1980年代のとある公立高校にて =トゥルリーの場合=
Beyond of cosmos= 星巡りの物語=
のスピンオフです。
リゲル・ラナ星から地球に転移した
不老の彼らが現代に至るまでの
1エピソード。
地球編スピンオフ
黄谷橙吏先生は、理科の先生でした。
いつも、スーツをビシッと決めているお坊ちゃま育ちを匂わせるような姿でしたが、中身は古風な硬派で、繊細さもあるインテリ先生でした。
わたしたちの高校は、部活動も盛んで色々なタイプの生徒がいる高校でしたが、ほとんどの生徒が大学進学を目指す進学校でした。
当時は、子供の数も多く日本の景気もバブルに向かって年々上昇し、一億総中流家庭と言われるような時代でした。
しかし、経済が上向きで社会が豊かになるにつれて、父親不在の家庭や、過労死する父親が増えていました。
徐々に母親たちも働くようになり、かぎっ子という言葉も定着していました。
社会が、豊かになるのとは反比例し、中学校や高校での校内暴力や暴走族、荒れた高校生が増え、偏差値教育や受験戦争に若者たちは疲弊し、迷走していました。
当時流行っていた尾崎豊の歌詞が示すように、当時の若者たちは、大人たちと社会に締め付けられているような生きづらさを感じ、自由への渇望や、押し付けられた価値観への反発を感じていました。
この頃から、「落ちこぼれ」や「引きこもり」と言われる社会の陰に取り残された人々が現れたように思います。
ニートと言われる若者が増え始めたのもこの頃からでしょうか?
わたしも、志望した高校に無事に入学出来たものの、日に日に自分の学生生活に不満を募らせていました。
まず、なんと言っても校則です。
女子は、前髪は眉毛が隠れない程度に切るか止める、肩についたら結ぶ。
男子は、前髪はもちろん眉毛が出るようにし、もみ上げは耳の真ん中、襟足は制服の襟についてはいけない。
靴下は、白一択。
ワンポイントも不可。
靴は革の学生靴。(部活動試合等の移動の時は白のスニーカーでも可。)
制服の着崩しは一切不可。
スカートはひざ下10センチ。
等々…規律だらけでした。
まぁ、中学生までは、男子は全員坊主というよりは、マシでしょうか?
さらに、教師の生活指導というものが「ここは軍隊か?」というほど厳しく、学校内での教師は、絶対的な権威者で神のような存在でした。
しかし、その人間性はというと、およそ尊敬できるものではなく、こんな大人にはなりたくないという大人の代表のようでした。
そんな高校でも、黄谷橙吏先生だけは違いました。
生徒には制服の着方にすら厳しいくせに、自分たちはジャージ姿でうろうろし、たばこ臭い教師が多い中、いつでもスーツを着てネクタイもしている黄谷先生は、逆に異質な存在でした。
横を通り過ぎるとふんわりと良い匂いすら漂って来るので、女子の評判はすこぶる良かったです。
授業も物理・化学・生物を教えておられましたが、時折、数学・地学も教えておられました。
なんでも大学を複数卒業されているとのことでしたが、見た目は20代前半にしか見えませんでした。
わたしは、「計算が合わんし、ずるい」と思ってしまいました。
そんな、黄谷先生は、他の先生からは浮いているようで、なんなら避けられてすらいるように見えました。
そりゃ~、黄谷先生と比べたら自分たちが糞教師だって思い知らされてしまいますから。
そんなある日、黄谷先生のクラスの生徒が問題をおこしました。
数人の生徒が飲酒し、他の高校の生徒と喧嘩をして補導されたというのです。
さらにその場に居た同じクラスの女子生徒が一気飲みをして急性アルコール中毒で搬送されていたというダブルパンチ。
黄谷先生は、学年主任から呼び出され、その生徒たちの停学処分を言い渡されたのです。
先生は、なにも悪くないのになんだか先生が気の毒に思えました。
その日の朝礼の時です。
先生は、空いた机を見てからおっしゃいました。
「今日は、座る主を失った机がいくつかありますね」
ほとんどの生徒は、なんとなく何があったかを知っていました。
当時は、現代のようにスマホやSNSなど無い時代でしたので、知らない人もいました。
先生は、静かに何があったかを話されました。
「机の主のみなさんは、本日から一週間停学処分となりました」
「理由は、飲酒と喧嘩だそうです。皆さんは、未成年ですからお酒はだめです」
「そして、喧嘩は成人していたら暴行ですから、場合になっては犯罪になります」
「今回は、未成年という理由で、補導処分ですみそうですが…」
先生は、静かに続けられました。
「みなさんは、学校は好きですか? 」
あと、一年弱で、ここを卒業することになりますが、私は、君たちにとって学校が少しでも有意義な場所であって欲しいと思っています」
「それと同時に、学校は息苦しい場所でもあるとも感じています」
「時代が変われば、この学校という場所も変わる時が来るかもしれません」
「君たちが大人になり、君たちの子供が通う頃には、何か変化が、良い変化があると期待したいですね」
「未来で変えることが出来るのは、あなた達です」
すると、クラスでもリーダー格の男子生徒が言いました。
「じゃあ、先生。今のおれたちは犠牲者でも我慢しろってこと?」
実は、停学処分になった者たちは、彼の仲間でした。
が、彼はたまたま体調不良で自宅で寝ていて難を逃れたらしいのです。
黄谷先生は彼の目をまっすぐ見ながら
「君は、彼らと同じ場所に居合わせていたら、一緒に飲酒をしましたか?喧嘩をしましたか?それとも止められましたか?」
彼は、ぐっと唇を噛みしめながら、自分の机にバン!と両手をついて立ち上がると
「そういう事を言っているんじゃなくて、俺たちは、なんでも我慢しないといけないのか!ってこと!」私は、彼が仲間に対して心苦しく思う気持ちは理解できるけれど、黄谷先生に八つ当たりしているようにしか見えませんでした。
すると先生は、眼鏡をかけなおすように手で持ち上げてから、
「不満があるからと言って法律違反や暴力行為をして良いということにはなりません」
「有史以来、力が無い者が、力のある者に服従させられるのは世の常と歴史が証明しています」
「しかし、それが全て正しいとは私も思っていません」
「君たちは、未成年という社会的に保護される立場にいるので理不尽と思えることも多い反面、保護もされているのです」
「今は、その立場に甘んじて自分に力をつけて下さい」
「そして、社会に出た時に、この理不尽な社会やシステムを変える立場になって下さい!」
と、おしゃいました。
いきりたって立ち上がった彼でしたが、言い返す言葉もなく着席してふてくされていました。
授業後に、黄谷先生が彼を理科教務室に呼び出して話をしていたようでしたが、何を話したのかはわかりません。
また、別の日に、クラスの女子が他のクラスの男子に告白してフラられて、教室で泣いていたところに黄谷先生が出くわした事がありました。
わたしも忘れ物を教室に取りに行ったところでしたが、廊下の窓からこっそり教室をのぞき見していました。
「あ、すみません。先生、今、帰ります。」
教室の自分の机に伏せて泣いていた女子は、先生の気配に気づいて顔をあげると慌てて帰り支度をしました。
その姿を見た先生は、窓の方に向かいながら
「これから全部の窓を閉めて、戸締りをしないとなりませんから、そんなに慌てて用意をしなくても良いですよ」
と、おっしゃりながら窓を閉めて回られました。
テラス側の全部の窓を閉め終わると、彼女の元に戻られて、
「気持ちは落ち着かれましたか?私で良ければお話の相手になりましょうか?」
と、優しく語り掛けられました。
「えっと…。コクってふられたんです」
と、涙で腫れた目を両手で覆いながら彼女が答えました。
「そうでしたか、それはつらいですね」
「あなたのような女子を泣かすようなフリ方をする男は駄目ですね」
「断り方にも色々あるのに」
と、言って彼女の頭に優しく手をかけられました。
いつもクールな黄谷先生の新たな一面を見たような気がしましたが…
「こんなことされたら、惚れてまうやろ!!」
と、心の中で叫ばずにはいられない状況でした。
「断り方が色々あるって…先生は何度も断れたことあるんですか?」
と、女子生徒が黄谷先生に問いかけました。
私も思わず、
「それ聞きたい!!!」
と、思いました。
すると先生は、少しだけ遠い目をしながら窓の外に目をやりながら、
「そうですねぇ。そんな若い頃もありましたかね。」
と、おっしゃいました。
「そうですよねぇ」
「先生くらい頭が良くて、カッコよければ告白くらい何度もされていますよね?」
先生は、その質問にはお答えにならず、逆に質問をされました。
「人はなぜ人を好きになると思いますか?」
「本能ですか?」
黄谷先生は、生物の先生なので学問的にお答えになると思っていたのですが、予想以外に先生のお考えは、神話的でちょっと哲学的でした。
「人間は、元々は男女もなくひとつの存在だったという話があるのです」
「肉体は、別々でも魂はツイレイと呼ばれるひとつの魂だったと」
「それのひとつだった魂を死が分かち別々になって生まれ変わるのです」
「だから、人は自分の分かれたツインレイを求めて恋愛をする」
「でも、己の半身である魂は同じ時代に同じ場所に生まれて来るとは限らないのです」
「だから、人は何度も恋をし、相手を求めて恋愛を繰り返すのだというお話です」
と、廣谷先生は大まじめな顔で話されていました。
「先生は、そのお話を信じているんですか?」
女生徒は、ちょっと驚いたように尋ねました。
「そうだねぇ。信じていた方がロマンチックでしょ?」
「もし今の恋愛が駄目になったとしても、この人の魂は自分の魂の片割れじゃなかったのだと思えば、悲しみも少し楽になれるように思いませんか?」
ああ、黄谷先生は、失恋したばかりの彼女を上手く慰めているのだなと思いました。
彼女も、頬を赤くしながら
「先生ありがとうございます!! 私、自分のツイレイ捜しに次へ行きます」
と、言って机から立ち上がりました。
わたしは、このままだと立ち聞きしていたことがバレるんじゃないかと焦りましたが、忘れ物を取りに戻って来たことを思い出しました。
そして、そーっと後ろに下がってから慌てて走って来たように小走りに走りながら教室に入りました。
ちょうど彼女が教室から出るところで、
「あれ?どうしたの?」
と、聞かれたので
「わすれもの、忘れ物とりにきた」
と、言いながら自分のロッカーに向かいました。
黄谷先生は、廊下側の窓を閉めながら、
「ふたりとも気をつけて帰りなさい」
と、おっしゃいました。
私達は「はーい」と言いながら黄谷先生の横を通り過ぎようとすると
先生がわたしの耳元で
「廊下側の窓は、先に閉めなくて良かったですね」
と、おっしゃいました。
私が、立ち聞きしていたのは、先生にバレバレだったようです。
わたしは、耳が熱く成るのを感じました。
きっと真っ赤な顔をしていたに違いありません。
黄谷先生にはお見通しなのだなと思いました。
そして、ツインレイのお話を聞けて良かったなと思いました。
それから、わたしたちは受験に向けて勉強漬けの日々に突入しまた。
まさに受験戦争という言葉が身に降りかかって来る実感がありました。
そんな日々で、あきらかに精神的に疲弊していく者も増えてきていました。
何かの瞬間に爆発してもおかしくないなと思っていた時期でした。
ある日の、間もなく授業時間の数分で予鈴が鳴る頃でした。
廊下である男子生徒が担任と進路のことで口論になっているようでした。
初めは、普通に言い争っている程度でしたが、だんだんエスカレートしていったらしく、男子生徒が廊下に響き渡るような大声で
「なんであんたに俺の人生を決められなきゃなんないんだよ!!」
と、怒鳴っていました。
すると、その先生に
「おまえは、その程度の成績なのだから、現実を受け止めろ」
と、言われ、その言葉にキレた男子が先生に殴りかかりました。
この担任は体育教師だったので、生徒に殴られ、これまたスィッチが入ってしまったようです。
そのうちに殴り合いになってしまいました。
生徒たちが教室の廊下側の窓から顔を出して、やじうま状態になりました。
そろそろ誰か先生が止めに入らねば、誰もが思ったところに、階下から階段をゆっくり上って来る人がいました。
黄谷先生です!!!
先生は、殴り合いになっていたふたりの横を通り過ぎながら横目でふたりをチラリと見た!!
と、思ったら、ふたりの拳を両手で受け止めて
「そろそろ、試合終了時間ですよ。引き分けですね」
と、言いながら、手から落ちた教科書や資料を拾いました。
その瞬間に予鈴が鳴りました。
男子も体育教師も、我に返ってそれぞれの教室へ向って行きました。
やじうま達もそれぞれ自分の席に戻り着席したのでした。
その後、あの男子生徒が処分されたという話は聞かないので、まるく収まったのでしょう。
暴力を振るった体育教師にも非はありますから。
あのまま続いていたら、他の不満を持って男子生徒たちも出てき来て乱闘になり、校内暴力事件へと発展していたのかもしれません。
停学事件以来、クラスの男子生徒たちがなにかと黄谷先生のいる理科準備室へ行くようになっていました。
クラス担任であるからという理由もありますが、あの一件以来、相談に乗って貰える先生だという認識になったからでしょう。
女子生徒たちは、恋愛相談に行く人もいたようです。
今思うと、黄谷先生は、古風な昔ながらの武骨な先生でもあり、今の時代を先取りしていたようなところもあり、全てにおいて達観しておられたように思います。
学校のどの先生とつるむことも無く、いつもひとりでおられたようにも思います。
黄谷先生には、友達はいるのかしら?
彼女は?
なんて思ったりもしましたが、私達も受験が迫る中。
そんなことを気にしている間もなくなっていました。
寒さも増し、年の瀬を迎えるといよいよ本格的に受験シーズン突入でした。
わたしたち三年生は、年明けからは登校する日も減り、予備校通いとなりました。
同じ予備校へ通う、明らかに浪人する気だろう?という男子生徒に、
「チケットあるんだけど、気分転換に映画見ない?」
と、誘われて
「私まで浪人生にする気かコイツ!?」
と、困っていると、少し離れた道の向こう側に黄谷先生を見つけました。
わたしは、「先生!!」
と、叫びながら先生のところへ駆け寄りました。
「先生、あけましておめでとうございます。ぎりぎり新年の挨拶できました」
「予備校ですか?入試頑張って下さい。合格発表が出たら、報告に来て下さいね。待っていますよ」
と、おっしゃいました。
先生は「頑張れ」とは言いませんでした。
「頑張っている人に、頑張れの言葉は必要無い」
と、おっしゃっていた事を思い出し、わたしが頑張っていると先生に認められている気がして嬉しくなりました。
「では、また学校へ報告に行きます」
と、言って先生と別れると、先生はその場所に立ち止まっておられました。
誰かと待ち合わせのようでした。
わたしは、予備校に戻りつつも後ろが気になり振り返えりました。
すると、先生が先生と同じくらい背の高い男の人と、髪の長い綺麗な人と合流して歩いて行く姿がみえました。
三人ともスタイルが良く、人ごみの中でも目立っていました。
合流してすぐに歩き出した三人は、いつの間にか見えなくなっていました。
黄谷先生にもお友達がいたのだと思ったのと同時に、友達のレベルの高さに、なるほどと納得しました。
わたしは、先生に合格の良い報告をしたいと、全力で追い込み勉強しました。
おかげで、第一志望の大学へ合格できたのでした。
ところが、私が高校へ合格報告に行ったところ、黄谷先生は、急なご家庭の都合により退職されたとのことでした。
あの時が、先生との会えた最後だったかと思うと悲しくて涙がでました。
でも、先生のおかげで勉強も頑張れたし、恋愛観も変わり強くなれた気がします。
いつかまた、どこかで先生に会えたら…。
その時は、わたしも先生のような大人になっていたいと思いました。




