1980年代のとある総合病院にて = マリアの場合 =
Beyond of cosmos= 星巡りの物語=
のスピンオフです。
リゲル・ラナ星から地球に転移した
不老の彼らが現代に至るまでの
1エピソード。
地球編スピンオフ
県内でも随一の大手の病院。
深夜でも、休日でもひっきりなしに急患が運び込まれる救急指定病院。
碧原麻璃亜は、そんな病院の小児病棟で看護師として働いていました。
当時は、エイズ(HIVウィルス)が、エイズ患者の中に血友病患者が高い比率で見られるようになったところでした。
1983年に日本の厚生省がエイズ研究班を組織し、エイズ患者の調査を開始しだしました。
当初、政府は、非加熱製剤の使用禁止を検討しつつも使用継続した結果、HIVに汚染された非加熱製剤が1982年から1986年までに米国から輸入されました。
これによって日本国内の血友病患者約5000人のうち、約2000人がHIVに感染、多くがエイズを発症して死亡するに至.るという惨事が起きました。
その後、一般的には、加熱製剤の承認等によって、安全な血液製剤の供給が十分可能になった後も、日本国政府による未使用非加熱製剤の回収措置が即座に講じられなかったことでが、被害拡大された時代でもありました。
そんな時代でしたので、血液製剤への恐怖や輸血による感染も恐れられており、HIVの母子感染から、HIVに感染した子供がいじめに合う等の悲劇もありました。
碧原麻璃亜は、看護師としてその最前線で働きながら、常にその命を守る大変さを感じていました。
病院へ運ばれて来る子供の多くは、両親の愛を受け自分の病を早く治して両親の元へ帰りたいと思っている子供がほとんどでした。
そんな小児病棟に、笑顔を見たことがない男の子がいました。
彼は良平くんという5才の男の子でした。
良平くんは、カーテンで仕切られたベッドが両側に三台ずつ並べられた大部屋の一番右奥の窓側のベッドに寝ていました。
麻璃亜は、そんな彼を常に気にして、事ある度に声をかけていましたが、彼の反応は少なく、うなずくか首を振るだけでした。
麻璃亜は急患の対応もしていたので、常に忙しく彼だけに関わっている時間はあまりとれず、それが気がかりでもありました。
ある日の午後、急患の救急搬入要請もなく、少し時間がとれそうだったので、彼の病室へ行くと、めずらしく起き上がって絵を書いていました。
「良平くんなにを書いているの?」
麻璃亜がのぞき込むと、彼は隠すようにその絵を胸にあてました。
そして、小さい声で
「ママ」
と、言いました。
そういえば、他の子供は数日に一度は、お母さんがお見舞いに来ているところ遭遇しますが、良平君のお母さんが来ているのを見たことが無いなと思いました。
良平君は、この病棟に入院してから2週間以上になります。
その間に一度もお母さんらしき人が来ているのを見たことが無いのです。
他のベッドの子供たちのところには、お母さん方が毎日のように来ていることに気づいていても、良平君は自分のお母さんが来ない寂しさをじっとこらえているのでしょう。
「お母さんを書いているのね。お母さんが見たら喜ぶね」
と、麻璃亜が声をかけると、良平君はめずらしく、
「ママのおたんじょうび、あしたなの」
と、つぶやくように言いました。
「そうなのね。お誕生日プレゼントの絵かぁ。良平君が考えたアイデアなの?」
「ぼく、お絵かきすきだし、それしかできないから」
麻璃亜は、良平くんが今にも泣きそうで、心が締め付けられそうになりました。
そして、なんとしても明日、彼のお母さんに来て貰おうと思いました。
そこで、小児病棟の事務室へ行き、事務の方の許可を貰い良平君の連絡先、住所、面会記録を確認しました。
(当時は、個人情報に関して今のように厳しくなかったので、すぐに確認できました。)
良平くんは母子家庭でし、お母さんも別の病院の看護師さんとして働かれていました。
どこの病院も忙しさは変わらずで、週に一度のお休みの日にしか会いに来られないようでした。
麻璃亜は、余計なお世話かとは思いましたが、良平くんのお母さんの病院へ連絡して、良平くんがママへのお誕生日プレゼントに絵を描いていることを伝えました。
「できれば明日は必ず面会に来てあげて下さい。面会時間が過ぎていても私がお連れします」
翌日、良平君はいつものように静かにひとりでベッドに横たわり、窓の外を見上げていました。
昨日描いた絵のスケッチブックは、枕元に置いてありました。
「良平くん、きっとママ来てくれるよ」
と麻璃亜が言うと
「うん」
と、小さくうなずきました。
本当なら親に甘えて、わがままを言う年齢なのに・・・
こんな小さな体で、一生懸命寂しさを我慢している良平くんのいじらしさに麻璃亜の心は、ざわざわしました。
そして、面会時間が過ぎても、良平くんのお母さんは現れません。
麻璃亜は、自分の勤怠時間を過ぎても帰らずに、面会受付窓口で待ち続けました。
良平君は、毎日こうしてお母さんを待ち続けているのです。
すると、夜10時をまわった頃に、パタパタという速足で歩くスリッパの音がして、良平君のお母さんが現れました。
「お電話頂いた碧原さんですか?」
「はい、そうです。良平くんのお母さま、来て下さってありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ、とっくに面会時間が過ぎているのにありがとうございます。」
そう言って、良平くんのお母さんは、絵本とお菓子がいっぱい詰まった袋を両手に、良平君の病室へ足早に向かって行きました。
麻璃亜は、ホッとして面会受付の椅子に座り込んでしまいました。
そして、良平くんの喜ぶ顔が浮かんで来ました。
きっと、親子水入らずの幸せな時間を過ごしているはず。
良平君のお母さんも看護師として病人の看護に全力を尽くす方なのでしょう。
いつも時計を気にしながらも患者さんの対応に追われて、こちらの病院の面会時間が過ぎてしまうのに違いありません。
良平君もそんなお母さんの気持ちを知っているからこそ、泣き言や弱音も言わず、じっと耐えているのです。
良平君の病名は、「腎不全」という腎臓の機能が低下する病気です。
良平君の場合は、薬物治療と食事療法で様子をみている状態でしたが、数値が思わしくない場合は、透析も考えられる状況でした。
そうなると入院期間も長期間になってしまいます。
麻璃亜はじっと考えていましたが、そこに良平くんのお母さんが戻ってこられました。
「碧原さん、ありがとうございました」
「いつも聞き分けのよい良平がめずらしく大泣きをして、おうちに帰りたいと泣きつかれました」
「私も勤務先の病院に相談して、休みの日以外でも面会に来られようにしてみます」
良平君のお母さんの目も真っ赤でした。
「そうでしたか、良平くん、いつも本当に良い子でしたが、随分がまんしていたのですね。まだ5歳ですもの」
「そうなのです。他の方の病気のお世話をしながら、自分の子供のことがおざなりでは意味が無いですから…」
そう言って良平君のお母さんは帰っていかれました。
その背中は、母親の強さがありました。
麻璃亜は、その後ろ姿を見送ると、良平君の病室へ向いました。
良平君は、お母さんから貰った絵本を嬉しそうに眺めていました。
「看護師さん、お母さん来てくれた」
と、嬉しそうに良平くんが言いました。
麻璃亜は、良平君の笑顔を初めて見た気がしました。
もしかしたら、ちゃんと声を聞いたのも初めてかもしれません。
いつもは、蚊の鳴くような、今にも消えそうな声でしたから。
そして麻璃亜は、良平君に言いました。
「良平くん、早く元気になっておうちに帰らないとね?」
「うん!でも、ぼくの病気は、なおらない病気なんでしょう?」
「どうしたら、おうちに帰れるんだろう?」
麻璃亜は、良平君の頭にそっと手を当てながら言いました。
「その為には、ちゃんとご飯を食べないとね」
「病院の食事は美味しくなくても残さず食べること」
「先生の言うことはちゃんと聞いて、お薬もしっかり飲んで治療を頑張ること」
麻璃亜は、指を一本ずつ降りながら言いました。
「うん!それをがんばったら、おうちに帰れるかな?」
良平君は、キラキラした目で言いました。
「帰れるよ。いや、絶対に帰る!って強く念じて!」
そう言って良平君の頭に手を置いたまま目を閉じて念じました。
良平君も両手を組んで祈りました。
「おうちに帰れますように!!」
それから2週間後、奇跡的に数値が回復した良平君は、投薬と食事療法を続けることを条件に退院し、大好きなお母さんとおうちに帰って行きました。
「たまには、手当をしても良いわよね?これは必要なケースってことで…」
と、碧原麻璃亜はつぶやいていました。
麻璃亜の頭の中には、アランと、トーリィの困り顔が頭に浮かびました。
そのふたりの残像も振り払うように首を大きく振ったのでした。
また、別のある日、碧原麻璃亜は仕事を終え帰るべく病院の廊下を歩いていました。
すると、廊下のソファーで頭を抱えている女性の前を通り過ぎました。
小児病棟内でしたので、子供の患者のお母さんなのだろうと思い
「どうかしましたか?」
と、声をかけると、その女性は力なく言いました。
「今、先生のお話を伺って来たのですが、うちの子の手術に輸血をすべきかどうか悩んでいるのです」
「今、アメリカに単身赴任している主人から、血液製剤や輸血でHIVに感染すると噂を聞いていますし、母が宗教を信じていて、輸血は良くないって言うのです」
「それで、どうするのが子供の為になるのか迷ってしまって…」
と、女性は、頭を抱えたまま言いました。
「手術は明日ですか?」
と、麻璃亜が尋ねました。
「はい、そうなのです。ですから、今夜中に決断しないとなんです。」
「私は、看護師なのですが、少しお話をしてもよろしいですか?」
と、言って麻璃亜は、その母親の横に座って言った。
「オペを担当される先生から輸血を勧められたのなら、それだけ大きな手術だということです」
「でも、なるべく輸血は避けて欲しいと言えば、先生方も安易に輸血はされないと思います」
「先生方も輸血のメリットもデメリットも重々ご存じですから」
麻璃亜は、看護師として患者の家族に対して、毅然としつつ思いやりのある態度で話しました。
「そうなんですか!」
女性は、頭に添えていた手を膝に置いていいました。
「はい!先生方も常にベストな判断をするよう心掛けておられます」
「そうですか!!それなら悩む必要は無いですね」
女性は、パっと顔を上げられて安心されたような顔をされました。
「でも、母にはなんて言おうかしら?」
女性の不安は、完全には拭え切れていないようでした。
「うーん…」
麻璃亜も一瞬悩みました。
「これは、看護師としての言葉ではなく、個人的な私の考えなのですが…」
と、前置きしたから言いました。
「宗教は決して悪いものではないと思いますし、人間は何かあれば神様や仏さまに祈るものです」
「信仰を他人に侵害されるべきでないとは思います」
「けれど、それは本人の信仰であって、他人にまで信仰を無理強いするのは違うと、私は思っています」
「信じてもいないのに、ましてお子さんは信者でなんでもないのですから」
と、麻璃亜が自分の考えを述べました。
「そうですよね。うんそうです!」
「母の信仰ですから。母の時はそうしてあげると言えばいいですよね?」
女性は、すっかり気持ちがついたらしく、そのまま担当医の元へ行きました。
この世界は、まだ幼いから神への概念が様々なのね。
我々は常に宇宙(Cosmo)という法則の元に神の掌の上にいるも同然なのに。
命は救えても魂が救えなければ意味がない。
両方を救うのは、どの星でも困難なのは同じだけれど。
と、つくづく自分の星と、この星(地球)の違いを実感したのでした。
小児病棟と言っても、比較的年齢の高い子供も入院しています。
思春期なのに学校へも行けず、治療に専念することは精神的な負担も多いものです。
麻璃亜の担当の患者に、亜由美ちゃんという13歳の女の子がいました。
彼女の病名は、白血病で、既に薬物治療を行っている為に全身の体毛が抜けてしまっており、骨髄移植のためのドナーを捜しているところでした。
思春期の女の子が、髪や眉毛、まつ毛まで抜けてしまった自分の姿を見るのは、どんなに悲しく、絶望的なことかと思うと麻璃亜は、心が痛みました。
自分の長く美しい髪は、ひとにまとめてお団子にしていますが、亜由美ちゃんに申しわけ無い気がしてしまいます。
ある日、亜由美ちゃんが、麻璃亜に言いました。
「看護師さん、まつ毛長いね。いいなぁ」
麻璃亜は、まつ毛までは隠せなかったなと、ドキッとしました。
「亜由美ちゃんも治療が終われば生えて来るわよ?」
「うん。でも、もと生えてなくてもウィッグや、つけまつ毛もあるし眉毛は書けばいいからね」
「でも、ドナーが見つからないと骨髄移植できないんだよね?」
「 いつになったら退院できるんだろう…わたし。」
麻璃亜も、こればかりは、うかつに答えられないなぁと思っていると
「看護師さん、彼氏いる?」
と、突然、思春期女子らしい質問をぶっこんできました。
「いないよ~」
と、答えると
「えー。美人なのにもったいない」
「ありがとう、でも、今は忙しいし、いらないかなぁ」
と、麻璃亜は過去の記憶を色々と思い出しつつ笑いました。
「私は、恋愛したことないんだぁ」
「学校も行けなかったし…。私さ、病気になるずいぶん前から学校行ってないの」
麻璃亜は、少し遠慮がちに聞いてみました。
「その理由を聞いてもいいのかしら?」
すると亜由美ちゃんは素直に答えてくれました。
「うん…。なんか、友達と上手くいかないんだよねぇ」
「相手が自分をどう思っているのか気になるというか、わかっちゃう気がして…」
「そうだったのね。実は、私も子供の頃は、そんな時あったなぁ」
「もう、ずーっとずっと大昔の話だけど」
と、麻璃亜が笑うと
「看護師さん、そんな歳じゃないじゃん!」
と、亜由美ちゃんも笑った。
「それが、不思議なことに負の感情ばっかり、押し寄せて来るじゃない?明るい気持ちや幸せな気持ちじゃなくて」
「そうそう、そうなの!!」
麻璃亜の言葉に亜由美ちゃんは勢いよく反応しました。
「亜由美ちゃんもそう?私もそうだったのよねぇ」
「看護師さんは、どうやって乗り切ったの?」
亜由美ちゃんは、仲間が見つかって嬉しそうに身を乗り出すようにして尋ねました。
「雑音って勝手に聞こえて来るでしょ?」
「そういう場合、耳栓したり、耳をふさいだりするじゃない?」
「 心の声も雑音だと思って心の耳栓するようにしたの」
「初めは難しかったけれど、だんだん出来るようになったかなぁ」
と、麻璃亜は答えました。
そして、Holy Mageとしての修業の時に意識したことを言葉にしてみました。
「他人の感情を読めるのは、もしかしたら特技なのかもしれないけれど、コントロール出来なかったら自分が疲弊しちゃうじゃない?」
「だから、コントロールできるように心がけるの」
「あと、人は誰でも負の感情は持っているものだけれど、それは極力出さないようにしているはずで、それが漏れてしまうのは、その人も抑えきれないほど苦しんでいるってことじゃないかしら?」
麻璃亜は、亜由美ちゃんと話しているうちにリゲル・ラナの帝国神聖大学で、教えていた頃を懐かしく思い出していました。
「亜由美ちゃん、人間って何でできていると思う?」
看護師さんから質問に、生物の問題かしら?と、首を捻った亜由美ちゃんが答える前に麻璃亜は言った。
「人間は魂と肉体で出来ているのよ」
「死んだら肉体は滅びるけれど、魂はまた別の世界に生まれ変わるの」
「その魂のレベルに応じた場所が用意されていて、また新たな人生を生きるのよ」
「苦しみや悲しみ、感動や喜び、人間はそうした経験を通して魂を成長させているのよ」
「だから、今回の人生で嫌なことがあっても魂の修行だと思って頑張ることにしているの。私は…ね」
亜由美ちゃんは、麻璃亜の突然の話にぽかんして聞いていました。
「つまり、心の持ちようってことかな?」
麻璃亜は、亜由美ちゃんの反応を見て、これは失敗したかな?と、笑ってごまかしました。
亜由美ちゃんは、死を意識せざるを得ない自分のために、麻璃亜が希望を持てるようにと、励ましてくれたのだと受け止めていました。
「その魂のレベルに応じた場所って、天国とか地獄ってこと?」
麻璃亜は、どこまで語ればよいか迷いつつ言いました。
「天国とか地獄っていうのは、人間が考え出したものだと私は思うの」
「だって、神様はそんなに意地悪じゃないと思うわ。」
「今を生きて、一生懸命努力したことや、考えたこと、自分が培った魂を生かせるように、また新たに生きられる場所があると思いたいじゃない?」
「そっか、だから生まれた時から才能がある人と、そうでも無い人がいるのかもね?」
と、亜由美ちゃんも、ちょっと納得したかのように笑顔で言いました。
麻璃亜は、少しほっとしながら
「次の人生では、才能あふれる人になれるように今を努力しないとだから、私は、当分彼氏を作らず頑張るぞ~!」
と、言っておどけてみせた。
亜由美ちゃんも、一緒に「お~!」と手をあげたので、
「亜由美ちゃんは、元気になって恋愛しようよ~」
と、麻璃亜は言った。
ふたりは、大声で笑って、ここは病室だったと我に返り、顔を見合わせて口をふさぎながらもう一度、笑った。




