メイド様のアブナイ魔力?その4
「はぁい、隊長さん。貴方の質問に答えに来たわよ?何でも聞いてくださったらいいわ」
不敵な笑みと共に登場したダダリアにノアは敵意の眼差しを向けた。
そんなノアに気付かず、アンディーとボビーは鼻の下を伸ばしてダダリアを見つめている。
ソファの前までダダリアが来るとアンディーは素早く身を退け、ダダリアにノアが掛けているのとは違うソファに座るように促した。
「ささ、ダダリア様。こちらにどうぞ!」
「何、ずるいぞ!アンディー!!そっちのソファの方がお前に近いじゃないか。ささ、ダダリア様、こっちのソファに!こっちの方がふかふかッス!」
訳の分からない言い合いを始めた二人にダダリアは迷惑がることなく、優美に小首を傾げてみせる。
「困ったわね。どっちも選べない」
その仕草の美しさに二人はしばし心を奪われ、ダダリアを見つめる。
ノアも感心せざるを得なかったが、最大級の警戒の前には美女の微笑みもただの感情表現だ。
ダダリアの意図するところが分らず、ノアは眉を寄せた。
(なんだ?何かを仕掛けるつもりか?)
ノアの体に緊張が走り、組んでいる手に力が篭った。
(やられる前にやらなければ、この女は油断すると危険だ)
先ほどの失態はもう二度としない。
ノアがそう心に誓うのとダダリアが歌うように軽やかに言い放ったのは同時だった。
ダダリアの体が動いた瞬間、ノアは全神経を集中させた。
だが、ダダリアは飛び掛ってはこなかった。
「ああ、こうすれば喧嘩しなくて済むわね」
言うが早いか、ダダリアはさも当たり前のようにソファに腰掛けたノアの膝の上に腰を落としたのだ。
柔らかい感触がノアの太ももの上で弾む。
芳しい色気が長い金髪と共にノアの体にかかる。
流石にこの時ばかりは最大級の警戒も役には立たない。
ダダリアが仕掛けてきた瞬間にやり返すつもりでいたが、膝に座るなど想定外だ。
ノアの動揺などまったく気にせず、ダダリアは涼しい顔をしている。
側では二人の部下も驚きつつも羨望の眼差しをノアに向けた。
「な、な、な、なんで膝に座るんだ?」
ノアがダダリアを除けようと体を捻るが、ダダリアは更にノアに体を近づけてくる。
「落としちゃや!」
「や、じゃない!除け!!俺に色仕掛けは通用せんぞ!お前の意図はなんだ!何が目的で陛下を太らせた!」
焦るノアに対して、ダダリアは余裕だ。
真っ赤な唇の端を上げるとさも楽しそうに目を細める。
ダダリアはそっとノアの頬に手を当てた。
「ふふっ。近衛隊長さんって、フェミニスト。口は乱暴なのに、手は出さないのね」
「ふざけるな!」
その手を払いのけるとノアは勢いよくソファから立ち上がった。
膝に座っていたダダリアはその勢いに押され、ソファの端に追いやられた。
「いたぁい」
ダダリアは甘えたような声を上げたが、ノアは冷たく見下ろした。
「いい加減にそのふざけた芝居はやめろ。お前は何の目的で陛下に近付いた?」
蒼い瞳は凍てつく冬の月のように鋭く輝き、眼下の美女の陰謀を白日の下に晒そうとした。
その視線に応えるようにダダリアは蠱惑の笑みで薄紫の瞳を揺らす。
「一つ、隊長さんは誤解をしてらっしゃるわ。ワタシには陛下を急激に太らせることはできなかった。それはここにいる二人が証明してくれる。陛下がぷっくり太られたのは1ヵ月半前。ワタシが来たのが半月前。ねぇ、そうでしょ?」
ダダリアはソファに倒れ込んだ状態のまま、ぼけっと事態を見つめている部下の二人にウインクさせてみせた。
バチンっと音が聞こえそうなほどのそれに、今までノアを羨ましそうに見つめていた二人は顔を上げた。
「は、はいっ!その通りッス!」
「ダダリア様は陛下が巨大化されてからいらっしゃったッス!」
彼らに尻尾が生えていたなら、今この時ほど尻尾が活躍した場はないだろう。
きっと千切れんばかりに尻尾を振っていたに違いない。
しかし残念ながら彼らはビックリ人間ではなく、ただの残念な近衛隊員なので、尻尾の代わりにその頭を馬鹿みたいに激しく上下させた。
その態度に満足したのか、ダダリアは長い脚を組むと、ノアの方を見やった。
「ね?」
「黙れ!そんなこと、お前に協力者がいればいくらだって行える!」
ダダリアを警戒するように僅かに距離を取り、ノアは腕を組んでダダリアを睨みつけた。
「それもそうね?でもね、ワタシが何かヤマシイことをするなら、まず第一にターゲットの側でのんびりオママゴトなんてしない。的確に最速で事を片付けるわ。当たり前でしょ?それとも隊長さんはワタシが陛下を足蹴にするためだけに来たとお思い?」
確かにダダリアの言う通りだ。
何か陛下を使って事を進めるにしては、彼女のやり口はいささか常軌を逸してる。
催眠術を使えても、使っている本人がここまで露出していれば、『私が犯人です』と主張しているようなもの。
陰謀とは陰で謀ってこそ。
ダダリアは陰謀と表現するにはあまりに表に出すぎている。
だからこそ、ノアも強行姿勢でダダリアを捕縛することができないのだ。
彼女の背後に隠れているものの存在が分るまでは。
真の首謀者はダダリアの後ろで、ノアが彼女に踊らされる姿を楽しみに待っているのだ。
(乗せられるな。奴の裏を読み取れ)
陛下を足蹴にする姿に血管がブチ切れるほど怒りを感じても、それすらもダダリアの思惑に思えてならない。
ぐっと口の中を噛むと、ノアは一層顔を険しくした。
「それに事前に一番邪魔な存在も把握しておく。腐っても国王陛下よ?国家を上げての警備体制が取られているのだから。ふふっ、折角キケンな番犬が留守にしているのに、彼が帰って来るまで待っている訳ないじゃない。その男に気付かれる前に安全な場所に逃げる。至極真っ当なことでしょ?――ああ、でも……」
ダダリアはふいに言葉を切ると自らの真っ赤な唇をなぞった。
「それでも彼の帰りを待っているかもしれないわね……」
ダダリアは試すような視線をノアにまとわりつかせる。
その挑発的な態度にノアは感情的になりそうな自分をぐっと抑え、組んだ腕に力を入れた。
「何故だ?」
ダダリアは真っ赤な唇でせせら笑った。
「消すのが一番安全だからよ?」