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猪突猛進でもうしわけございません

 お嬢様、お嬢様、お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 今、今アンリエッタがお助け申し上げますッ!


 うおおおおおおおおお!


 これぞ火事場の馬鹿力! お城まで結構距離あるのに私、全力疾走です!

 周りの、な、なんだあれと叫ぶ声が聞こえます!


 洗濯ものが翻る街中を駆け抜け、市場を通過いたしますッ!

 行きかう人がびっくりして私をご覧になります!

 申し訳ございません!通ります!

 おおっと、鉄板にずらっと並んだ焼き立てのパンを運んでいる人がいる……これまた申し訳ありませんが通ります!


 運んでいた人が見事にスピンし、鉄板とパンが宙を舞い踊ります! 

 ご迷惑を重ねてお詫び申し上げます! でも止まっていられないので!


 どけ、どけ、どけぇぇぇっ!


 市場を駆け抜けた私。やがて城の大門が見えてまいりました!

 突進してくる私に門番さん、目をまんまるく見開かれておられます!


「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 門番さんの顔色が、私が接近するにしたがって早送りのコマみたいに変わって行きました。

 普通→青色→蒼白。そして飛んで逃げられました。


 あとから聞いた話ですと、この時の私、頭にパン、顔面はシチュ―みたいなのでべったり。体にどっかの家の洗濯物、その他いろいろなものをくっつけて突撃してきたそうです。


 お城の中に飛び込んだ私。ギョッとした顔でこちらを見る侍従さんたち。お嬢様は?

 何処? どこなの?!

「も、もしや」

 侍従さんの一人が、私に話しかけられました。

「グランチェスタ―家の侍女の方では?」

 ぎんっ、とそっち見た私。気の弱そうな侍従さんです。

「あ、あの」侍従さん、満面の汗。「今日は、ど、どんなご用件で……」

 ピキっ、と私の額に青筋が。

 ど ん な ご 用 件 だ ぁ?

 と、その時です。


「アンリエッタ! どうしたのその恰好!」

 

 お……。

 お嬢様……!


 私はその場にへたり込みました。お嬢様が慌てて駆け寄ってこられました。


「大変、誰か着替えを持って来てくれますか? あと水を」


 シチューか何か被ったのね、火傷していなければいいけどとお嬢様は言いながら私の顔を、な、なんとハンカチで……やめて下さい、私の様な者のためにっっ。

 

 号泣する私。お嬢様はオロオロ状態です。

 

「ちょ、ちょっとアンリエッタどうしたの? ねえ、一体何があったの?」

 

 とそこに、侍従の方がお水を持ってこられました。

 ほら、飲んでとお嬢様が渡してくださいます……うう、有り難い。

 気付いたら喉カラカラです。んな呑気な事言ってる場合じゃないのは分かってるけど。


 私が水の入ったグラスを受け取ろうと、お嬢様の手に触れた時です。

 私はギクリといたしました。なぜなら、何故なら、


 ……おやつれに……なられた……。


 ドレスの袖から見える手首。前から細いお方でしたが、さらに細くなっておいでです。

 分かります。だって御幼少のころからお世話申し上げたのですよ!


「お嬢様……」

「ほら、飲んで」

 私は水を口に持って行きました。でも、でも震えて飲めません。

 ご覧になったお嬢様が、そっと手を添えてくださいました……その時です。


「騒がしい。何事だ」

 こつこつと靴音とともに、涼やかな男性のお声がいたしました。

 周りが一斉に最敬礼します。


 お嬢様も、しとやかに頭を下げられます。


 靴音は、私の後ろで止まりました。

 同時に、私の手の震えが止まりました。

 私はまなじりを、これ以上ないくらい見開きました。


 どうしたの? と私の異変に気付いたお嬢様の声がします。

 私は、ひどく、それはもう酷くゆっくりと振り返りました。

 自分の首の音が聞こえてきたくらいです。


 そいつは、私を、大層訝し気にごらんになっていらっしゃいました。


 私はそいつの顔をまじまじと拝見いたしました。

 

 お嬢様はこんなにお顔の色が悪いのに、

 こんなにもおやつれなのに。


 貴方様は随分と血色がよろしいこと! 


 何もかもが一気に……一気に押し寄せてまいりました。

 ゆらりと私は立ち上がりました。


「アンリエッタ?」


 次の瞬間、お嬢様の口からつんざくような悲鳴か。


 私はそいつに……とびかかっておりました。








 殺してやる!


 気付くと私は殿下の上に馬乗りになり、泣きながら往復ビンタをかましておりました。

 やめろ、何すると喚く相手に煩い黙れと叫びながら!

 アンリエッタやめて、お願いやめてとお嬢様の悲鳴が聞こえます。妃殿下、近づいてはなりませんとの声も。やがてバタバタと足音が響き、私は取り押さえられました。


 とそこに、

 

「殿下!」


 眼鏡をかけた、なかなかのハンサムな方がかけ寄ってこられました。


 医師を呼べ! とその方は叫び、羽交い絞めされている私をご覧になりました。


 そして帯びておられる剣の柄に手をかけられました。


「お願い、やめて、トールドット様!」

 

 フランシス様の叫びが聞こえます。

 ちなみにこの方は殿下の側近で、お名前をスペンサー・トールドットと仰います。

 トールドット伯爵家のご出身で、切れ者と噂の高いお方です。


「それは無理です。妃殿下。不敬罪の大罪人を許しておくわけにはまいりません」


 すらり、と剣が鞘から引き抜かれます。

 斬られる。いいでしょう。元より覚悟の上です。


 不敬罪? 上等です。私の主人は後にも先にもお嬢様ただお一人です!


 すすっ、とトールドット様が私に近寄られました。振り上げられた剣がぎらぎらと光ります!

 私は目を閉じ、神に祈りました。いまから御許に参ります……と。

  

 私は待ちました。

 私の命を奪う刃を。


 しかしいつまでたっても、それは訪れませんでした。


「?」

 

 なにをもたもたしているのでしょう。やるならさっさとやればいいのに。


 私はうっすらと目をあけました。

 殿下とお嬢様、トールドット様がなんかやいのやいのと言いあっておられ、その中で中年の、おそらく貴族の女性と思しき方が何か必死で訴えかけておられるのが見えます……よくよく見るとアレ?


 奥様?!


 奥様が必死で、殿下とお嬢様に何か言っておられるのが見えます。

 奥様、髪がほつれて汗だくです。て、てゆうかちょっと待って、何で奥様がここにいるの?!

「しかし! このままでは示しがつきませぬ!」とトールドット様が叫ぶ姿も見えます。 

 やがて殿下は奥様に向かって頷かれ、トールドット様に剣をおさめるように仰いました。

「お断りします」

 私を物凄い目で睨みつけながら殿下に異を唱えるトールドット様。殿下は苦笑されました。

「お前の気持ちは分かるが、どうかここは私に免じて引いてくれぬか」

「殿下!」

「私にも責任があるのだ。だから」


 やがてトールドット様、しぶしぶと言った感じで剣をおさめられました。


 わけが分かりません。

 一体、何が、どうなっているのでしょうか。

 

 頭にハテナマークが飛び交う私。ひたすら一人、ポカーンとしておりました……。

  





 







「全く、アンタは幾つになったら分別が付くんだろうね」


 牢屋の外で、ドーラ様がリンゴをムキムキしてくれます。

 すみません。


 おう、ウサギの形にむいて下さった……。

 

 美味い。

 

 もきゅもきゅ食べておりましたら、妃殿下のおこしでございますと牢番さんが知らせてくれました。


「具合はどう? アンリエッタ」

 

 殿下と側近さんもご一緒です。


 あ、いや、私より、殿下の顔がヒデエです(誰がやったんじゃ……)。


「何か不自由していることは無いか?」

 

 ちょっと腫れたお顔でお尋ねになる殿下。

 うう、申し訳ない。全然不自由じゃないそれどころか快適ですと答えると、ドーラ様がコラ、と私を叱りました。


「罪人の言葉じゃないだろう。お前も」


 はい、すみません。

 と私が小さくなっておりますと、


「いや、彼女は罪人ではない。それは何度も言っただろう」

 ランスロット殿下はそう仰り、腫れた頬っぺたをゆるませ、私に微笑みかけ、場を外されました。側近のトールドット様と一緒に。

 去り際、トールドット様、なんとも言えないお顔で私をご覧になり、なぜかウインクして去られました。

 ?

 何なんでしょうか。

 まあ、それは横に置いといて、

 それにしても……殿下のお気遣いがすごい。

 お嬢様とゆっくり話をさせてくださるご配慮です。


 そんな方に、勘違いとは申せ、あんなことを。


「うち首にならなかっただけでも有り難いと思いなさいよ」


 ドーラ様がぴしゃり。はい。


 ちなみに私は丸三日、牢屋にぶち込まれることになりました。

 殿下は罰など与えなくてよいと仰ったのですが、侯爵様が、


「それでは国民に示しがつきませぬ、どうか厳しい罰をお与え下さい」


 そして下された判決がこれ。


 軽すぎますと侯爵様は仰ったそうです。私もそう思う。

 しかし殿下はお譲りになられませんでした。


「かような忠義の者に、苛烈な罰を与えては民心を委縮させる。これでよいのだ」


 先ほども申し上げましたが、快適です(あの)。

 食っちゃ寝するのは生まれて初めてかも知れません(こら)。


「ねえねえ、聞いて、アンリエッタ、私、昨日殿下にポトフを作ってさしあげたの」

 牢番も気を利かせて席を外すと、お嬢様は嬉しそうにお話し始めました。 

 お嬢様が頬を染めて仰るのを、私はウンウン、ウンウンと肯いて伺います。

「殿下は、とても美味しいと褒めてくださって」

 うんうんうんうん。

「ほっぺが痛くてもこれなら食べられるって」

 そ、そうですね……たはは。

 それからひとしきり、殿下との生活についてのろけられたお嬢様の、お手製のお菓子を美味しく頂戴させていただき、面会の時間が終わりました。

 いやー、

 ほんと食っちゃ寝してたら太りそうです。


 なーんて、おっと。


 ご説明が遅れましたね。

 なんか幸せそうじゃん、と思ったそこのあなた。

 白い結婚を強いられて、悲惨なんじゃないのと思ったそこのあなた。

 

 なにより、王子が浮気してるからじゃないのと思ったそこのあなた!


 確かに、白い結婚状態には違いないのです。

 フランシスお嬢様と、殿下の間にはまだ、そのような関係はございません。

 

 でもなんか話聞いてたら愛されてる……。

 そうなのです。愛されておられるのです。


 んじゃ何で白い結婚状態なのさって?


 それをこれから、お話し申し上げます……。

 

「そんなことで?!」とお思いになるかも知れませんが、どうか、お嬢様のために、お聞きくださいませ。

 









 お話は、ご結婚された夜から始まります。

 

 初夜を迎えるため、お城ではそれはそれは丁寧なお支度がなされたそうです。


 初夜のお召し物もそれはお金がかかったものだったとか。

 透き通るようなヴェールで作られたそれは、お嬢様の完璧なシルエットを余すところなく、

 いとしいお相手にお見せするものでした。


「私、言われた通り、ベッドで殿下をお待ちしたの」

 

 寝室においでになった殿下は、手と足が同じ方向に動いていたそうでございます。

 

 それを聞いたドーラ様。何故かブッと吹き出しました。


 何で?


 フランシス様のお話しでは、

 その動きはまるで古代のゴーレムのように神々しく見えたのだそうです……!


 やがて寝台にならんでお座りになり、さあご一緒にというその時。

 お嬢様の視線が、殿下のとある場所に……。


 お嬢様は最初、その現象が何なのかわからなかったそうです。やがて――。

 数分後。


 宿直の近衛の方々が飛びあがるほどの悲鳴を上げ、お嬢様は寝所から逃げたそうです。 


「それはまた、どうして」

 ドーラ様がそう聞くと、


 フランシス様は、真っ赤になられました。


 「だって、だって」

 

 真剣に聞いていた私。フランシス様の次の言葉に仰天いたしました。


「ランスロット様の下半身が、魔物に……」


 私、一瞬、お嬢様が何を言っているのか理解できませんでした。

 

 人間、あまりにも突拍子もないことを言われると、頭が混乱します。まさに今その状態でした。

 

 下半身が魔物。

 下半身が魔物。

 下半身が魔物。


 大事なことなので三回、頭の中で唱えました。

 

 ちょっと、待って。


「な、何なんですか?! それ!」 

「落ち着いてアンリエッタ、今はそうじゃないと分かってるの。でも」

「お嬢様、どうかこのアンリエッタには包み隠さずお話しください!」


 いきなりホラー味を帯びてきた。

 あの王子は物の怪に乗っ取られていたのか! 

 

 こうなったらお嬢様を連れて……。


「アンリエッタ、そうじゃないよ」

 とそこにドーラ様が頭を抱えて仰いました。


 そうじゃないとは?


「つまりお嬢様は」ドーラ様はフランシス様にしっかりと向き直りました。「殿下の体の反応に驚かれたのですね?」


 反応?


 キョトンとする私に、ドーラ様は言いました。


「あんまり考えたくないけど、アンリエッタ、アンタ男性経験は?」

「男性経験?」

 するとドーラ様、ますます頭を抱えられました。やっぱ真面目過ぎたんだよと。

 

  

 

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