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叫べ、叫べ、酔っ払い

作者: remono

 俺はぶらぶらと夜の町を歩いていた。

 夜の散歩がてらの目的地は、町の外れにあるスーパーマーケット。閉店間際で安くなった総菜と酒をそこで買う。

 人とふれあうのは好きではないが、そこにたどり着くまでにはどうしても人々が暮らす住宅街を通らなければならない。

 けれども俺は今までそんなことを気に止めたことはなかった。

 なぜならいつもそこは物音ひとつしない閑静な――というよりあたりに配慮された当世風の住宅やアパートが建ち並ぶ安全で穏やかな道だったからだ。

 食料を買い込んだ帰り道、いつもは静かなはずのその道だったが、今日は勝手が違った。

 唐突に、遠くの方から男の大きなわめき声が聞こえてきたのだ。

 明らかに異常だった。

 けれども俺は驚きよりも懐かしさに捕らわれて足を止めてその耳を澄ます。

 遠くから聞こえる男の声は明らかに酔っていて、切れ切れにそのくせどこか規則正しく何事か意味の成さないことを叫び続けていた。――合いの手に女の嘆きを交えながら。

 それは俺が子供の頃に良く聴いていた父母の諍いと何ら変わることなく。

 ――何とも懐かしくそして忌まわしい。けれども今では失われたその記憶は、狂おしくも激しく心を打った。

 俺は自分ですらよくわからない強い感情に突き動かされて、歯噛みしながら心の中だけで大きく声を上げる。

 叫べ、叫べ、酔っ払い。

 お前の怒りは全て正しい。

 殴れ、殴れ、酔っ払い。

 かつて自分がその父親になされたように。

 良いことがらだけではなく、負の歴史もまた正しく相続されなくてはならぬ――。

 そうでなければ、報われない。

 そうでなければ、甲斐がない。

 そうでなければ――?


 思考は途切れた。目眩を覚える目が回る。醒めた顔で俺はその場を後にする。そうして心で小さく祈る。

 眠れ、眠れ、酔っ払い。

 全てを忘れて眠ってしまえ。――そうして二度と目覚めるな。

 生も死も等しく意味がない――俺とお前のような奴らにとって。

 そうしてあたりは静まりかえり、陳腐な夜が回帰する。

 叫びも怒りも消え去って、現代の夜がそこにある。

 けれども誰かが覚えていて、この夜のことを過去として、いつか思い出す時があるならば――未来へつなげて欲しいとも思う。

 どうやら俺には無理のようだから。気づくのが遅すぎて、言葉で伝えることしかできそうもないだろうから。

 父のようになるまいと思いながら、結局何も持たざるものでしかないのが俺。なるべく声を出さないように息を潜めて生きている。

 だからここに書き記す。どうか怒鳴った男やこの俺の叫びを怒りを憎しみを。決して無意味なものだと、けっして思わないで欲しいと。それは誰の心の奥底にもあるもので、消してしまえないものなのだ。

 途絶えさせてはいけないもので、忘れ去ってはなおならない。

 人間が人間である限り、それは有り続ける――心の底に営々と。

 時代が変っても、科学が進んでも。消してしまったと信じても、克服したと思っても、いつか火口のように燃え上がり、誰かの体と心を傷つける。――そうしてそれは今この文章を読んでいる君の大切な人かも知れず、俺は何よりそれが恐ろしい。

 だから気をつけて欲しい。君の子孫にも注意を払え。注意を払って糧として、そうして生きて死んでゆけ。最後まで細い橋を渡るがごとく、慎重に。

 ――おそらくそれは辛かろう。

 だからもし、もしどうしても耐えられないときには、月に向かって吠えるといい。それなら誰も傷つけることなく、そのくせきっと誰かが聞いている。――ああはなるまいと聞いている。

 だけどもそんなことは気にすることはない。なぜならそれはきっと素晴らしく、暗くやましい人間の叫び。人間が人間であるかぎり、終わることのない不条理な怒り。だから知らしめてやるといい。心の底から精一杯に。虫や獣が鳴くように、人間だってまた鳴くことができると言うことを!

 俺が言えることはそれだけだ。

 叫んでいるのかも知れないな。

 ならばどこかでまた会おう。

 もしも再び会えたなら。

 またその日までお元気で。



 

 


この作品を某所でお見せしたところ

なんだポエムか

との素晴らしい感想をいただきました

これで私も詩人(poet)の仲間入りです

ありがたいことです

……なにかまちがっていますか?

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