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そのメイド、キケンにつき その3

「ねぇ、は・や・く!」


困惑した表情で陛下を見つめるノアに子豚陛下は戸惑うように視線を漂わせた。

一の家臣を前に、君主としてのプライドが邪魔するのか、なかなか踏ん切りがつかないでいる。

だがただ一人事態を楽しんでいるダダリアが簡単に諦めるはずがない。


「へーか?教えて上げでしょ?せっかくの勉強の成果を近衛隊長にお見せしなきゃ!!」


机に腰掛けたまま、歌うように絶対的な命令を下す女王陛下に、子豚の陛下もなす術もない。


「も、申し訳ありません、女王様。ぼ、僕はクズでノロマな豚です!」


早口でそうまくし立てると子豚陛下は執務机の前、つまりはダダリアの足元に跪いた。


「こんなダメな僕に、どうかお仕置きを!」


「お仕置き!?」


思いもしない科白の応酬にノアは茫然自失。

強要されているとはいえ、陛下自身の意思の上に発せられた言葉にこれ以上ないショックを受けた。

が、しかし、彼の忠誠心はこんなことでは揺るがない。


「陛下!目を覚まして下さい!こんなメイドに頭を下げる必要などありません。何か弱みでも握られているのですか!」


床にひれ伏した陛下に駆け寄ると、ノアはその身を起こした。

困惑の表情を浮かべる陛下に構わず、その手をぎゅっと握る。


「おいたわしや、陛下。私が側を離れたばかりにこのような事態を招いてしまったとは…どれだけ謝っても済む問題ではありせん。ですが、今一度、私を信じていただけるのなら、陛下をこのような状況に追い込んだ全てを私が取り除きます」


そう言って、執務机に腰掛けて長い脚をぶらぶらさせているダダリアを睨み上げた。


「手始めにこの女を取り押さえましょうか?」


「ノア、君の気持ちは嬉しいよ。このように私が変わっても変わらず接してくれる」


今にもダダリアに噛みつかんばかりのノアを押さえるように子豚陛下はぎこちなく微笑んでみせた。

どれほど面影が変わってもその柔らかな笑みは昔のままだ。


「陛下、何に遠慮なさっているのです?今すぐにでもこの女を牢獄に……」


「そ、それはダメだ!囚われのダダリアの見てみたい。だが、それとこれとはまた違う話で……」


ノアの言葉に弾かれたように顔を上げた子豚陛下は何故だか興奮ぎみにノアの言葉を遮った。


「囚われのダダリアを見てどうするんです?見たい見たくないの問題ではなくて、これは陛下への不敬罪として逮捕拘留は正式な手続きで……」


子豚陛下の言葉の意味を図りかね、ノアは不思議そうに首を傾げた。

陛下は牢獄に入れると言った言葉の意味を理解できていないのだろうか。

そう思って丁寧に説明をしようとした時――。


ノアは頭上から思いもしない攻撃を受けた。

咄嗟に陛下を守ろうと身を捻ったが、流石のノアも不意打ちの上に座っていては分が悪い。

しかも相手も相当の手管で、ノアが殺気を感じ上を見上げた瞬間にはもうノアの頭上にいた。

次の瞬間にはノアは上から押し倒されていた。

床に沈む体が衝撃に備えて強張る。

倒れる前になんとか体勢を立て直そうとノアは試みたが、目の前にどんっと現れたそれに思わず頓狂な声をあげてしまった。


「うわっ!」


豊満な胸を包むメイド服の襟元から見える深い渓谷。

白い肌と黒いメイド服のコントラストが目に焼きつき、体勢を立て直すつもりがそれに気を取られてあえなく失敗してしまった。

いくら毛長の絨毯とはいえ、ぶつかれば痛いものは痛い。

痛みにノアが顔をしかめた時には全てが終わっていた。

攻撃を仕掛け、押し倒した張本人、全ての元凶であるダダリアは倒れたノアの上に無断で乗り上げるとノアをじっと見つめている。

ダダリアの胸元を流れる美しい金髪がノアの肩にかかる。

真っ赤な唇から漏れる吐息がノアの短い髪を揺らす。

薄紫の魅惑の瞳が妖しげな光を湛え、ノアを捉えて離さない。

その吸い込まれそうな瞳に、白い肌に、柔らかな体に我を忘れそうになる。

だが、そんなことで怯んでいては近衛隊長は務まらない。


押し倒されてから数秒もたたぬ間にノアは冷静に状況を把握し、反撃に出ようと身を起こそうとした。

が、それよりも先にダダリアが行動に出た。

ノアの制服のネクタイを掴むとぐいっと掴むと更に自分の方に引っ張る。

ダダリアの専制攻撃をまともに受け、ノアはまるで首輪をつかまれた犬のように否応なくダダリアの方に顔を向ける。


「な、何をする!離せ!!」


動揺を隠せず、ノアは大声で叫んだが、ダダリアは聞く耳持たず。

じっとノアを見つめてくる。

その横では子豚陛下が羨ましそうに指をくわえて二人を見つめていた。


ノアはダダリアを押しのけようとするが、動けば動くほどダダリアは顔を近づけてくる。

その透き通った深い瞳は吸い込まれそうなほど妖しく、美しく、変な気分にさせられる。

思わずダダリアから視線を反らすが、ダダリアはそれを許さない。

ぐいっとネクタイを引き自分の方に視線を戻させる。


「いい加減にしろ!何がしたいんだ!お前は!!」


ダダリアの豊かな胸から、細い首筋から、真っ赤な唇から、その全てから逃げるようにノアは叫んだ。

ダダリアの意図するところが、ノアには何一つ見当もつかない。

新手のテロか、それとも国家を脅かす陰謀だろうか……。

近衛隊長として、いや、一軍人、一家臣として危惧されるべき事態を想像してみるが、その全てからダダリアはかけ離れて見える。

では、この女の意図はどこにあるんだ?

陛下をSMの世界に導くことか?


ノアが身を硬くして、ダダリアの出方を待った。

だが、意外にあっけなく首の拘束が解かれた。

パラリとネクタイを離すとダダリアは肩にかかった髪を払った。


「なぁんだ、つまんない男」


「へぇ?」


ダダリアは興味なさげに立ち上がった。

握られてしわができたネクタイがノアの乱れた制服の上で緩やかに揺れている。

事態を把握しきれないノアは情けない顔を隠せないまま、立ち上がることすらできない。


(つまんない男って、なんだ?)


しかし、ダダリアはノアに背を向け、やるせないとばかりに一人ぶつぶつ呟いている。


「ただのお子様か、はたまたスーパーノーマル属性の人間なのか。このワタシを見ても何も感じないなんて。……しかもこの様子じゃあれも覚えていないわね」


若干不機嫌そうに眉を寄せるダダリアだったが、小さくため息を吐くと身軽に執務机の上に座った。

長い脚を大胆に振り上げて組んで見せると、自分に言い聞かせるように呟く。

が、すぐに意味ありげに口の端を上げた。


「まあ、そうこなきゃ楽しくないわ」


ノアは答えを探すようにダダリアの方を見上げた。

薄紫色の妖しい魅力の瞳とノアの透き通った蒼い瞳が火花を散らすように鋭くぶつかる。

敵意をむき出しのノアにダダリアは麗しく笑ってみせた。


「そういう訳だから、これからもよろしくね!ご主人様?」


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