけれど血色が悪いのかと心配した師匠が僕を連れて病院を三件周り、問題はなかったと聞いたらしいのでこれもこういうものなのだろうと思っている。
でも、なかでも極めつけに目立つのは瞳だ。
僕の瞳は師匠達のように黒かったり茶色っぽくない。
大学の先生よっぱらいが言うにはアルビノというものでもない。
僕の瞳には色がある。赤と青と黄色と黒。
それが移ろい、揺らめいていく。
みんなが綺麗だと褒めてくれるその瞳を、僕はちょっと気に入ってない。
それは、みんなと違うから。
「ほんならまたおいでな。待ってるから」
「うん、またね」
仕事用の口元と髪を覆い隠す布を被りながらお別れの挨拶をするおばちゃんは布のすき間から金髪と優しげな青い瞳が覗いている。僕はそれを見つめながら再会の約束をした。
占いの店を出て、家に帰る道を歩く。
花屋の可愛いエプロンのお姉さんと手を振り合い、通り過ぎる。
金髪のコンビニ店員さんも、花に水をあげているムラサキ頭のおばさんも、ごみ捨て場で寝ていて今起きたばかりのくたくたスーツでメガネのおじさんも、みんな通り過ぎると手を振ってくれる。
みんなみんな友達だけど、みんなみんな僕と違って大人として生活している。
僕はそれが羨ましい。
家に着いたらサビサビ鉄の階段を上がる。
うちの玄関は一階になくて、二階にある。理由は一階の玄関は開かなくなっているからだ。
鍵穴が潰れてて、ノブはあるけどふかふか動くだけ。もし開いても荷物があるからどっちにしても使えないけど。
サビサビ鉄の階段は踏むたびにパラパラと何かが地面に落ちていく音がする。サビサビの踏み板は端っこの方に穴が開いているくらいだから仕方ない。手すりも触るだけで手のひらが赤くなるから掴まらない。
気をつけないととは思うだけで、僕は足音を立てて階段を昇る。
「ただいまー」
カラカラと軽い音を立てて玄関のアルミサッシを開くと、中から返事は返ってこなかった。
「あれ? どこ行ったんかな」
玄関でサンダルを右足で左足を踏んで引っこ抜いて、反対の足も同じに脱ぎ散らかしながら中に入る。少し助走をつけて、いつものソファーに飛び乗るとベコベコといつも通りに変な音がした。
「お仕事かな。 いつ帰ってくるのかな」
ソファーに寝転ぶとプルルンと家の電話が鳴った。
この電話は師匠のお仕事用なのでお客さんからしか掛かってこない。
知り合いや友達からは、師匠の携帯電話か師匠から持っていなさいと渡された僕の携帯にかかってきてるはず。 たぶん。
ぷるぷる鳴り続いている家の電話は留守番ができないので、仕方なくソファーから下りて受話器を取りにいく。
「もしもしもし。電話に出ましたよ」
『は? いやあのお宅、殺し屋って事で合ってる?』
ころしや? なんかどこかで聞いたような気がする。 どこでだろう……ころしや、コロシヤ……んー?
あ。 あの時、師匠が言ってたような……言ってなかったような?
「えっと……そんな感じ? うん、そんな感じ」
『ハッキリしないな。つっても他に当てはないし…… 仕方ない、あんた雇うから一人殺してくれよ。 詳しくは会ってからな。待ち合わせは今月十六日の午前五時、横手駅校舎で……ヤバい、呼ばれてるから切るわ。 じゃあよろしく」
「うん、よろしくー」
ガチャンと受話器を置いた後で一つ思った。
なにをよろしくなんだろう?
うーん? と思い出してみると、なんだか一人殺すだの物騒な事を言ってた。
ん? じゃあコロシヤって「殺し」ヤか!
あちゃあ、これはいけない。 師匠に怒られてしまうかもしれない、どうしようか。
少し悩んだけれど、答えは簡単だった。
お断りすればいいのだ。
うん、でもそれにはもう一度お話をする機会を設けないといけない。
折り返して電話をできればいいんだけど、電話を見てもどこからかかってきたのかはさっぱりわからないからなぁ。
うちの電話はかっこいい黒のダイヤル式なのだ!
仕方ないから直接会いに行くしかないか。
会うのは十六日の五時だから……ん? 明日の朝じゃない? 急なの、すぐに出掛けないと。
さっき出かけた時のままの格好で靴をつっかけ、玄関開けて一歩ジャンプ。
「じゃあ、行ってきます」
僕はお家に向かってお辞儀をして、大人になるための一歩を踏み出した。
「あ、よこてってどこだろう?」
あらすじ部分を書いてなかったの気付いて今更書くの巻