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そのメイド、キケンにつき

ノアが最初に捉えたのは、目映いばかりに均整の取れた素晴しいプロポーションだった。


やたらに胸元の開いたメイド服からはちきれそうなほど豊満なバストが見え、異様なほど丈の短いスカートはきゅっと上がったヒップでひらりと膨らみ、その下にはすらっとした長い脚が伸びている。

足先をエレガントに演出するピンヒールがたとえ子豚のような男を踏みつけていても、何一つ彼女の魅力を損なうことはなく、むしろ清々しく感じてしまうほどだ。


思いもしない存在にノアはしばし目の前の美女を見つめた。

この恐ろしいまでの美しさをどう表現したらいいのだろう。

人外魔境な美女は何故、際どいメイド服(私物。王宮メイドは恐ろしく丈の長いスカートを穿いている)姿でSMの女王様よろしく子豚のような男を踏みつけているのだろうか。

自分は来る場所を間違えたのか、いやいや、城内にはSM嬢のいる部屋など存在しない。


(ここは陛下の執務室だよな?)


自分に問い返すも自信が持てない。

扉の前に立ちすくんだまま、ノアは動きの鈍い頭を懸命に働かせるが、冷静な考えが思いつかない。


(内紛の激務がたたったか?陛下の執務室で白昼夢を見るなんて…陛下の執務し…)


そこでノアははたと気が付いた。


(陛下はどこに行ったんだ)


今の今まで、その大切な存在を忘れている方が驚きだが、異様な光景に度肝を抜かれたのだ。

仕方ない。

こんなSMプレイを見学するよりも陛下を探す方が先だ。

そう自分に言い聞かせ、ノアは部屋を見渡した。

常と変わらない執務室。

いつもと違うのは真ん中にいる男女だけ……いや、彼の鋭い観察眼は無意識のうちにある事実を捉えた。


「……ん?」


気のせいか。

いやいや、見間違えるはずはない。

視界の端に捉えたものに引っかかりを覚え、ノアは再度そちらに目を向けた。

向けた瞬間にその目が最大限に開かれる。

その驚愕の事実に絶句せずにはいられない。


「へぇか?」


そう呟いたが信じられない。

御齢35歳と男ぶりに磨きがかかる、精悍でスマートな国王の姿からはまるで想像もつかないが、目の前で足蹴にされているでぶい男の円らな目を見るにつけ、間違いない事実であると気付かされる。

八頭身のバランスの取れた体格はまるで風船のように丸く膨らみ、顔も面白いほどパンパンになっている。

THE KUISINNBOU!

そう表現するのが一番の姿である。

これはこれで、街にいれば誰からも愛されお菓子を貰えるゆるキャラになれそうだが、国王にそんなキャラ設定はいらない。


ああ、気付きたくなかった。

いや、信じたくい。

ノアは己の感覚と葛藤を繰り広げたが、しかし、じっくりと見るにつけ、直感は確信に変わる。


その推定国王陛下は恍惚とした瞳で美女を見上げると、問題発言をした。

国王の癖に、あろうことか美女を女王様と呼んだのだ。


「じょ、女王様~?」


思わず絶叫を上げたノアに気付いたその美女は、不機嫌そうに柳眉を寄せた。


「何か、用?」


真っ赤な唇から紡がれる言葉は、痺れるほどに色っぽい。

ウェーブのかかった長い金髪を無造作に払う仕草も、アンニュイにノアの方に向き直る様子も頭の上から爪の先まで洗練され、艶やかだ。

そこに下卑たいやらしさは一切なく、息を飲むほどに高潔な色気が漂っている。


扉の前で驚愕してるノアに目を向けた美女は、長いまつげに彩られた瞳を意味ありげに細めた。

はっと自分を取り戻したノアは受けとめるべき現実に目を向け、美女をにらみつけた。


「お、お前……へ、陛下になんていうことを……」


ノアの顔から血の気が引き、怒りで手が震えた。

事もあろうに国王陛下を足蹴にするなど、これ以上の不敬があっていいものか。

飛び掛らんばかりの勢いで部屋に駆け入るとノアは美女に向かって叫んだ。


「貴様、陛下に何をしている!即刻その脚を除けろ!!」


「何って?教育してあげているのよ?」


美女はさも当たり前のように答えると、足下で控える子豚の陛下にねっと笑いかける。

その大輪の薔薇が咲き誇ったかのような美しさに、子豚陛下は顔を真っ赤にし、ない首をフル稼働にして大きく頷いた。


突き飛ばすように美女を押しのけると、ノアは床に這いつくばった陛下を起こそうと肉に包まれた背に手を添えた。

立つようにそっと促すと、陛下は顔を硬くし、ゆっくりと頷いてノアに従った。

その横では邪険に扱われ美女が不機嫌そうに顔をしかめたが、何も言わずに二人のやり取りを見つめている。


「何があったのですか?陛下!」


立ち上がった子豚の陛下の肩をがしりと掴み、ノアは一番の疑問を口にした。

動揺のためか、詰問するように語気が強くなるのを抑えることができない。

しかし、子豚の陛下はそっと視線反らし、答えようとしない。


あまりの変わりようにノアは涙を流さずにはいられなかった。

あの溌剌とした姿が今では夢のよう、肉に包まれた陛下は気まずげにノアから視線を反らす。

いくら問い詰めても、子豚の陛下はすまないとばかり呟くばかり。

これでは埒があかないと、ノアはその矛先を美女に向けた。

美女はまるで青春ドラマの一場面のような2人の熱いのやり取りを遠巻きに、面白げに見つめていたが、ノアが鋭く睨みつけると、それを軽く受け流すように色っぽく微笑んだ。


「貴様、何者だ?陛下の御身に何をした!」


きつく問い詰めるように言い放つが、その迫力の篭った軍人らしい威厳も美女の前では何の意味ももたなかった。

美女はノアの威圧など物ともせず、愛らしく小首を傾げて一歩前に進むと、見えそうで見えない長さのスカートの裾をついっと掴んでみせた。

ノアは不快げに眉を寄せる。


(なんだ?何を仕掛けるつもりだ?)


身を硬くし美女の出方を待つノアの前で、彼女は長い脚を折り、まるで貴婦人のそれのように流麗に頭を下げた。


「ワタシはダダリア。半月ほど前から国王陛下専属のメイドをしておりますの」


ゆっくりと頭を上げると、ダダリアと名乗った美女は真っ赤な唇を妖しく上げて見せた。


「貴方の陛下、とっても優秀よ?ワタシも教えがいがあるわ」


「優秀?何の話だ!陛下専属のメイドが何故、陛下を足蹴にしている!」


動揺し、未だに事態を掴みきれない。

ダダリアの言葉の意味を図りかね、ノアは声を上擦らせた。

ダダリアと陛下を交互に見つめ答えを探すが、子豚の陛下は俯いて視線をさけ、ダダリアは意味ありげに微笑むばかり。

困惑するノアをよそに、ダダリアは小さく呟いた。


「喉、渇いちゃった」


「はぁ?」


「すぐに用意します!女王様!!」


訳が分からず、顔をしかめたノアの側で、今の今まで息を殺して俯いていた子豚の陛下が水を得た魚のようにピンッと飛び跳ねると、ぼてぼてと扉の外に駆けて行った。

その体型からは想像もつかないほどの素早さに、ノアは呆気にとられて思わず見送ってしまった。


「へぃか……」


呆然とその背を見つめるノアの頭に先ほどのダダリアの言葉が響く。


(優秀って…。教えがいって……)


その背を見つめるノアにダダリアは追い討ちをかけるように囁いた。


「ねっ、とっても優秀でしょ?」


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