第一話 異世界へ
どうも、この小説を見つけて下さりありがとうございます。小説書きたてほやほやの初心者ですので、誤字脱字文法間違いなどやらかしそうなんですが、温かく見守って頂けるとありがたいです。ご指摘頂けたらすぐに直しますので。一話三千字ほどで毎日更新する予定ですので、どうぞ末永くよろしくお願いいたします。
「夢に向かって努力すれば、いつかは必ず叶う! 」
深夜一時を少し回った頃、なんとなくつけていたテレビから流れる、ドラマのクサいセリフ。自室に寝転びながらだらだらとしていた僕にとって、甚だお寒い文句だ。
「…その『夢』が無いんですけど」
思わず漏れた独り言。僕、「庄崎 怜」は高校生でありながら、夢はおろか今後の進路さえも不透明なままだった。人より秀でた才能も無ければ、やりたい仕事も趣味も無い。学校に行って軽く話す程度の友人なら居るが、一緒に遊ぶほど仲良くは無い。
「つまんないな」
リモコンに手を伸ばし、テレビを消す。ただ単にドラマがつまらないのではない。人生そのものがだ。日常のちょっとしたことに好奇心を持ったりはしても、人生をそれに注ぎ込みたいと思うような目標が無ければ、この普遍的な日常は味気ないものだ。だからと言って死にたくはないのだからタチが悪い。
きっとこれが普通。日本人のほとんどはサラリーマンになるだろうし、こんな単純なジレンマなんて誰しもが感じているのだろう。
「はぁ、寝よ」
明日は学校が休み。楽ではあるがやりたいことが無い自分にとってはあまり嬉しいものではない。せめて楽しい夢でも見れるようにと軽く念じて、僕は瞼を下ろした。
暗闇の中、わずかに出来た隙間から伸びる、手。
それは何かをこちらに差し出すようにして、必死に伸ばされていた。
受け取っていいのだろうか。
ていうかこれは夢? 動けるのか?
とりあえず受け取る姿勢で両手を突き出すと、両手のひらにポトリと何かが落とされた。
それは、幾何学的な装飾が施された、赤い鍵だった。
「…あれ?」
気がつくと、よく見知った自室の天井を見ている。どうやらやはり夢だったようだが、記憶がはっきりとしているし、何より意味が分からない夢だった。何かの暗示としか思えない。
「怜ー! 朝ごはん食べるー? 」
階下から響く母さんの声。目が冴えているから食べちゃおうかな。いつもは休日となると昼まで寝てるけど。寝巻きから着替えようと起き上がると、手から何かが滑り落ちた。
それは、夢に出てきた赤い鍵。
「…え? 」
思わず口から間抜けな声が漏れる。現実にあっちゃいけないものがシーツの上に転がっている。無論、こんなものを握りながら眠る習慣はない。僕は激しく動揺するとともに、今までにないほどに好奇心をくすぐられていた。手にとってよく観察してみると、家の鍵ほどの大きさで、握りの部分が少し厚い。
「怜ー、寝てるー? 」
「い、今降りるよ! 」
母さんに急かされ、鍵をとりあえずポケットに突っ込んで部屋をあとにした。
「うーん、よく分かりませんなぁ」
午前十時、僕は駅前の鍵屋にいた。複製から注文、錠前の取り付けや交換など手広くやっている店だ。そこの店主は赤い鍵をしげしげと眺め、残念そうな顔でそう言った。
「昔の鍵から最近の鍵まで色々といじってきましたが、見たことも無い形状ですね。これ専用の錠があるのか、またはアクセサリーといったとこでしょうかね」
「そうですか…ありがとうございました」
正直、あんな不思議な入手方法をした鍵のことがここで分かるとは思っていない。僕は次にどこへ行こうかと考えていた。思えば、何か目的を持って出かけるなど本当に久しぶりだ。それほどまでに探究心をくすぐられているのだろうか。とりあえず帰ってネットで調べてみよう。そう思って店主から赤い鍵を受け取ろうとすると、手を滑らせて落としてしまった。
「あ…」
金属音を鳴らして床に落ちる鍵。拾おうとして今度は蹴ってしまい、鍵は店の外に転がってしまう。あーあ、何やってんだか。僕ってこんなに鈍くさかったっけ。
「おっ…お客さん!! 」
ようやく鍵を拾った僕の耳に、店主の声は届かなかった。大きなトラックのブレーキ音と、それよりも大きな衝撃音がそれをかき消してしまったのだから。宙に舞いながらも、僕は鍵をちゃんと持っているか確認していた。こんな状況でも、意外と考え事ってできるんだな。そのうち近づいてきたアスファルトの黒が、僕の視界と思考をブラックアウトさせた。
その状態から動けることに気がついたのは、どれくらい経ってからだろうか。僕は完全な暗闇にいた。目を開けている感覚はあるが、何も見えなかった。
「あー…声は出るな…」
どうやらただ暗いところにいるだけのようだ。自分の声が空しく響く謎の空間。トラックにはねられたはずなのに痛みは無い。今朝の夢はここまでが夢なのか? それとも…もう死んでいるんじゃないだろうか。自分の姿さえ見えない闇の中、座り込んでしまいたいほどの不安でいっぱいになる。思わず握りこんだ手の中で、赤い鍵が食い込んだ。
「あれ…? 」
手の中で、赤い鍵が動いている。咄嗟に手を離してしまい、鍵はチャリンという音とともに落ちた。しまった、この暗闇で落としたら無くしてしまう。
チャリン、チャリン、チャリン…
鍵の音がゆっくりと遠ざかっていく。傾斜の無い床なのにまるで転がり落ちていくような音。僕はその方向へと歩き出した。足元が見えない道を、ただ音だけを頼りに歩いていくことに心細さを感じつつ、同時に日常から離れていくことにどこか高揚していた。
どれほど歩いただろうか。感覚的には三十分ほど歩いた気がする。前方に赤い何かが見えてきて、そろそろと歩いていた歩調も段々と早まる。やがてそのもののすぐそばまでたどり着いた。
「…扉? 」
それは僕の身長の二倍はあろうかと思われる、大きな扉だった。ぼんやりと赤く光っていて、やっと自分の姿を確認できる。すぐそばに赤い鍵が落ちていた。どうやらもう動かないようだ。
『少年』
いきなり響く声に、思わず飛び上がりそうになった。扉の向こうから、男の声が聞こえた。冷静な声色で、どこか落ち着くような印象。
「…何でしょう? 」
扉に向かって話しかける。よく観察すると赤い鍵と似ている。両開きでドアノブがあり、そのすぐ近くには鍵穴もあった。
『公平を規するために、少し確認作業をしてやろうと思ってな。この先はお前の住んでいた世界とは異なる世界。すぐには受け入れられないことだと思うが、まぁ行けば分かる』
「異世界…うん、この状況なら信じられるよ。てっきり僕は死んだのかと思ってたけど」
夢に出てきた鍵が手元にあったり、トラックに轢かれても生きていたりするし、きっと異世界もあるんだろう。仕組みは全く分からないが。声は続けた。
『理解が早くて良いな、鍵に導かれし少年。きっと君は死ににくいだろう…さて、このドアを潜ると簡単には戻れない。数日または数ヶ月、数年かもしれないし、異世界での一年は君たちの世界での十年かもしれない』
『それでも行くかね?』
一呼吸置いて、念を押すように問いかける声。僕の回答は決まっていた。
「…ここまで歩く間に考えてた。こういう展開だったらどんなにワクワクするだろうってね。僕はあっちの世界にはあまり楽しみが見出せなかったんだ。導かれたって言うなら、僕は行く」
そう。趣味も生きがいも友達も無い僕にとって、退屈な日常を変えるチャンスだ。こんなに好奇心がくすぐられる経験は他に無いし、本当だったら死んでるはずの人生だ…少し母さんが気になるけど。
『そうか…では、その鍵を拾って扉を開けるといい。その鍵の導きに従うのであれば、絶対に鍵を失くさないことだ』
声に言われるまま、鍵を拾う。少しだけ、手が震えていた。もしかしたら、平和とはかけ離れた世界かもしれない。
鍵は小気味良い感触とともに鍵穴に吸い込まれる。深く深呼吸したあと、鍵を回した。ガチャリ、と大げさな音が響く。ノブを回してドアを少し開けると、中はまばゆい光で溢れていた。
『鍵を見てみろ』
声に言われて赤い鍵に視線を落とす。
「あれ…形状が変わってる? 」
よく見ると持ち手はそのままだが、先の方の形が変わっていた。昔によくあるような、アルファベットのFのような形になっていた。
『それが、君が次に開けるべき鍵だ。この先に進めば、鍵に導かれない限りこの扉を潜ることはできない。では、私はもう行くとしよう』
その言葉を最後に、声は聞こえなくなってしまった。この声の主はどこに居るのだろう? てっきり扉の向こうに居るものだと思っていたのだが。
「なるほど、この鍵の目的が果たされないと戻って来れないのか…」
ここを踏み越えると、異世界。僕は勢いよく光の中に飛び込んだ。