第七話 窮地と救出
メルネに連れて行かれる僕を、数人の村人は不思議そうに見送っていた。随分と積極的な女の子だな……
「あの、僕やっぱり帰りたいんだけど……」
正直に言ってしまった。どこかに行ってしまったルシアの方が気になるし、彼女の発言からすると、朝まで僕に起きていろということになるんじゃないか?ぶっちゃけ、僕にはもう戦えるだけの体力が残ってない。すぐにでも寝たいんだよね。
「あ、さっきのは嘘です。ごめんなさい、村の人に聞かれたら不安にさせちゃうかと思って」
ケロッとした顔で言うメルネ。なんだ、じゃあルシアに変な誤解をさせること無かったんじゃないか。
「じゃあ、どうして僕を?」
メルネはキョロキョロと周りを確認し、ひそめた声で言った。
「実は……もうこの村に影が入った人がいるんです」
え、それって凄くヤバイんじゃないか?
「影が……? 奴らはどうして人間に入るんだ? 」
「光を浴びても平気になること、人間になりすまして内部から破壊できるというメリットがありますよ。それに、本能みたいなものだって言われています。もともと影は人間の一部だったらしいですよ?」
そうなのか……一応合点がいった。何とか見分けはつかないんだろうかと考えていると、メルネは手招きをしながら歩き始める。
「その人を見つけたんです。今ならきっと簡単に倒せると思いますよ!」
「そ、そんなこと言われても……」
『怜……やめておけ。今の君はもう加速剣が使えるほどの精神力を持ち合わせていないだろう。それに、君に人が斬れるのか?』
エルピスの言うとおりだ。僕だって襲ってくるバケモノは攻撃できるが、人となると絶対に躊躇してしまうだろう。だからって放ってはおけない……
『行くのならば止めはしない。だが、まともに戦おうとは思わないことだ。……今のうちに言っておこう。君はこの先、同じような選択を何度も強いられるだろう。影と戦う以上、それは避けられないこと』
「……うん」
「どうしたんです?」
不思議そうな顔で見ているメルネ。そうだ、エルピスの声は周りには聞こえてないんだった。注意しないと変な疑いをかけられそうだ。
「何でもない……とりあえず行こう」
覚悟なんて定まらないまま、僕はメルネについていった。
「ここに影が……?」
十五分ほど歩いただろうか。到着したのは村の裏手にある山の洞窟だった。普段行き来する必要がない場所なのだろうか、影避けの明かりは無かった。
「そうです。この中に毎晩来てるみたいで……何をしているかまでは分かりません」
メルネは緊張した表情で、暗い穴を見つめる。
「君はどうしてそれに気づいたの?」
「えっ? ……影に襲われてここに逃げて、偶然見つけたんです」
一瞬うろたえたような……? きっと逃げるのに無我夢中であまり覚えていないんだろうな。
「では、行きましょう」
『……』
メルネに導かれるまま、洞窟を進んでいく。どうしたんだエルピス、何か考えこんでいるようだけど。
『いや……存分に警戒しろ。あらゆるものからな』
言われなくても分かってるよ。キョロキョロと周りを見渡しながら進む。穴の幅は一人が通るので精一杯なくらいであり、また徐々に狭くなっているように感じた。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。体育館ほどの広さのそこは、先に行くにつれて崖になっているようだ。また、少しだけ明るい。どこからか光でも入っているのだろうか。見る限り、他に人がいるようには見えない。
『やはり、おかしい……』
何がだろうか。こんな空間が自然に出来たとしたら確かにおかしいけど。
『そうではない、あの娘だ。影から逃げていた、怖かったと言いながら先頭を行き、こんなに暗い場所に松明無しで入る……それに、今までここに隠れられる場所なんてあったか?』
確かに……言われてみればおかしい気もする。思わずメルネから距離を取った。
「どうしたんですか?」
ゆっくり僕に近づいてくるメルネ。僕は思わずエルピスを構えていた。
「……君を疑わない理由が無いことに気づいてね」
いつでも鍵を回せる体勢になる。メルネは立ち止まり、下を向いた。
「 ギチギチギチギチギチギチ!!!!! 」
再び顔を上げたメルネは、恐ろしい形相で笑った。まるで影の鳴き声そのもの。僕はたじろきながら、鍵を回す。加速剣がどこか頼りなく感じるのは、やはり突進が使えないと分かっているだろうか。
「あーあ、下調べ無しでなりすますのは、これが限界か……いや、テメーが異世界からの人間だからか?」
「……何故僕を連れてきた」
本性を現した影は、ゴキゴキと首を回しながら、楽しそうに言った。
「決まってんだろ、駆動兵器目当てだ。さっき来たオッサンはムカついて崖下に放り込んじまったからな。」
バルブロンのオッサンが!?嘘だろ……ああいう人種がそう簡単に死ぬなんて信じられない。でもあの崖から落ちたのなら……オッサン……
「だからオッサンの代わりに寄越して貰おうってハナシだ。あの村は徐々に住人を影に挿げ替えていくから、極力住人に怪しく思われないようにしないとな……ってわけで、テメーを静かに殺す」
地面を蹴り、一気に接近してくる影。加速剣のアクセルを握り、迎撃を----
プシュウウゥゥ……
「あッ!!」
情けない音を出し、微動だにしない加速剣。しまった、ここまで使えなくなるとは……
『剣で受けろ!!』
影が繰り出す蹴りを、何とか剣を横に構えて受ける。だが急にそんな芸当ができるわけもなく、後ろに吹っ飛ぶ。
「あっ……が……」
背後の壁にもろに頭を打ち、意識が朦朧としてきた。マズイ、このままじゃ死ぬ……
影は勝ち誇った顔で歩み寄ってくる。その間に、急に誰かが割って入った。長い金髪が躍動する。
「ルシア……、どうして!」
「私、見ただけで分かったんです。この方は影に取り憑かれているって……泳がすような真似をしてごめんなさい、レイ様」
あの冷たい視線は、そういうことだったのか。松明を持ったルシアは、僕を庇うように立つ。僕が守らないといけないのに……影は少し身じろぎをして、近づくのを躊躇っているようだった。
「やはり人間の中に入っていても、本能的に光を怖がるようですね」
「フン……そんなものでこの場が打開できるとでも……」
影の言うとおり。駆動兵器が使えない今、戦えば影が勝つに決まっている。僕は何か使えるものはないかと、周りを見回した。
『怜、崖際に何か見えないか……?』
崖際?頭痛ではっきりしない目で何とか見てみる。そこには、崖につかまっている手が見えた。
「ルシア、すぐ戻る!!」
傷ついた身体にムチを打って、崖へと走る。たどり着くと、案の定バルブロンのオッサンが、青い顔で崖につかまっていた。
「こ……小僧……」
「オッサン!! つかまれ!!」
何とかオッサンをつかみ、引っ張り上げる。ルシアは松明で影を牽制しながら、影がこちらに向かうのを阻止してくれていた。何とかしなければ!!僕は肩で息をしているオッサンの鎧に、赤い鍵を挿そうとした。
「……ダメだ、入らない!!」
「当たり前だろう! 駆動兵器にはそれぞれちゃんと鍵が存在するのだぞ!!」
……万策尽きた。もうそれくらいしか打開策が浮かばなかったのに……ん?このオッサン、妙にポケットが膨らんでないか?それに、ぼんやり光っているような。
「オッサン、ポケットの中に何が入ってる?」
「ん? よくぞ気づいた。さっき落ちたと思ったら、崖際に横穴があってそこに運よく落ちてな。貴族の強運というやつだ。そこにあった光る石だ。家宝にして代々継いでいくつもりだ」
グロウストーン!! 僕はそれをオッサンから強奪した。
「こら!! 何をする!!」
「ルシアが危ないんだ!! 貸してくれ!!」
「……あー!! お嬢さんが影に!!」
やっと気づいたようだ。ポケットを押さえていた手を離してくれたオッサン。確認してみると、やはりそれはグロウストーンだった。
「あっ!!!」
ルシアの悲鳴!!見ると松明が蹴り飛ばされたようだ。このままでは……
「くぅ……駆動兵器の鍵さえあれば影など崖から上げ落とししてやるのだが……」
こちらの駆動兵器は、もう使えないと考えていいだろう。とすると今使えるのは、グロウストーンのみ。
「……オッサン、僕に考えがある」