修復の魔術師
「実際、あんたほど奇特な魔術師はそう居ねぇと思うけどな」
少女と顔馴染みであるギルドの受付員は、小さく笑いながらそう言った。その笑みに嘲笑の色は含まれていなかったが、彼女からしてみれば奇特と笑われる所以はないのだから、象牙のように白い眉間に皺が集まるのも当然であった。
「まぁそう怒るなよ。実際、あんたと同期の魔術師は全員不思議がってたぜ。あれほど膨大な魔力と卓越した魔術技術がありながら、イルナはどうして”修復”の魔術を選んだのかってな」
受付員は、少女、イルナ=アルヴァンに好奇の眼を向ける。一般的に魔力の低い魔術師が選ぶことが多い”修復”の魔術を、どうして膨大な魔力をもつ彼女が選んだのか知りたくて堪らないようだった。
だがイルナは受付員の好奇の眼から軽く視線を逸らし、細い腰元まで伸びる紅蓮のマントの内ポケットから紙で丁寧に包装された依頼品を取り出し、それを無言で差し出した。
「相変わらずビジネスライクだねぇ。そんなにお金が欲しけりゃ、戦闘系の魔術を選んだ方がよかったんじゃないか?」
今度はハッキリとした嫌味だった。イルナが無言であるのはいつものことだし、それを受付員も分かってはいるのだが、無視されているという思いが彼の語調を若干荒くさせた。
だがイルナの大きく蒼い瞳が受付員と対峙したのは、その語調の荒さのせいではない。彼女は抑揚の無い声で、しかしはっきりとこう断じた。
「お金の為じゃない」
包装を無骨に破り、じっくりと依頼品を眺めて傷一つないことを確認した受付員は、イルナのギルドカードにDの英字が書かれたスタンプを押す。
「まぁ、そうだろうな。こんな安い依頼ばかり請け負っているんだから、金の為じゃないだろうさ」
受付員は肩を竦めて、ギルドカードと依頼達成の報酬を手渡した。それらを受け取ったイルナは僅かに眼を伏せて踵を返す。その勢いでふわりと漆黒の長髪とマントが舞った。歩くという当たり前の動作にさえ流麗が感じられるのは、彼女が長身であることと無関係ではないだろう。ピンと伸ばされた背筋を支える細長い足が、長身を際立たせるスレンダーな体型が、一動作を艶やかに飾るのだ。
もし彼女の表情が、怜悧さえ感じさせる無表情でなければすれ違う誰もが彼女に視線を向けているだろう。
また彼女は、容姿だけでなく魔術師としての才能も優れていた。一般的な魔術師を遥かに超える魔力と魔術技術をもつ彼女は、将来王国魔術部隊隊長になれる器とさえ言われていた。
しかし彼女が基礎魔術学校を卒業する際に選んだ道は”修復”だった。物体を修復するその魔術は、魔力の低い者でも時間さえ掛ければ大抵の物体を直すことができ、また、物体の修復は魔力を持たない人の手でも可能な行為である。だから彼女が”修復”の魔術を応用魔術学校で選択した際にはかなりの騒動になった。教師から考えを変えるよう説得されたり、王国から直々に戦闘用の魔術を選択するよう命令されたりもした。だが彼女は一切の躊躇いもなく”精霊の儀”において”修復”の魔術との契約を済ませてしまった。
”精霊の儀”は、契約した魔術に対する力を大幅に引き上げることが出来る儀式のことを言う。ただしその儀式を済ませてしまうと、契約した魔術以外の魔術がほとんど使えなくなってしまう。とはいえ、現存する魔術師の過半がこの儀式を行っており、それは”精霊の儀”によって得られる力が非常に大きいことを証明していた。
例え膨大な魔力を持つ彼女でも”精霊の儀”に縛られてしまった以上”修復”以外の魔術は大して使えない。誰もが、愚かな選択をしたものだと彼女を馬鹿にし、蔑み、貶し、失望した。
けれども彼女は周りの声など全く気にしなかった。一年前に”修復”魔術首席で応用魔術学校を卒業し、現在はギルドの仕事をこなしながら”修復”魔術の研鑽を重ねている。
「あ」
街中を歩いていたイルナが急に小さく声を上げた。だがその声は、小路地から飛び出てきた小さな人影に届くほど大きなものではない。またイルナも、咄嗟に飛び出てきた人影を交わせるほどの余裕はなかった。帰結として二人はぶつかり、小さな人影は尻餅をつき、イルナはバランスを崩して二歩ほど後退した。
「ごめんなさい。大丈夫?」
尻餅をついた人影、小さな少女にイルナは、腰を屈めて手を伸ばした。少女は何が起こったのか把握出来ていないのかしばし呆然とイルナの手を眺めていたが、次第にその瞳が潤んでいく。そしてついには二重を震わせて涙と大声を零し始めてしまった。
子供のあやし方など何一つ分からないイルナは固まってしまう。魔術の知識が及ばない部分で彼女は非常に魯鈍だった。
「すみません・・・これで許してください」
そしてついにはマントの裏ポケットから紙幣を取り出し許しをこうた。往来の視線は非常に痛い。だがこんな時にどう対応していいか分からない彼女にとってその行動は精一杯の努力だ。
勿論少女の嗚咽は止まない。腰を屈めたままどうすれば良いのか必死に考えるイルナの口から再び、あ、という声が吐き出されたのは、マントの胸ポケットから煌く細長い容器が落ちたからだった。慌てて拾おうとした手が少女の小さい手とぶつかる。銀色の粉が敷き詰められたその容器を見つめる少女の目は輝いていた。
「・・・見るだけなら、いいよ」
イルナがそう言うと少女はしゃっくりをしながら、うんと頷いた。それから容器を手にとって高く掲げる。陽光すら跳ね除け煌くその粉は、幻想的な色を帯びていた。
「すごくきれい。お姉ちゃん、これなぁに?」
「え、あ、うん。魔法の道具、かな」
「お姉ちゃん、魔法使いなの!?」
きらきら三割り増しで少女が食いついた。その勢いに気圧されてイルナはぎこちなく頷き認める。すると少女はひまわりのような笑顔を咲かせ、それから急に悲痛な面持ちになった。
「魔法使いのお姉ちゃん・・・・これ、直せる?」
少女はワンピースのポケットから、銀細工があしらわれたオープンフェイスの懐中時計を取り出した。
「ちょっと貸してくれるかな?」
少女が差し出した懐中時計と銀色の粉が入った容器を受け取る。風防はひび割れており、針は動いていない。竜頭を回しても針に反応がなく、動作機構が壊れていることは間違いない。かなりの衝撃でなければここまで悲惨なことにはならないだろう。おそらくこの懐中時計はイルナとぶつかる前から壊れていたのだろう。
期待の籠もった無垢の眼差し。それに応えるべくイルナは小さく長く息を吸い込んだ。
極限まで集中した全神経が一切の音を断つ。静寂の中、自身が魔術そのものになったような感覚を手に凝縮させる。一瞬間眩い光が両手から迸り、それからイルナは軽く息を吐いた。
「これで多分、大丈夫」
そう言い、ひびが跡形も無く消え去った風防を撫で、竜頭を回す。すると針は素直に応えた。動き出した秒針を少女に見せると、少女は口と眼をあらん限り大きく丸めて飛び跳ねた。
「お姉ちゃん、ありがとう。魔法使いってやっぱり凄いんだね!」
「ん」
イルナはお礼に対して短く返事をした。気が付けば辺りに居る人間すべてが彼女を期待の眼で見ており、中には壊れている物を露骨に手に握っている人まで居た。
「じゃあ」
だからイルナは少女に別れの言葉を告げた。流石に辺りにいる人間の相手をするほどお人好しではない。また、家には彼女の帰りを待ちわびているものも居るのだ。
「あ、魔法使いのお姉ちゃん、ちょっと待って」
紺色のミニスカートが弱い力で引っ張られる。何事かと少女を見たイルナの視界に、三枚の銀貨が飛び込んでくる。どうやらお礼のつもりらしい。
「別に、いい」
首を振り拒否するイルナに、それでもお金を突きつける。イルナにしてみれば、ぶつかってしまった謝罪として懐中時計を直したのであり、つまりすでに等価交換がなされているのだ。だからお金を受け取るつもりは一切無い。
「すくない、ですか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「じゃあ、明日十一時にここに来てください。ちゃんとしたものを持ってきます」
そういうことでもない、と言おうとしたイルナの唇が固く結ばれた。二人を囲うようにして見ていた人だかりを掻き分けて出てきた女性が、少女を守るように抱きしめたからだ。
そして女性がイルナに注ぐ眼光は鋭く、かなり警戒している様子が伺える。女性の行動から察するに少女の母親なのだろうが、どうしてここまでの敵意を向けられているのか分からないイルナは、今日は厄日なのだろうかと溜息をつかずにはいられなかった。
「い、痛いよ、ママ」
少女が母親の懐でもがく。だが母親は決して娘を離そうとしない。イルナへの威嚇の姿勢を崩さず、じりじりと退く。
「ママ、あの人、魔法使いなんだよ。パパの時計を直してくれたんだよ?」
「時計を・・・?そう、二日前から見当たらないと思っていたら、壊していたの。しかもそのことを隠していたのね」
しまった、という表情の隠し方を知らない純粋な少女は、うな垂れて母親に謝った。だが母親の憤慨は収まらない。
「知らない人に話しかけたら駄目って何時も言っているでしょう!・・・早く帰るわよ」
有無も言わせぬ口調で母親はそう言った。それからイルナを不快なものを見るような眼で一瞥すると、戸惑う少女を無理やり引っ張る。そうして母親と少女の姿が視界から消えると、イルナは何事も無かったかのように歩き始めた。
「子供には、随分と優しいんだな」
突如背後からそう話しかけてきた声にイルナは聞き覚えがあった。その声は彼女に不快しかもたらさない。だから立ち止まらなかったのだが、声の主は走って彼女の前に立ちはだかった。
どうやら本当に今日は厄日のようだ。
「私に何か用なの?えっと・・・」
魔術学校時代に何度も絡まれた同期の優男の名前を思い出そうとする。だが、どうにも思い出せなくて言い淀んだ。
「・・・まさか、第五十一期王国魔術部隊入隊試験をトップの成績で合格した俺の名前を忘れたとか言うんじゃねぇだろうな」
優男は唇の端をひくひくさせ、腕に装着している王国魔術部隊所属のバッチを見せびらかしながらそう問うた。
「えっと・・・パンダ君」
「バンナだ!バンナ・アルスハム!」
「ああ、そんな名前だったね。それでバンナ君・・・私に何か用?」
「いや、同期の今がちょっと気になってな。お前、ギルドで仕事を請け負っているんだろ?ギルドカードを見せてくれよ」
逡巡する。ギルドカードを見せる義理などないし、感情としても見せたくない。だが、自分の思うどおりに事が進まないと気が済まないバンナの性格上、見せなければさらに面倒くさいことになりそうだ。
打算によってイルナは、ギルドカードをバンナに手渡した。彼はイルナから受け取ったギルドカードを舐めるように見つめ、そして突然抑えきれないような笑い声を上げた。
「クク・・・DやEばっかじゃねーか。どれだけ魔力があろうが、魔術技術があろうが、所詮”修復”の魔術師。あんたも随分落ちぶれたもんだな」
依頼をこなす度にギルドカードに押されるスタンプは、依頼内容の難度と依頼結果によってSからGの中から選択される。イルナのギルドカードにDやEのスタンプしかないのは”修復”の魔術師がこなす依頼内容の難度が非常に低く見られているからだ。むしろDのスタンプが押されていることが奇跡と言えよう。
「私は、王国からスカウトされたいとも思わないし、ギルドの優遇を受けたいとも、名前を売ろうとも思わない。ただ自分の信じられる矜持を見つけたいだけ」
評価の良いスタンプを集めれば、試験では毎年数名しか入ることのできない王国部隊の隊員としてスカウトされることがある。また、ギルドから貰える報酬の額が増えたり、王国が運営する施設や機関の利用料が割引されたりする。そして何より、名を売ることが出来るのだ。
「みちぃ~?はん、”修復”の魔術なんて、落ちこぼれが選ぶ魔術じゃねーか。そんな程度の低い道をわざわざ選択したもの好きに成績で負けていたかと思うと、虫唾が走るぜ」
永遠の二番手。自尊心の強いバンナは、基礎魔術学校時代に呼ばれていたその渾名が屈辱で堪らなかった。故に彼はその渾名を返上すべく応用魔術学校で”炎”の魔術を選び”精霊の儀”を行った。戦闘系の魔術師としてイルナと対峙し、必ず打ち倒してやろうと固く心に誓いながら。
だがその矢先、彼女が”修復”魔術を選択し”精霊の儀”を行ったと聞かされた。
まるで道化になったような気持ちになった。
だから彼はイルナに突っ掛かる。失ったプライドを満たす方法はもう無いのだと知りつつ何度も突っ掛かる。
「ギルドカード、返してくれる?」
何を言われても言い返さず、すましているところも気に喰わない。バンナは舌打ちしながらイルナにギルドカードを返した。
「お前に会ったせいでとんだ道草を食ったぜ。聖具の回収が遅れちまうな」
バンナはわざわざ自分が命じられている仕事の内容を話した。
聖具は、強大な魔力が籠められた太古の武具のことを指す。主に遺跡で見つかるそれらの大半は力を失っているのだが、ごく稀に強大な力を保ち続けているものもある。その強大な力を一個人に、或いは一組織の手に渡らせないために聖具の回収は王国が率先して行っており、その任務を与えられるということは王国部隊員としては誉れであるのだ。
「そう。頑張って」
だがイルナは全く意に介さなかった。そして淡白に応援すると、バンナのことなど頭から消えてしまったと言わんばかりに歩き始める。
全身が沸き立つような怒りがバンナの理性を溶かす。だが理性が溶けきるより先に、脳が囁いた邪悪によって、彼の怒りは急速に静まった。
「今に見てろよ」
バンナは、乱れない歩調で歩くイルナの後ろ姿に、そう呟いた。
「只今」
家に帰るなりイルナは帰宅の挨拶をした。彼女に兄妹はいない。父や母もいない。十数年前に起こった戦役に巻き込まれ帰らぬ人となった。そして、両親が死んでから彼女の面倒を見ていた父方の祖父も昨年亡くなっている。彼女にとって敬愛していた祖父の死は、顔も覚えていない両親の死よりもよほど悲しかった。
もうイルナに、身内と呼べる人間は居ない。だが家の明かりは点いており、台所からは陽気な鼻歌が響いて来る。
「あ、お帰り」
リビングに置かれてあるソファーにイルナが寝そべってようやく、台所で鼻歌を歌っていた人物は彼女が帰って来た事に気付いたらしい。鼻歌の陽気さそのままでお帰りと言うと、手ずからの料理をテーブルの上に置く。
ただ不思議なことにその料理は一人前しか用意されていなかった。
「うん。只今、こんべー」
こんべーと呼ばれた青年は、金色の髪を掻き上げてから一礼した。それから、燃えるような赤の瞳でじっとイルナを見つめる。一見して非の打ちどころがない好青年が家事の見返りに要求するものは一つだ。
「分かってる。今日の分のお揚げ、買ってきたから」
「やっぱりイルナは話が分かるなぁ。人間を襲ってお揚げを強奪していたあの時代を幻想にしてくれる優しさだ・・・ところでいつも思うんだけど、イルナの着ているマントの裏ポケットは四次元空間に通じていたりするのかい?」
「そんなことはない。多分」
裏ポケットからビニールに包まれたお揚げを取り出す。すると好青年の姿は跡形もなく消え去った。代わりに、三つの尻尾をゆらゆらと揺らめかせる小さな魔物が愛らしく床に座っている。
「人間の姿は家事をするときには便利だけど、お揚げを食べる時はやっぱり本当の姿じゃなくっちゃね」
変化の力をもつ魔物、こんべーは器用に前足を使ってお揚げを口に運ぶ。三つの尻尾は歓喜を表すようにパタパタと激しく揺れ、ぱっちりとした両目を今は薄く閉じている。
この魔物が、かつて人間を襲っていたなどと信じられる者はいないだろう。
イルナはソファーから立ちあがり、マントを乱雑に脱ぎ捨て、イスに腰を下ろした。相変わらずこんべーの作る料理には食欲を刺激させる色合いと匂いがある。そして味は、イルナの無表情を僅かに溶けさせるほどの美味さであり、お礼としてお揚げしかあげていないことを申し訳なく思ってしまうほどだ。
お揚げを食べ終えたこんべーがイルナの座る椅子の近くにやって来る。イルナは親指と人差し指で丸を作り、こんべーに見せた。するとこんべーは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「お金、貰って来たんだよね。家計簿をつけるから、取ってもいい?」
「うん」
アルヴァン家の財政を握っているのは人間ではなく魔物だ。魔術以外無能と言って差し支えの無いイルナが祖父の亡くなった今でも生きていられるのはこの優秀な魔物のおかげである。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
こんべーは再び人間の姿になるとイルナが適当に放ったマントを丁寧に畳み、食器を流し台へ持って行く。
「明日は、どこかに出かけるの?」
「ううん。明日は、魔術の研究に勤しむこ」
僅かに、そこで言葉を切る。脳内でリフレインする少女の声。
だが母親があの様子では新たにお礼を持って来ることなんて出来ないだろう。第一、少女がお礼を持ってきているとして、どうして自分が行く必要があるのか。そう思い直してイルナは続ける。
「魔術の研究に勤しむことにする」
「そう。じゃあ明日は新鮮なお揚げが食べられないんだね」
「新鮮・・・?」
お揚げに鮮度なんてあるのだろうか。微かに首を捻ったイルナに眠気が襲いかかる。久し振りに外に出たためかなり疲れが溜まったのだろうか。彼女は目頭を押さえ、今にもブラックアウトしそうな頭を振った。
「・・・寝る」
「お休み」
覚束ない足取りで寝室に向かい、ベッドに倒れ込む。明滅する意識の中でイルナが最後に見たものは、少女の無垢な瞳だった。
体が揺さぶられる。寝つきも良ければ寝起きも良いイルナはその刺激によって反射的に背をうんと伸ばし、眼を擦った。
「・・・あれ。まだ、十時」
上半身を起こした彼女は時計を指しながら、体を揺さぶったであろう人型こんべーに文句を言う。
「うん。僕もおかしいとは思ったんだけど、確かに十時に鳴ってたよ」
所有者の意識を汲み取って自動的に目覚ましが設定されるその時計を、イルナと同じく指差してこんべーは文句に答えた。
「いつも午後を過ぎてから鳴るのにね。何か用事でもあるの?」
「・・・・」
無言のまま立ち上がる。意識の片隅に存在している少女を無視することは出来なかったようだ。
仕方ない。少女が気に掛かったままでは魔術の研究に集中することもできないだろうし、スッキリするために会いに行こう。
そう決意して頬を叩き、シャワーを浴び、こんべーが用意した衣服を着て玄関の扉を開けた。
魔術学校を卒業し、しつけの厳しかった祖父が亡くなった今、イルナはかねてからの願いであった引き籠り生活を存分に堪能している。仕事の依頼を受けるためギルドへ行く以外、外に出ることは殆ど無いと言っても良いだろう。だから彼女は朝の強い陽光が大の苦手だ。それでも祖父の教えに従って、自然に丸くなる背筋をきちんと伸ばし、活気あふれる王都の街中を歩いて行く。
「溶ける・・・溶ける・・・・」
イルナはそう呟きながら露店で商売に勤しむ者たちを見やった。
どうしてあの人たちはこんな朝っぱらから満面の笑顔を振りまけるのだろうか。自分には絶対出来ない仕事だろうな、と感心半分諦観半分を抱きながら露店市を通り過ぎ、やっとのことで少女とぶつかった場所に辿り着いた。
時間を確認する。すでに約束の時刻である十一時を五分過ぎている。だが少女の姿は見当たらない。
母親に止められたのか、もう帰ったのか、とにかく少し待ってみよう立ち止まったイルナの肩が叩かれたのは数分後のことだった。
「これ、あんたに渡すよう頼まれたんだ」
見たこともない男はそう言うと、イルナに茶色の手紙を渡した。怪訝に右眉を下げてイルナは、手渡された手紙に目を通す。
「・・・」
手紙が握り潰される。滅多に感情が表れない氷のような目にはっきりと浮かんだのは焔。彼女の激しい怒りに呼応するように魔力が膨れ上がり、辺りは騒然となった。魔力を持たぬ者でも感じられるほどの魔力の膨張は、魔力を感じられる者にとっては毒も同然で、彼女の近くに居た人間の中には苦しそうに胸を抑える者もいる。
イルナは大きく深呼吸をした。魔力の暴走は魔術師としての恥だ。気を落ちつけ、膨張した魔力をコントロールすると、辺りを支配していた張りつめた空気が和らいだ。
改めて、くしゃくしゃになった手紙を見返す。
“女の子と母親は預かった。返して欲しければ今夜十時、第二訓練場の大訓練室まで来い。勿論誰かに知らせれば、二人の命はない”
これだけならば、イルナは冷静に対応していただろう。彼女の激怒の原因は、次の一文にある。
“売国奴の孫へ”
イルナは、自分への中傷ならば幾らでも無視できる。だが亡くなった祖父に対する中傷は、決して、許せない。
この手紙を書いた人物に察しはついている。だが人命がかかっている以上迂闊な行動は出来ない。何が望みか分からないが、手紙の指示通りにするしかないだろう。
冷静にそう考えても心を燻ぶる炎を消し去ることは出来ない。準備をすべく、イルナは来た道を戻り始めた。
第二訓練場は、応用魔術学校の近くに建っている。王国が運営するその場所は、魔術学校の生徒に無料で開放されており、昼中ならば互いに競い合う生徒の姿を多く見ることが出来ただろう。
イルナにこの訓練場を利用した記憶はない。”修復”の魔術の授業でこの訓練場を使うことはないからだ。それでも第二訓練場が応用魔術学校の近くに建っているということくらいは知っていた。
夜十時には閉まっている第二訓練場だが、無断で利用されないよう見張りの兵はいる。だがイルナは真っ直ぐ訓練場の入り口に突き進む。見張りの兵はイルナの姿を認めたがしかし、何も言わなかった。手紙を書いた人物に、訓練場に入る女性の姿を見ても無視するよう命令されたか、それとも協力者か、とにかく気絶させる手間は省けた。
訓練場に入る。中はだだっ広く、小さな部屋が幾つもあった。大訓練室はそれらを抜けた先にあり、イルナはひたすら真っ直ぐ進んで行く。
大訓練場は、訓練だけでなく娯楽としての役割も持っている。結界の張られた壁に囲まれた円形の中で行われる模擬戦を観戦できるよう、壁の外側に観戦席が設置されているのだ。利用料を払って第二訓練場に入る一般人の殆どが大訓練室で行われる戦いを観戦しに来ており、その利益はかなりのものだった。魔術学校の生徒に第二訓練場が無料で開放されているのは、そういった経済的な側面もある。
だが今、観客席にはただの一人も居ない。今この場に存在するのは、イルナと少女とその母親と。
「臆さず来たことは褒めてやるぜ。”修復”の魔術師さんよぉ」
「・・・パンダ君。いや、バンダナ君?・・・ううん、バカナ君・・・ああ、もうどうでもいいや」
バンナだけだった。
「そういう舐めた口が聞けるのも今日までだぜ」
「そうだね。私に対する嫌味なら、今日までじゃなくて、いつまで続いても良かったんだけど」
一瞬、バンナは怯んでしまった。イルナの常に怜悧な表情が、怒りで満たされ冷酷にもなっていたからだ。
だがすぐに笑う。今までどれだけ挑発しても何の反応も示さなかったイルナが、ここまで激しい感情を見せたのだ。その達成感が、彼を高揚させた。
「そうかよ。けど俺は嫌だね。俺はあんたを倒したいんだ」
「程度の低い”修復”の魔術師と蔑んだ相手に勝って、君は満足出来るの?」
「できるさ!あんたに勝つことが、俺の望みだった。だから、それだけでいい。勝つだけでいいんだ!」
もはや戦闘系の魔術師同士としてイルナに勝ちたいと思う誇りすらなく、バンナはただ彼女への勝利に飢えていた。それで失ったプライドを取り戻せるとは思わない。ただ彼女に勝利したという美酒に一時酔い潰れたいのだ。
イルナは長く息を吐いてから、バンナの後方にいる少女とその母親を見た。体が縛られているわけでもないのに、二人は逃げる素振りを一切見せない。よほどバンナにきつく脅されたのか、酷く憔悴しているようだった。
とりあえず彼女たちの安全を確保するためにイルナは口を開く。
「その前に、その二人の安全を保障してもらえない?」
「駄目だね・・・まあ、心配するな。この二人が逃げだそうとしない限り手出しはしない。俺はお前とやり合いたいだけだからな!勿論、お前が逃げれば保証は出来ないがな」
「逃げる?」
イルナの魔力が膨張する。だがそれは昼間のような暴走ではなく、あくまで彼女が自分の魔力を支配下に置いた上での結果だ。
「私は逃げない。お爺ちゃんを侮辱した君を許しはしない」
「・・・へっ。本当のことだろ。敵対国の物を無償で修復するような奴を、売国奴以外の呼び方で呼べと言うほうが難しいぜ」
バンナは両手に魔力を集め、小さな火球を二つ作りだした。
火球は”炎”の魔術師にとって基礎的な魔法だ。一つの火球にどれだけの威力を籠められるかで”炎”の魔術師としての実力が問われる。
王国魔術部隊入隊試験をトップで合格したと言うだけあって、バンナの火球は見事なものだった。鉄すら溶かす威力が籠められたその火球を、イルナに向かって飛ばす。
一つは高速で、一つは低速で飛来してくるその火球を完全に防ぐことが出来る魔法は、イルナにはない。だが高速で飛んでくる火球を交わすことは難しく、例え高速の火球が交わせたとしても、追尾の特性がある低速の火球がその隙に彼女を襲うだろう。基礎的な魔術でもこれ程の威力と精度があれば、必殺の武器になるのだ。
バンナは火球の技術に絶対の自信を持っていた。そしてそれを防ぐ魔法など”修復”の魔術師には無いと確信していた。余裕の表情で、勝利の予感に腕を組む。
だがイルナがとった行動は、高速の火球を交わすことでもなければ、泣いて許しを乞うことでもない。彼女は魔力の奔流で靡くマントの内ポケットから、銀に輝く容器を素早く取り出した。そして取り出しざまに容器の詮を抜くと、中に入っていた銀色の粉を宙に放つ。
その幻想的の中で彼女は左手の人差指と中指を立て、空を切る。刹那、二本の指が描いた軌道から爆発するような光が零れると、銀色の粉が意思を与えられたかのようにその光へ集結していく。
形成されたのは神々しい輝きを放つ盾。だがその美しき銀色の盾は、火球よりもさらに小さく、イルナの掌サイズだった。
盾を瞬時に修復して防御に利用する発想は流石のものだ。だがそんな小さな盾で火球を防ぐことは出来ない。そもそも鉄の盾ならばどれだけ大きかろうが溶かし切ってしまう。
天才の最期にしては些か虚しい足掻きだ。
愉悦が、バンナの唇の両端を吊り上げさせる。
イルナの少し前方に浮かんでいる盾と高速の火球が接触する。熱気を孕んだ一陣の風が吹き抜け、そしてその発生源に残っていたのは小さな盾だった。
「・・・は?」
顔を痙攣させながら、バンナは首を傾けた。あんな小さな盾が自分の火球を防ぎきったことが信じられないようだ。
再び、盾と火球が激突する。追尾特性をもった低速の火球だが、イルナが一歩も動かないため、その特性に意味はない。彼女を守る盾を交わすことは出来ず、熱風を巻き起こして消滅してしまう。
「何なんだ・・・何なんだよ!その盾は!」
バンナは叫びながら激しく右腕を突き出した。先ほどとは比べ物にならないほど大きな火球が右手から生み出される。左手にも魔力を集中させながら彼は、盾の魔力を探りだした。
眼を見開く。盾から感知した魔力は、尋常ではなかった。それは、現代のどんな名工が制作した武具よりも魔力を帯びている。
「まさか・・・聖具!?馬鹿な!聖具を修復したと言うのか!?例え”修復”の魔術師だとしても、そんなことが出来るはずがない!」
「私には出来るの。一時的に、だけど」
断末魔の様な声と共に大きな火球が放たれる。だが、聖具には通じない。
常識外の魔力と”精霊の儀”による契約。この二つが、聖具を瞬時に、しかも完全な状態で修復することを可能にした。ただし聖具には魔法抵抗力があるため、”修復”の魔法を解除すると一瞬にして銀の粒子に戻ってしまう。つまり彼女は、自分の魔力を与え続けることで聖具の完全な状態を維持しているのだ。
信じられない光景を目の当たりにしたバンナは、よろけそうになる。が、彼のプライドがそれを許さない。最後の希望、切り札を切るべく左腕を地に着ける。先程大仰に突き出した右腕は、大きな火球は実はフェイクであった。見た目に反して火球には大した魔力が籠められていない。本命は、左腕に溜めこんだ魔力である。
地響きとともに、イルナの足元が赤黒く溶ける。次の瞬間、地面から天高く迸った火柱が、イルナを呑みこんだ。
切り札である上級魔法の命中に、バンナは激しい息をつきながら拳を高く掲げた。如何に聖具でも、あの小ささでは全身を焼き焦がすこの攻撃を防ぎきることは出来ないだろう。
「ははは・・・見たかっ!これが俺の」
笑みが凍りつく。激しく立ちこめる煙の中で、何かが揺れた。否、それが何かという曖昧でないことは、彼が一番分かっている。
イルナが、突き刺すような殺意を目線に乗せて、煙の中から無傷で現れた。
「俺の、何?」
言葉にならぬ金切り声と共に放たれた幾数もの火球は弱々しかった。上級魔法を使用したせいで魔力をほぼ使い切ってしまったことも関係しているが、その最大の原因は精神の乱れだ。
魔術師の致命傷となるその乱れを、イルナは見逃さない。両手を盾に伸ばし、薄紅の口を開ける。
「解放せよ、アウロラの盾!」
古代文明十二の神の名の一つを冠する聖具・アウロラの盾の生み出す結界は強力な特性を持っている。イルナを包むようにして盾から広がるその強固な結界は、魔法攻撃を吸収し、吸収した魔力を増幅させて解き放つことが出来るのだ。
イルナの周囲に展開された無数の光弾が飛来してきた火球を無情に貫く。そのまま光弾は結界が張られている壁に激突し、幾多の穴を開けた。だが、バンナには一発も命中していない。いや、させなかった。彼女は、魔力を大量に消費し精神の乱れたバンナを残酷にも更に追い詰めるべく、結界が吸収し増幅した魔力を一点に集める。
そうして現れた巨大な光が、磨耗した精神が、彼のプライドを完全に崩壊させた。彼の思考は如何に華麗にイルナを倒すかではなく如何に自分が助かるかにシフトし、そしてその思考は最悪の結論に達した。
彼は右手から小さな火球を生み出し、それを少女とその母親に向けた。
「撃つな!撃つとこいつらを殺すぞ!」
手出しはしない、と言ったはずの二人が怯える姿を確認してから彼は続ける。
「今すぐ聖具にかけている”修復”の魔術を解除しろ!」
イルナは下唇を軽く噛む。それから左手でアウロラの盾を小突いた。巨大な光弾は消え失せ、”修復”の魔術が解除された聖具は銀の粒子となり、細長い容器の中に戻っていく。
"修復"の魔術が解け、聖具が容器の中に戻ったと見るや否や、バンナが大きな声を上げた。
「おい!早く来い!この二人が逃げないよう見張っていろ」
命令が木霊する。少しして、大訓練室の入り口から足音が聞こえてきた。
その足音の正体は、第二訓練場を警備していた兵士。どうやら兵士は、バンナの味方だったようだ。
状況がみるみる悪化していく。イルナは、大きな舌打ちをする。
「ははは!ざまぁみろ!ざまぁみろっ!お前へのトドメは、俺が直々にしてやるよ!」
少女とその母親に向けられている火球は、バンナのありったけの魔力だった。つまり、その火球で人質をとったはいいが、彼は同時にイルナへの攻撃手段をなくしていたのだ。いや、避ければ人質を殺す、と言ってイルナを攻撃する方法もあるにはあったのだが、火球をイルナに向けている隙に万が一人質に逃げられれば、完全に手詰まりになってしまう。大訓練室の入り口に仲間を待機させているのだから、彼はそんなリスキーな選択をする必要がない。仲間に人質を任せてイルナを攻撃する。それが、勝利するための最善の方法だ。
「ああ!やっと、やっとお前に勝てる。ずっと二番手だった俺が、一番になれる!」
「・・・こんな形で勝って、君は満足出来るの?」
イルナは挑発を匂わせながらそう聞いた。その横を、兵士が走って通り過ぎる。
「ああ、勿論だ!満足だとも!勝てばいいんだ!ははは!はははは!ははは・・・っ!」
高らかに反響していたバンナの笑い声が、突然途切れた。今、大訓練室を支配する音は、骨の軋む音。耳を塞ぎたくなる不気味な音がバンナの脇腹から轟いたかと思うと、彼は勢い良く吹き飛び、壁に激突した。
「っ・・・がはっ!な・・・なんで・・・?」
口から少量の血が吐き出し、床を濡らす。折れた肋骨の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、バンナは兵士を見た。すれ違いざまに彼へ回し蹴りを喰らわせた兵士は、その理由をあっけらかんと告げる。
「だって僕、ここの入り口でイルナと君の戦いをずっと見ていた君の仲間じゃないもん。彼は今、気絶しているよ」
そう言うと兵士が、まるで存在していなかったかのように消え去った。否、兵士が居た場所には、三つの尾を真っ直ぐに伸ばした一匹の魔物が座っている。
「ナイス、こんべー」
「お揚げ二パック分の働きだよ、イルナ」
「ん」
そんな二人のやり取りを、息も絶え絶えな声が未練がましく遮る。
「ひ・・・卑怯だぞ。誰にも、知らせるなっ、て・・・・書いていたのに」
「卑怯?」
「そう、だ。正々堂々、一対一で・・勝負しろぉ!なら、俺は負けない。負けない、んだ!」
イルナの熱が一気に冷めていく。プライドの高さ故に負けを認められず、勝利に固執する魔術師のその姿は、ひたすら滑稽だった。
「こんべー、治安維持局員を呼びに行ってくれない?」
こんべーは意味あり気にイルナを見た。それで本当にいいのか、と問うているようだ。
「こんな人間に侮辱されたところでお爺ちゃんの誇りは穢されない」
「分かった。呼んで来るよ」
こんべーは四本の足で地を蹴り、陣風の如く駆けて大訓練室から出て行った。
それを見届けたイルナは、人質になっていた少女と母親の元へ向かう。
だが二人は、彼女がこちらへ向かってくると分かると、怯えたように体を震わせた。母親だけでなく少女も眼に涙を滲ませていて、それが安堵の涙でないことは先の反応からして明確だった。
「巻き込んでしまって、怖い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げて謝る。
彼女たちの反応は当然だ。彼女たちは、身も凍るようなイルナの殺意を、冷酷な表情を見ているのだ。例えそれがバンナに向けられたものだとしても、見て、感じてしまった以上そのイメージは消えないだろう。
その時少女が、何を言おうとしたのか分からない。口を小さく広げ、ただそれは言葉にならなかった。代わりに彼女は、ポケットから何かを取り出した。そして取り出した何かを、頭を下げ続けるイルナに見えるよう床に置いた。
それは、イルナの漆黒の髪に映える、銀色の小さな髪留めだった。
「・・・くれるの?」
少女は頷いた。ほどなくして治安維持局員がやって来る。イルナは治安維持局員に事情を話し、少女とその母親が保護され、バンナとこんべーに気絶させられた兵士が連行される様子を見届けてから髪留めを拾い、帰路に着いた。
「イルナのお爺さんはどんな人だったの?」
小さな首を上げ、無数の星が装飾する空を見上げながらこんべーはイルナに聞いた。”修復”の魔術師であった事、そしてイルナが彼を敬愛している事は知っているが、それ以上詳しく聞いたことは無かった。
「ん。変な人だった。いろんな国を渡り歩いて、誰彼構わず無償で物を直して。善意だけで生きているような人間だった」
「へー。凄いね」
だがイルナは首を振る。
「凄くない。お爺ちゃんにとってはそれが当たり前だった。凄いって言うと、いつも怒られた」
思い出に浸るように目を細める。
「私はそんなお爺ちゃんに憧れて”修復”の魔術師になったけど、自分にはそんな生き方は無理だと気付いた。お爺ちゃんも、お前はお前の道を見つけろ、と口酸っぱく言っていた」
こんべーは何も言わない。ただ黙ってイルナの話を聞く。
「自分だけの道を見つけたお爺ちゃんは恰好良かった。生き生きとしていた。だから私も、自分だけの道を探している。”修復”の魔術の可能性を探し、研鑽を重ねている。聖具も、その一環」
それから彼女は、喋りすぎた、と言って口を噤んだ。
「見つけられると良いね」
こんべーの言葉に、イルナは少女から貰った髪留めを見つめながら、深く頷いた。
短編小説の中では長文の、こんな小説を読んで頂いた方に感謝です。