第四話 亡失の騎士
今回、ちょっとしたお色気シーンがあります。書いてて楽しかったので、もっとやれ! って方がいたらこういうのもちょこちょこやろうかなと思います。
「はぁ、きれいだなー」
太陽が高く昇った正午頃、僕は村から提供された馬車(引いているのは馬ではない何か)に乗りながら、街道沿いの小川の流れを見ていた。絵の具を溶いたようなきれいな水が流れ、時たまカラフルな魚っぽいものが見える。とてものどかな光景だった。
村を出発して一時間程だろうか。ルシアの村「ギギ村」の住人はテントで暮らしていて、少しの休息を取ってすぐ出発した。村の皆がルシアのことを心配していて、異世界から来た貴重な存在であるはずの僕が相手にされなかったのが印象的だったなぁ。
「レイ様、この調子だと日没より前に隣の村に着きそうです」
馬っぽいものを操りながら、ルシアが振り返って言った。影は文字通り影の中を棲家にしていて、昼はそれほど活動的では無いらしい。だが夜になるとその制約を受けずに活動できるため、日没までに人の住む拠点に着くのは必須なので、馬車は必要不可欠のようだった。
「様は付けなくていいって言ってるのにな…うん、分かった」
『戦闘を重ねて強くなることも重要だぞ、怜』
エルピスはどうも物騒だ。あの攻撃方法だったら、あまり僕の腕は関係ないような気がするけど。
「ねぇ、エルピスってあんなカンジの攻撃しかできないの?」
率直に言った僕の意見に、心外だとばかりにエルピスは答えた。
『あれは”一の型 加速剣”だ。君が成長すれば、私ももっと強くなれる』
あれはまだほんの一部に過ぎないのか。なかなか頼もしい気がする。そんな雑談をしていると、馬車が急に止まった。
「レイ様、あれ! 」
ルシアが指差す方向を見ると、道の真ん中に鎧を着たオッサンが倒れていた。少し苦しそうな寝顔で、口元には上品な髭を蓄えている。
「行き倒れ…かな?」
馬車を降りて近寄ると、まだ息がある。
「み…みず…」
突然、うなされたように言うオッサン。目だった外傷も無いし、きっと空腹か何かで倒れたのだろう。
「オッサン、水が欲しいの?」
「で…できれば酒…」
ずうずうしいヤツだ。僕は馬車から水筒を取って、オッサンに投げ渡した。
「はい、水だけど」
水筒を受け取ったオッサンは途端に目を見開き、あっという間に水筒の水を飲み干した。そしてフゥーと長く息をついて、こちらに話しかけてきた。
「かたじけないな、少年。礼を言う」
深々と頭を下げるオッサン。どうやら悪い人ではないようだ。
「とりあえず、馬車に乗せて差し上げたらどうでしょうか」
御者席から身を乗り出して言うルシア。オッサンはルシアの方を見るなり、髭を整えて微笑を浮かべた。
「これはこれは…こんな美しいお嬢さんに救われたのでは、行き倒れていた甲斐もあったというものです」
さっきまで死にそうな声を発していたとは思えないダンディボイスでルシアに笑いかけるおっさん。気持ちは分かるだけに非難はできないが…。とりあえずオッサンを馬車に招き、話を聞くことにした。
「私は『バルブロン・ビーダルバロン』。ティエルタリアの兵団分隊長一位だ」
名乗るたびに唾が飛び散りそうなこのオッサンは、えらそうな肩書きをやけに強調してルシアの方をちらちらと見ていた。ルシアは大した反応を見せてはいないが。
「で、そんな大国の兵士がなんで行き倒れてたの?」
分かりやすくギクリと反応して、オッサンは語りだした。
「実は…駆動兵器の鍵を失くしたのだ…」
『アホだなこいつ』
エルピス、僕も全く同じことを思ったよ。オッサンは落ち込みながら続けた。
「パンドラの箱が開かれて、私の国でもすぐに特別兵団が結成された。かねてより高い地位だった私は、名誉なことに駆動兵器を持たせて頂くことになったのだが…」
いちいちウザいなこいつ…オッサンはさらに続ける。
「パンドラの箱の中の駆動兵器を取って、私の分隊は馬車で帰る途中だった。部下におだてられ、一度起動してみようかと思い鍵をいじっていたら、急に馬車が大きく揺れて…」
「鍵が外にポーン、ってわけね」
「そのとおり。そのまま帰ったらクビどころか殺されかねないし、無我夢中で探した。二日くらい探しているが、未だに見つからんのだ…」
想像を通り越したアホな理由に呆れる。そういえばこのオッサン、武器を持っているようには見えないのだが。
「で、肝心の駆動兵器は?」
オッサンは途端に楽しげな表情になり、立ち上がった。
「ほう、一見わからんだろう?実はちゃんと身に着けているのだ! シロートには分かるまいがな! 」
そう言って両手を広げ、一回転するオッサン。いや、鎧の中央あたりにバッチリ鍵穴見えてるけどね。言わないでおこう。
「で、落とした場所からどんどん離れてるけど、いいの?」
「……あぁーーーーーっ!!!! 」
しまったとばかりに絶叫するオッサン。馬車はしっかりと目的地へ向かっていた。
「も、戻してくれ! もしくは下ろしてくれぇ!! 」
ルシアに向かって絶叫するオッサン。悪いがかなり笑える。ルシアは結構冷静な表情で言った。
「もう日没も近いですし、あそこにいるのは危険ですよ。それに二日探して見つからないのなら、他の方が拾っているのかもしれませんし」
正論すぎて何も言えなかったのか、オッサンはしょんぼりと椅子に座りなおした。
『ほう、この男の駆動兵器、結構面白いものだぞ』
鬱屈とした沈黙の中、エルピスの声が妙に頭に響いた。
日が傾いてオレンジ色に近くなりかけた頃、僕たちはようやく目的地である「カルカネル村」に到着した。ルシアの故郷よりはだいぶ近代的だが、建築様式はレンガ。五百人程が暮らす村のようで、小さなバーや宿屋が見える。また夜が近いからか、影除けの松明の明かりが眩しかった。
「駆動兵器を見せれば、一晩くらいは泊めて頂けるでしょう」
「だそうだ少年。私に感謝したまえ」
こいつを加速剣の練習台にしたい…そう思いながらも馬車は村に入って行き、少しずつ野次馬が集まり始める。
「おい…アンタ、ティエルタリアの兵士さんじゃねぇか!? 」
野次馬の一人がオッサンのマントを見て言う。その言葉を皮切りに、多くの村人が一斉に集まり始めた。
「ム…いかにも私は『バルブロン・ビーダルバロン』兵団分隊一位。どうしたのかね、カルカネルの民よ」
とてもさっきまでしゅんとしていたとは思えないほど威張り始めるオッサン。村人はその言葉におぉ、と尊敬のどよめきを起こした。
「よかった! 実は昨日の晩、この辺ででっけぇ影を見たって言うヤツが居てよ、それにくわえて村人が一人帰ってこねぇんだよ…でも、ティエルタリアの兵士さんがいればもう安心だな!! 」
村人が安心したようにザワザワとし始める。オッサン、ムリすんな。顔汗すごいぞ。
「そ、そうか…では早速ティエルタリアに連絡して…」
「あれ、兵士さん…それひょっとして駆動兵器じゃねぇか!? 」
言い逃れようとしたオッサンに、とどめが刺された。オッサンの性格上、もう断れないだろう。
「駆動兵器持ちか!! ならきっと一人で倒せちまうぞ!! ねぇ!? 」
「ええい、私に任せろ!! 」
「パブロンさん、大丈夫でしょうか…」
快く泊めてもらった宿屋の一室で、ルシアが微妙に名前を間違えてオッサンを心配していた。オッサンは村の人たちに胴上げまでされて、どこかに拉致されてしまった。それも気になるのだが…
今夜、ルシアと相部屋である。
いや、もちろんベッドはちゃんと二つあるが、結構狭い部屋である。故にベッドとベッドが近い。意識すると呼吸音まで聞き取れてしまう。落ち着け怜。たかだか隣で寝るだけだ。
「レイ様、パジャマに着替えますので、そっちを向いていて下さいね」
何…だと…?
今、僕の体は窓の方を向いており、背中越しにルシアがいる。そんな状況で着替える…? やめろ僕。想像するな僕。
『ほう…これはやせてるようでなかなか…』
エルピス貴様!! こいつどこに目が付いてるかも分からない見た目して、ばっちり見てやがるだと!? しかも痩せてるのになかなかってうわぁあああああああああ。
『怜、窓を見てみろ』
何ぃ!? まさか窓に反射したのを見ているのかエルピス!! 汚い、汚いぞ!! でもそれだったら僕にも見えるんじゃ…いかん! 見るな僕!
『おい、怜、何をやっている! いいから見ろ! 』
え…どうしてそんなに慌てているんだ?目を開けてみると、窓の外、ちょうど村の入り口あたりに何かが見える。
その影は家を超す巨体で、こっちを向いて笑っていた。