1970年代のとある公立小学校にて = アランの場合 =
Beyond of cosmos= 星巡りの物語=
のスピンオフです。
リゲル・ラナ星から地球に転移した
不老の彼らが現代に至るまでの
1エピソード。
地球編スピンオフ
今から50年ほどの前のとある田舎町の小学校に、わたしが通っていた頃の想い出です。
今も、とても不思議な気持ちになるのですが、確かにあの方は、そこに居たのだと思います。
わたしの住んでいた町は、小さな町工場が並ぶ下町と、商店街並ぶ住宅街と、畑や田んぼが広がる田園地帯が混在する比較的大きな町でした。
近くには、大きな川が流れており、遠くに山並みが見える自然に恵まれた地域でした。2025年の現在とは、全く違う風景です。
そんな自然あふれる田舎町で、わたしは育ちました。
わたしが小学生五生になった頃、若い男の先生が別の学校から赴任してきました。
その先生は、スラリと背が高く、手足も長く、子供のわたしから見てもイケメンだと思えるほどの先生でした。
当時は、西城秀樹や郷ひろみというアイドルが流行っていましたが、わたしにはそんなテレビの中でしか見たことが無いようなアイドルよりも、かっこよく思えたのでした。
その先生がわたしのクラスの担任となり、わたし以外のクラスの女子も、男子すら大喜びをしていたのを今でも覚えています。
先生の名前は暮尾亜嵐先生。
今でこそ、キラキラネームは、珍しくありませんが、当時はハーフすら珍しい時代でしたので、初日の自己紹介で、暮尾先生が黒板に自分の名前を書き、
「私の名前は、暮尾亜嵐といいます。暮尾先生でも亜嵐先生でも好きに呼んでください」
と、言うと生徒たちはそれだけで
「かっこいい!!」
と、大興奮でした。
暮尾先生は、困ったなという顔をしていましたが、気にしないふりで、名簿を見ながら、順番に生徒たちの名前を呼び
「君の好きなものは?得意科目は?」
と、ひとりずつ聞いていきました。
普通なら、順番に生徒たちに自己紹介させるところですが、先生は、
「みんなのことを知らないのは私だけだから、質問して行きますので、答えられたら答えて下さい」
と、言ってひとりひとりに質問していきました。
わたしの番になり
「横山美紀子さん。」
と呼ばれて、
「はい」
と、答えて立ち上がりました。
しかし、緊張のあまり声が小さくて聞き取れないほどでした。
すると、先生は、教壇から降りてきて、わたしの傍に立ち、
「横山さんの好きなものは、なんですか?食べ物でも、趣味でも、動物でもなんでも良いですよ」
と、聞いて下さいました。
わたしは、動物が好きなので
「動物です。特に犬が好きです」
と、答えました。
先生は、にっこりと笑って下さいました。
他にも幾つか質問されたのですが、すっかり舞い上がっていてほとんど覚えていません。
そんな暮尾先生がいる学校の日々は、どきどきの毎日でした。
わたしは、すっかり暮尾亜嵐先生に恋をしていたのでしょう。小学5年生にして初恋です。
おそらく、わたし以外にも暮尾先生に恋をしていた女子は、たくさんいたと思います。
先生は、スポーツも万能で足も速く、球技も鉄棒もマット運動もなんでも出来たので、女子だけでなく男子にも人気でした。
ある日の体育の時間、無理をして自分が飛べる高さ以上の跳び箱を飛ぼうとした男子がいました。
その男子の友達が
「おい、おまえ跳べるのかぁ?さっきの段ギリギリだったんだから無理すんな」
「まぁ、おれは跳べたけどな」
と、言うと、そう言われた男子が
「とべるよー!!これくらい」
と、言って跳び箱に向かって行きました。
私は、
「無理して失敗したら危ないのになぁ」
と、思って見ていました。
すると…
その様子を遠くから見ていた暮尾先生が、素早く跳び箱の横へ移動する様子が見えました。
それは、およそ人間の早さとは思えぬほどで、まるで瞬間移動のようでした。
そして、案の定、無理に飛ぼうとした男子は、跳び箱を跳び超えたかと思った瞬間、最後のスレスレ位置にお尻をぶつけてしまいました。
その反動で頭から下に墜落してしまった…と、思ったところを暮尾先生が受け止めてくれていました。
下手に頭から落ちていたら、首の頸椎を痛めているところでした。
頸椎を損傷すると重大な後遺症が残ることもあります。
「おいおい、無理はしないでくれよ。無理して怪我をすることが一番かっこ悪いぞ。」
暮尾先生は、そう言って、その生徒を立たせておっしゃいました。
「君たちは、体も能力も日々、成長しているんだ。今日はできなくても明日できることもある」
「でも、今日はここまでと思える時は無理してはだめだぞ」
「無理して怪我して、明日が無くなったら意味ないだろう?」
そう言われた生徒は、
「先生ごめん。でも、おれあいつができるのに自分ができないって言われるのが悔しくてさ」
と、半べそで答えました。
先生は、男子の頭に優しく手をおいて
「その悔しい気持ちは大切だ。君を成長さる原動力になる」
「ただ、無理して怪我をしたら、それがトラウマになって2度と出来なくなることもあるんだ」
「そうしたら、君は、君の可能性を失うことになるだろ?」
と、彼の目を見ながらおっしゃいました。
男子生徒は、半べそのまま静かにうなずいていました。
暮尾先生は、常に冷静で論理的で、決して感情的になることはありませんでした。
クラスの問題児と言われる男子が、先生を困らせようとアレコレ問題行動をしても、決して感情を見せることが無いので、この先生はアンドロイドなんじゃないかと本気で思ってしまいました。
クラスで、スカートめくりが流行り、男子にスカートをめくられた女子が、通りかかった暮尾先生に
「せんせー、高橋くんが、わたしのスカートをめくるんです!!」
と、訴えました。
暮尾先生は、仕方ないなぁというような笑顔で、高橋くんに言いました。
「高橋くん!女の子のパンツが見たい気持ちもわからなくはないが、ちょっと男同士の話をしようじゃないか。ちょっとおいで」
と、高橋くんの肩を抱いて隅の方へ行くと
「好きな子の気を引くのは、そんなんじゃ逆効果だぞ?」
と、高橋くんに耳打ちしました。
すると高橋くんは、真っ赤な顔をして
「好きなわけじゃない」
と、言い返しました。
「じゃあ、なぜ相手が嫌がることをやるのかな?」
「おもしろいから」
「そうか、おもしろいか~。でもな、おもしろいだけで、簡単に自分の過去に汚点を残しちゃいかんな」
と、暮尾先生はおっしゃり、
「もしも、高橋くんが将来テレビに出るような有名人になった時に、さっきの女子たちが登場して『高橋くんは小学生の頃に女子のスカートをめくってパンツを見るような男子でした』なんて言われたらどうする?」
と、続けられました。
「おれが、そんな有名人になるわけないじゃん!」
と、ふくれっつらで高橋くんが言いました。
「わからないぞ?君はまだ地球に生まれて10年だろ?未来なんて自分次第でいくらでも変わる」
「先生は、おれが、そんな有名人になるなんて思っているわけ?」
「それは、君次第だろ? 可能性は、あると思っているよ」
と、暮尾先生にそういわれてから、高橋くんはスカートめくりをしなくなりました。
そして、30年後、彼は有名な建築家になっていました。
でも、彼のスカートめくりの逸話を話す人はいません。
また、ある日、わたしと友達が、学校のお寺の横の林の近くを通りかかった時に、大きなカラスの巣を見つけた時のことです。
わたしたちはその巣の中の雛をみつけました。
なんとか覗こうと木によじのぼろうとしていたところ、偶然、通りかかった暮尾先生が、
「君たち何をしてる?」
と、わたしたちに声をかけられたのでした。
わたしたちは、
「カラスの雛がいるみたいなので見ようと思って…」
と、答えると、先生は、慌てた様子で
「すぐそこから離れなさい!!」
と、叫ばれました。
いつも冷静な先生の焦った声に、慌てて上りかけた木から離れたところに、2匹の大きな黒い物体が、わたしたちめがけて飛んできました。
「きやーー!!」
わたしたちは、何がなんだかわからず先生のいる方へ逃げると、先生が
「そのまま走って逃げろ!!」
と、おしゃり、カラスに向かって何か言われていました。
わたしには、呪文のような言葉を唱えたように思えましたが、外国語だったのかもしれません。
もしかしたら、カラス語だったのかも?
その翌日、同じ場所を通ったら、その巣は空になっていました。
別のところへ巣をお引越ししたのでしょうか。
雛をつれての移動はカラスには無理なので、もしかしらた、先生がなんらかの方法で移動させたのかもしれないなと思いました。
大人になった今の私には、そんなことは無理だろうと思いますが、あの頃のわたしには先生ならできたと思えたのでした。
学校が夏休みになり、先生とも会えなくなりました。
唯一会える機会は、学校で飼っている小動物たちの世話を、生徒たちが交代でする飼育当番の日だけでした。
例年でしたら、夏休みの中に学校に登校するのも、飼育小屋の中に入っての掃除も面倒でしかありませんでしたか、暮尾先生に会えるかもしれないと思うと楽しみになっていました。
飼育当番の日をカレンダーに○をつけて、お母さんに
「このマル印なに?」
と、聞かれました。
「学校の飼育当番」
「あら、めずらしい、自分で印つけるなんて」
と、言われても、その日まで✕印をつけたいくらいでした。
そして、いよいよ待ちに待った飼育当番の日、職員室に飼育小屋の鍵を取りに行きながら、暮尾先生がいないかと、キョロキョロと職員室内を見回しました。
しかし、いくら見回しても暮尾先生の姿はありませんでした。
わたしは、がっかりしながら、とぼとぼと飼育用具入れまで行って、ホウキやチリ取り、ゴミ袋を持ち出し、先に動物たちに餌をあげているクラスメイトの元へ行きました。
すると、飼育小屋から少し離れた位置にある、うさぎ小屋の方で何か声がします。
うさぎ小屋には数匹のうさぎたちが飼われています。
「最近、子ウサギが生まれたらしい」
と、言って毎日見に行っている子もいると耳にしていました。
きっと、その子たちだろうと思って通り過ぎようとすると、なにやら見覚えのある背中が見えました。
暮尾先生です!!
その横には、三、四年生くらいの女子が3人で泣いているようでした。
「これは、ノラ犬の仕業かもしれないな」
と、先生がおっしゃいました。
「かわいそう…やっと大きくなって来たのに」
と、ぐったりした子ウサギを両手に抱えた女の子が涙を流していました。
子ウサギは5匹いたはずですが、その女の子たちが持っていたのは、子ウサギ2匹だけでした。
他の子たちはノラ犬とやらに食べられてしまったのでしょうか?
うさぎ小屋の中には、大人のうさぎも横たわっているように見えました。
すると、暮尾先生が
「この子たちのお墓を作ってあげないとね」
「どこに埋めてよいか校長先生に聞かないとならないので、校長室に校長先生がいるか見てきてくれる?」
と、女の子たちに言うと、女の子たちは子ウサギを抱いたまま
「お父さんうさぎと、お母さんうさぎも死んでるの?」
と、言いました。
先生は、大人のうさぎに触れながら、
「うーん、どうかな? とりあえず、校長先生を呼んできて」
と、言いました。
わたしは、だいぶ遠くから見ていて、小屋の陰になって見えませんでしたが、大人のうさぎ達は、どう見ても死んでいるように見えました。
また、夏休み中、校長先生はめったに来ていないことも知っていました。
それでも、暮尾先生が言うことだからと思い、自分の係の仕事を済ませるために飼育小屋へ向いました。
自分の係の仕事を終えて、掃除用具を戻そうと再びうさぎ小屋を通りかかると、さきほどの女の子たちがうさぎ小屋を覗いていました。
うさぎ小屋の中には、大人のうさぎが三匹動いていました。
「えっ」私は、自分の目を疑いましたが、やはり生きたうさぎがいました。
そして、女の子たちに
「うさぎさん、どうかしたの?」
と、声をかけました。
「うん、ノラ犬に襲われたみたいで、子ウサギがみんな死んじゃったの」
と、またべそをかきながら答えてくれました。
「だから、先生とお墓を作って埋めてあげたんだ」
「そうなんだ。子ウサギかわいそうだったね」
「うん。でも、大人のうさぎは、気絶していただけだったから、先生が大丈夫って言って、お墓作って帰って来たら元気になってたの。」
と、嬉しそうに答えました。
「そっか、それは良かったね」
と、言ってわたしは、うさぎにも餌を与えて、掃除用具を戻して職員室へ行きました。
飼育小屋の鍵を元に戻して、再び職員室内をキョロキョロすると、暮尾先生が机に向かって何かを書いていました。
職員室は、冷房も無く扇風機が回っていました。
ちょっと汗ばむ暑さでしたが、暮尾先生は涼しい顔で机に向かっていました。
「暮尾先生」
「おう、横山さん、飼育当番ご苦労さま」
「はい。うさぎ小屋が犬に襲われたと女の子たちが言っていました」
「そうなんだよ。子うさぎが殺され(やら)てしまっていて可哀そうなことをした」
「うさぎは、基本は穴うさぎだから、危険な時にはすぐに逃げ込める安全な巣穴が必要なんだよなぁ」
暮尾先生は、本当に残念そうなお顔をされていました。
「親うさぎは、大丈夫だったんですか?」
「一匹だけ、首元をやられていて駄目だったけれど、他の子はなんとか大丈夫だったよ」
と、おっしゃる先生の顔は複雑でした。
その言葉を聞いたわたしも、なんとなく違和感を抱いていました。
いま思うと、あの三匹だけが無事で、あんなにピンピンしていたのが不思議でなりません。
それでも、当時は暮尾先生の顔を見られて話せただけで満足で、深く疑問に思いませんでした。
時は、風が冷たくなって来て冬の気配を感じる頃、こんな田舎町でもクリスマスムードが漂い、あちらこちらで、クリスマスソングが流れていました。
わたしは、母のお使いで商店街へ買い物に出かけました。
母に頼まれたものを買い商店街を抜けようと歩いていると、その少し前を歩く暮尾先生を見つけました。
横には、先生と同じくらいスラリと背が高く、眼鏡をかけ、おしゃれなチェックのマフラーとキャメルコートを着た男性が歩いていました。
学校では見かけたことの無い男性で、先生でも生徒の保護者でありませんでした。
ふたりは、商店街のはずれにある喫茶店に入って行きました。
わたしは、ちょっと探偵気分で見つからないように、こっそり窓から店内を伺っていました。
すると店内の中ほどの席に、髪の長い綺麗な女の人が座っており、ふたりは、その女性のテーブルの反対の席に座りました。
絵になる三人で、同年代のようでしたので暮尾先生のお友達なのかもしれないなと思いました。
そんな出来事があって間もなく、先生は突然、学校をお辞めになり何処かへ行かれてしました。
わたしたちの小学校は、五年から六年生へはクラスも担任も持ち上がりなので、六年生になっても担任をして貰えると思っていただけにクラス全員で、悲しみました。
わずか9ヶ月弱の期間、担任をして貰っただけでしたが、わたしの学生時代を通して、暮尾亜嵐先生以上の先生には巡り合えませんでした。
今でも、先生の素敵な笑顔とお声は、私の脳裏に焼き付いています。
あれから50年近く経過したとある日のことです。
町もすっかり様変わりし、私も結婚して母となりました。
子供たちも大人になって都会へ出て行きました。
そんな子供の元を訪ねて行った都会の街角で、ふと懐かしい声を耳にしたのです。
私は、ハッとして振り返ると、そこにはあの懐かしい後姿がありました。
そして、その横には、あの髪の長い女性がいました。
ふたりは、歩道を連れだって歩いて行くと、信号待ちをしていた横断歩道の反対側にいる男性が、ふたりに向かって手をあげました。
わたしは、思わず声をあげそうになりました。
だって、50年前のあの町の喫茶店で見た三人だったのですから。
しかも、全く歳をとっておらず、あの当時のままの姿なのです。
わたしは、暮尾先生に声をかけたい衝動にかられましたが、通りの店の大きなウィンドウに写る自分の姿を見て、思いとどまりました。
小学生だった私の60歳を過ぎた姿を見て、先生が私だと気づくはずもない。
しかも、20代の姿のままの先生に、こんな老いた自分を見られるのが恥ずかしいという気持ちもあったのかもしれません。
そんなはずは無いと何度も思い、三人の姿を目で追っていましたが、三人は都会の雑踏の中に消えてしまいました。




