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嘆きの王妃 その3

思わず拍手を送りたくなるほど見事な飛びっぷりで床に叩きつけられるように落ちたノアは、信じられないとばかりに目を見張った。


「そんな嘘なんてまっぴらよ!貴方に何が分るの!!陛下は私のことなんて好きじゃないのよ!そりゃそうよね!年上だし、気が利かないし、陛下の前ではどうしていいか分からないからいつも無表情よ!!」


自分を嘲るように言い放つ王妃の目はすわっていて、もうノアの言葉が届かないところまでトリップしている。

王妃は手短に見つけたクッションを握り締めると一気に引き裂いた。

真っ二つにされ、綿がはみ出したそれはもう何の利用価値もないぼろに成り下がっていた。

だが、そのぼろさえも凶器に変える勢いで、王妃はそれをノア目掛けて投げ付けてくる。

ここまでバレてしまえば後は一緒と考えているのだろうか。

その手には一切の躊躇がない。

弾丸のような勢いで床にのめりこむクッションの成れの果てを素早く避けつつ、ノアは身を立て直した。


「いいのよ!分ってるの!!どうせ私は美人じゃないし、教養も深くないし、趣味もあまりよくないわよ!楽器もさしてうまく弾けないし。それなのに、陛下は毎度毎度演奏会を開いては、私にピアノを弾かせようとするし、嫌味か、おんどりゃ~!!」


今度は割れた花瓶の破片を鋭く投げてくる。

破片はまるで曲芸士が操るナイフのように寸分の狂いなくノア目掛けて襲ってくる。

王妃を傷つけないようにと気をもんでいたノアだが、その攻撃の鮮やかさを前に自分の身を守ることで精一杯だった。

自分を王妃として至らないと嘆き、陛下につり合わないと自分を卑下するが、その大胆な弾けっぷりと攻撃力は圧巻だ。


「失望はしません!」


ノアは王妃の攻撃を必死に避けながら、王妃目掛けて走り出した。

それを阻止するように、花瓶や椅子が飛び交い、サンルームには凄惨を極めいていた。

激しい攻防を繰り広げるノアと王妃。

一人その輪から外れたメイドは、王妃を止めることなく自分だけ安全圏へと避難して成り行きを見守っていた。


「嘘つき!どうせ陛下から私の愚痴とか聞かされてるんでしょ!若い嫁を貰えばよかったとか!私も好きで年上に生まれた訳じゃないわよ!」


陛下と王妃は3歳の年の差だ。

それほど気になることはないとノアは思ったが、女性の立場では気になるポイントのようだ。

10年前、世紀のビックウエディングと呼ばれた二人の結婚は、当時の首脳陣による政略であったと言われている。

だが、その候補の中から今の王妃を選んだのは陛下自身だ。

そして数度二人は面会し、陛下は王妃に結婚を申し込んだと聞いている。

初めから陛下には年齢など気にしていないと思うのだが、いくら訴えかけても王妃は聞く耳持たず。

何があったのか知らないが、何か二人の間には年齢に関して遺恨が残る出来事があったようだ。


「妃殿下!話を聞いてください!陛下はいつも妃殿下のことを自分にはもったいない王妃だとばかりおっしゃって……!」


ノアの鼻筋ぎりぎりを猫足の椅子が通り過ぎた。


「信じられるか!貴方もどうせ私のこと馬鹿にしてんでしょ!どうせ女としての魅力もないわよ!結婚して10年も経つのに子どもの一人もいないわよ!!最近陛下とはご無沙汰よ!!だって3ヶ月も部屋に篭って出てこないのよ!!きっと浮気してるのよ!ハネムーン中なのよ!!」


明け透けない夫婦の事情に次の句が告げられない。

本当のことは口が裂けてもけっして言えないが、何も知らない状態で王妃の言葉を聞けば、成程とノアも納得していただろう。

それほどに王妃の言葉は説得力を帯びていた。

それに若い女の子を連れ込んでいるという点は間違っていない。

流石は女性。勘の鋭さは花瓶の投げ方並みにずば抜けている。

ただ顔を合わせられないのは浮気による気まずさでなく、若い娘にSMプレイをされて喜んでいるからだ。


それにしても王妃と相対しているのが、サンルームで良かったとノアは心底ほっとしていた。

これが騎士の間と呼ばれる応接室だったら、中世の騎士の甲冑やサーベルなどが飾られている。

甲冑を投げ付け、サーベルを振り回されたら、流石のノアも命はないだろう。

想像するだけでぞっと血の気が引く。


「貴方もどうせ私のこと、王妃らしくないと思ってるんでしょ!認めてよ!変に気を使われる方が苦しいの!演じてばかりの自分に、そんな私を尊敬すると言ってくれる周りの期待に、もうどうしていいか分らないの!全てが私をがんじがらめにする」


切実な叫びだった。

涙を流し、髪を振り乱した姿で王妃は全てを吐露していた。

はあはあと肩で息をし、王妃はそのまま床に崩れた。

頭を下げ、ノアの言葉をまるで死刑宣告を待つ罪びとのように待っていた。


ノアと王妃は顔見知り程度の関係だ。

今日はいい天気ですね、そう話すぐらいの関係。

そのノアに対して、わき目も振らずに突っかかっていくほどに、王妃は限界だったのかもしれない。

高すぎる期待を壊してしまいたかったのだろうか。


「……ねえ、失望してよ……」


「失望はしません」


「やめてよ!この期に及んで、優しい言葉をかけないで。逆に傷つくわ!」


金切り声で王妃は床を叩いた。

しかし、もう先ほどの勢いを失っている。

ノアはゆっくりと側に寄ると、王妃のか細い肩を見下ろした。


(勝手に他人が抱いた王妃像にこの人はずっと苦しんでいたんだ)


それでも期待に応えようとする王妃だからこそ、こんなにも傷だらけになっているのだ。

弱々しく項垂れた姿に、様変わりした陛下の姿が重なって見えた。


(陛下も、こんな風に何かを抱え込んでいるのだろうか?)


「何度でも言います!失望はしません。むしろ完璧な妃殿下も一人の人間なのだなっと親近感を感じました。私は粗野で戦うことしか頭にない野蛮な人間です。どうすれば陛下や妃殿下のお側にいても差し支えない人間になれるか日々悩み、思う限りに取り繕っています。だから、妃殿下の今のお姿に失望することなど何一つありません!」


有無を言わさない、強い口調で言い放ったノアを王妃は脅えるように見上げた。

ノアの言葉に一縷の希望を見出すように、ノアの青い瞳をすがるように見つめる。

普段口下手で、自分の感情をうまく伝えることの出来ないノアは自分に出来る限りの精一杯を伝えた。


「先ほどの花瓶を投げる手つき、鬼気迫る迫力、普段から体を鍛える者として心から感嘆せずにはいられませんでした。そ、それに今日のようにハキハキ話される方が話しやすいと感じました」


若干的外れだとは自分でも感じたが、ノアの口は止まらなかった。

ノアのような者に隠していた部分を見られたからといって、彼女の王妃としての権威が失墜したとは思ってほしくなかったのだ。


「妃殿下は演技でも王妃として行動できる素質をお持ちなのです。陛下はおっしゃっていました。どんな素晴しい技術を持つ音楽家より、妃殿下の優しいピアノの音が好きだと。自ずとにじみ出る優しさまで演じることはできません。ですから、全てを否定しないで下さい。私は……どちらの姿も敬愛する王妃殿下であると思っています」


ぽたり……。

ずっと目頭辺りで我慢していた熱い涙が王妃の目を離れ、床を叩いた。


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