第六話 勇断と優柔不断
村の中に走っていく影。村の入り口の松明は僕が壊してしまった。僕がなんとかしなくちゃ……加速剣を思い切り握り、空中に躍り出る。
『いいか、加速剣は直線以外には移動できないと思っているだろうが、そんなことは無い。まずは手元の微妙な角度調節に慣れるんだ。同時に奴の足止めをしよう』
試しに少し剣の角度を変えてみると、進行方向が若干変わった。なるほどね、でもまだ加速に振り回されてる状態だ。とてもじゃないけど自由に飛び回ったりはムリそうだ。
『奴の周りを飛び回るんだ。無理にキレイに接近することはない、奴の気が引けたら上出来だ』
言われたとおりに接近し、今度は触手が届かなさそうな距離で切り返す。出来るかどうかは分からないけど、やるしかない……!
「まがれぇええええええええ!!!!」
一直線に突き進む加速剣をコントロールしようと、思い切り手首に力を込める。前方には、迎撃すべく伸びた触手があった。……む、無理だ! 推進力が強すぎてとても曲げられない!
『直角に曲がろうとするな! 曲がるときはアクセルを緩めて、曲線の軌道で曲がるんだ!!』
「う…ん!」
アクセルを握る手を少し緩める。すると少しだけ曲がりやすくなった。まっすぐに伸びてきた触手を何とかかわし、影の背後に回りこんだ。
「よし、このまま……!!」
『早計な真似はするな! 君は前に背後から出た触手に攻撃を貰ったことがあるだろう!』
そうだった。背後から突っ込んでいこうとしていた手を止め、影の周りを旋回する。エルピスの言うとおり、影は背後からも触手を出し、僕を迎撃する態勢を取っていた。
「あ! アイツ後ろにも顔が…!!」
『ふむ、どうりでデカイと思ったら、影同士くっついていたか』
旋回しながら、影の背後からさらに二つの頭部が出ているのを見た。三つの顔は絶えず僕を捉え続けていて、背後からスキを突くことは難しそうだった。
「キャアアアア!!!!」
不意に聞こえた女性の悲鳴。まずい、村人が居た!! 影の方に向き直ると、大きな影から一体が分離して女性に向かって跳んだ。
「この……!!」
『怜、前だ!!』
女性に向かった影を倒そうとした僕に、エルピスが叫んだ。急いで前を向くと、残りの二体分が触手を振り乱し、襲い掛かってくるところだった。
「うわっ!!!」
寸でのところで加速剣を操り、上に逃れる。連携してきやがった……!早くしないと女性が……
『怜、加速剣のコントロールはどうだ!』
「だいぶ慣れたけど……思い通りには程遠いよ!」
一つ減ったとして、奴にはまだ頭部が二つ。そのスキを突くのは僕のコントロールでは無理だ。
『死角ならある。デカイ故にな』
……そうか!! でもそこを突くのはかなりのリスクを負う。失敗すれば大怪我じゃ済まなそうじゃないか。
『女性が気にならんなら、ゆっくりスキでも狙えばいい』
「……やってやるさ!!」
力を持ってから、僕にはその力への「責任感」のようなものを感じていた。僕以外にできる人が、この場にいないなら……僕がやってやる! 僕にしかできないことなんだ!!
『そう言うと思っていたさ。行くぞ!!』
深呼吸し、一気に影との間合いを詰める。迎撃を誘発し、まずは正面から……! 影は思ったとおり触手で攻撃してきた。それを下に避ける。上昇するよりも早いスピードで地面が近くなっていく。狙うは影の足元!
『切り返せ!!』
怪物のちょうど股下でアクセルを緩め、方向転換のために加速剣を目いっぱい引っ張った。
「ふんぐぐぐぐぐぐぐあああああ!!!!!」
地面に激突する寸前、どうにか加速剣が上を向く。
「いっけぇぇえええええええええええええ!!」
そのままアクセルを全開に!!
「ギチ……ギギギギギギギギ!!!!」
すさまじい影の断末魔。影の股座から頭頂までを、一気に貫いた。影は形を失い、液状になって地面に落ちていった。
「や……やった……!」
『よくやったな、大したものだ』
空中でゆっくりと滞空しながら、呼吸を整える。
「あれ……力が入らない」
途端、身体の力が少し抜けてだるさが押し寄せた。加速剣を握る手が震える。
『駆動兵器のエンジンを動かすのは精神力だからな、慣れていない状態で少し使いすぎたんだろう……だが、まだだぞ』
忘れてた。もう一匹の影は……見ると先ほどの女性が倒れ、もがいていた。
「あれは…影が口から!!」
『影はもともと人間の中にあった「業」だ。ああして人間の身体を乗っ取る』
急がないと……!だが、意思に反して加速剣は徐々にエンジンを弱めていく。とにかくそっちに行かないと!僕は滑空するように彼女に近づいた。見ると影はもうほとんど彼女の体内に入っていた。
「ど、どうすれば……」
「レイ様!!」
あたふたしていると、ルシアが数人の村人を引き連れて走ってきた。
「ルシア!! 彼女が……」
「レイ様、分かっています! とにかく彼女を押さえていてください!」
どういうことだ?言われるままに彼女の腕を押さえ、残りの村人も女性の手足を押さえ始めた。
やがて、影は女性の体内に入ってしまった。途端に、猛烈に暴れだした。
「うっわ!!」
「ギチギチギチ!!」
奇妙な声で暴れるその顔は、どう見ても人の表情。それだけに怖い。ルシアはポケットから何かを取り出した。
「ルシア、それは!?」
「グロウストーンです。この村にも一つだけありました。貴重なものですが、仕方がありません」
ルシアはそう言うと、彼女の頭を押さえながらそれを口の中に放り込んだ。見る見る女性から力が抜けていき、口から黒い煙が出てくる。よかった、こういう解決法があったとは……
「……何とかなったようですね」
場の空気が弛緩する。どうやら一段落したようだ。女性も穏やかな寝息を立てていた。
「よかった……女房を救ってくれてありがとうな……グスッ」
「いやまさかこの坊やも駆動兵器使いだとはな」
にこやかに話しかけてくる村人に笑顔で答えようとするも、すぐに先ほどのことを思い出す。
「……いや、松明を壊しちゃったのは僕だ。僕のせいで彼女は危険な目に合ったんだ」
少しの沈黙。それを破ったのはルシアだった。
「でも、私たちを助けてくれたのはあなたですよ、レイ様。私たちにはレイ様が頼りなんですから、一人で全てを背負わないでください」
「そうだぜ坊や!! 頑張ったんだから素直に感謝されときゃいいんだ!!」
「本当にありがとな、アンちゃん!!」
視界が涙で霞んでいく。行動してよかったと思ったのはいつ振りだろうか。僕はこのとき、初めて他人に認められたような気がした。
『ルシアも聖母の如き清さだが、君も大概に誠実だな』
そんなことはないさ、エルピス。周りがそうさせてくれるんだと思う。
「おい、あれは……?」
村人の指差す方向を見る。村の入り口に向かって、少女が歩いてきていた。
「メルネ!! 無事だったか!!」
村人の一人が、メルネと呼ばれた少女に駆け寄る。端正な顔立ちの少女で、年齢は僕と同じくらい。服装は少しボロけていた。
「おじさん……怖かったです」
泣き出すメルネ。行方不明になっていた村人とは、この娘のことだったのか。メルネは僕の方を見ると、なんと抱きついてきた。
「なっ……ななななななな!!!」
僕の懐で泣くメルネ。ここここれは一体どういうことだ。
「…ごめんなさい、いきなり。あの影を倒してくれたおかげで助かったので、つい」
「メルネ、探しに行ったみんなやティエルタリアの騎士さんとは会わなかったのか?」
「さぁ……?私は影を見てから、ずっと隠れていましたから」
そろそろ離れてくれないだろうか。僕の中の思春期が加速してしまう。
『怜、右を見てみろ』
え、右?見るとルシアがすごく冷たい顔でこちらを見ていた。なにこれやばい。
「疲れたので眠りたい……あなた、一緒のお部屋にいて守って頂けないでしょうか……?」
潤んだ目で見てくるメルネ。反則だろうこれは。脂汗をかきながらルシアとメルネを交互に見る。ルシアは黙ってどこかに行ってしまった。
「あっ……」
『優柔不断め、ご愁傷様だ』
「では、ご一緒してください!ギチ♪」
強引にメルネに引っ張られる。一瞬メルネの表情が、すごく意地悪く笑っているように見えた。