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メイド様のアブナイ魔力?その7

ダダリアは今までの相好を崩し、忌々しげに眉を寄せた。

大切にとっておいた甘いはずのケーキが果てしなくまずかった…そんな失望感がありありと伝わってくる。

とんでもなく期待はずれだったとばかりにダダリアは被りを振った。


「本当面白みのない男。カタブツだからムッツリなのかと思ったら、何も知らないお子様だったとは。十四、五のガキの方がまだ人の性癖について詳しく理解できるわよ。陛下の言ってる『囚われ云々』の意味も分ってなかったから、もしやと思って押し倒したら案の定。ワタシの色気に手を出す度胸もないし、おまけになんの欲望も見えてこない!」


ダダリアは非難交じりにノアに向かって、ビシっと指を差した。

思いもしないことを糾弾され、ノアは目が点になる。


「欲望は人生の糧よ!それなのに健全な欲ばかりなんて、貴方!大人として異常よ!!」


品行方正を尊ばれるならまだしも、非難され異常とまで言われ、さすがのノアもショックに打ちひしがれた。

しかしダダリアの言葉は止まらない。


「人として浅いわ。部下の性癖も理解できないで、しっかり受けとめられると思っているの?」


「おい、言いたいことばかり言いやがって。何を根拠に…」


「でも、図星でしょ?」


ダダリアは非難めいた眼差しをじっとりとノアに向けた。

何故こんなことで人としてなってないとばかりに非難されなければならないのか。

しかもふざけたメイド服の女にだ。


「ふざけるな……そんなことお前に言われる筋合いはな……」


ノアが怒りをぶつけようとした瞬間、またしてもダダリアはノアのネクタイを掴んだ。

さも当たり前のように自分の方に引っぱる。

突然のことにふんばることもできない。

ノアの体は傾き、芳しい香りのする金髪に顔が埋まる。

それだけでも鼓動を早くするのに十分なのに、あろう事かその長い生脚を大胆にノアに絡ませた


「怒ってばっかりじゃなくて、女を手玉に取るような甲斐性の一つも見せてみなさいよ。た・い・ちょーさん!」


嘲笑するような声に挑発されノアはかっとなったが、それ以上に甘い悪魔の囁きと甘美な香りは彼の本能を刺激した。

心臓が更に早鐘を打ち、体の芯が燃えるように熱くなる。

ノアだって男だ。

欲望がないだの、健全すぎるだの言われても、俗世を捨てた修道僧ではない。

美女を前に心乱されない訳がない。


だが……。

ノアは感情に抗うように喉を鳴らした。

さっきからこの人外魔境なメイドに振り回されてばかり。

その扇情的な言葉に乗せられて、彼女の思い通りに行動させられている気がする。


(癪だ……)


ダダリアはノアが手を出さないと知っていてからかっているのだ。

制服のネクタイを掴んだまま、ノアが激昂するのを待っている。


「どうしたの?隊長さん……」


薄紫の瞳が揺れた、その瞬間――。


ノアはぐっと腹に力を込めると一気に顔を上げた。

それと同時にダダリアのしなやかな体を担ぐように抱きかかえる。

柔らかな感触が服越しにノアの腕に伝わるが、それを堪能している場合じゃない。

予想外のノアの行動にダダリアも避け切れなかったのか、抵抗することなく目を見開いた。

言葉もなく、されるがまま。


担いだダダリアを近くのソファの上に乱暴に投げ落とすと、ノアは冷たい視線を投げ落とした。

相手がお望みなら、そのように扱って何が悪い。

力いっぱいにダダリアの手を掴んで自由を奪うと、ノアはその瑞々しい肢体に馬乗りになった。

金髪が乱れて、白い肌を通り黒いメイド服の上に流れる。

上気した頬は僅かに朱を帯び、驚愕に見開かれた瞳はより一層魅惑的だった。

ノアはその波打つ金髪を払うようにして、彼女の頬に手をやると、その耳に顔を近づけた。


「これで満足か?」


ふんっと鼻を鳴らすと、ノアはダダリアから体を離した。

そのままダダリアに背を向けて扉の方に向かう。

その背をじっと見つめる蠱惑の瞳には何の感情もない。

怒りも困惑も……。


扉は先ほどアンディー達が飛び出していって開け放たれたままになっている。

扉まで来るとノアは僅かにダダリアの方を振り返った。

ソファの上では身を起こしたダダリアがそのか細い手首をなぞっている。

きつく掴みすぎただろうか、と後悔が一瞬頭をよぎったが、否と素早く打ち消す。


(あの女に同情はいらない)


ノアは深い蒼の瞳を怒りに燃え上がらせた。


「お前の好きにはさせない。俺がお前の正体をあばいてやるよ」


憎しみの篭ったままに扉を閉め、ノアはその場を後にした。

ばんっと激しく閉められた扉は、あまりに力を込められた所為で僅かに振動している。


「ほんっと、つまらない男……。これでしてやったりと思うつもり?」


ダダリアは乱れた髪を直すようにぱさりと後ろに払うと、ソファにどさりとその身を預けた。

彼女も緊張していたのだろうか。

ふうと息を吐く。

そしてこれが自分のスタンスだとばかりに大きく片脚を振り上げて組む。

思わずため息が零れそうなほど様になる仕草はいつも通りだ。

だがその顔に浮かぶ表情はいつもと違っている。


「……どこまでも健全で、歪んだ欲もなくて、お子様並みにノーマルで……そのクセ、色気だけは一品なんて、無自覚でやんなっちゃう」


じっとりとノアが消えた扉を見つめ、被りを振った。


「まぁ、遊びはここまで。これからが本番。覚悟しなさいよ?ご主人様」


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