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え? まさか、お相手は白い結婚のおつもりですか?

 結婚式は、国を挙げてのお祭りになりました。

 国民が大挙して首都に押し寄せてまいりました。


 長いヴェールが大聖堂の階を銀色の滝のように……。

 なんとお美しい。

 とそこに、聖堂の鐘の音が、澄み渡った青空に響き渡ります!


 国民の大歓声に、にこやかに微笑まれ、お応えになられるお嬢様。その隣にいらっしゃるのが――。

  

 真面目王子とあだ名のあるランスロット殿下でいらっしゃいます。


 黒髪をびしぃぃ、と撫でつけたそのお顔。

 ぷっとい眉毛にちょっとダンゴ鼻。きりっと引き締まった、男性らしい口。がっしりとした顎。


 お嬢様とは幼いころから婚約者同士であらせられました。

 その絆を誠に大事にされ、他に浮いた噂一つないお方です。

 

 そんな殿下の妻となられるお嬢様は、ダンスで他の殿方と踊られたこともございません。


 まあそりゃ? あの美貌ですからね。

 パーティなんかじゃ、しょっちゅうお声がかかりましたよ。

 でもお嬢様はしとやかに、しかし断固としてお誘いをお断りになられました。


 一回くらい、踊って頂いてもなんて言われても、ノー、です。


 微笑みながら断られるそのお姿にいつも、誇らしく思っていたものです。


「私のダンスのお相手はランスロット様だけでございます。どうかお許しくださいませ」

 

 ちなみに、お嬢様には他に婚姻のお話が山のようにございました。

 婚約が決まっているのに、でございますよ。

 特に大国、ドラクール皇国からの求婚の申し込みは、お断りするのに難儀するほどでした。

 

 その熱心さは、ご領地の屋敷に押しかけてくるほど。


 条件も破格のものでした。

 持参金はいらない、侯爵家に領地の一部を譲渡する、等々。

 

 旦那様が、「王家との婚約は古来よりの習わしでございまして」と仰って何とか断りましたが――。


「アンリエッタ、ほら、なにボーッとしてんの! パレード始まるよ!」


 同僚のブルギッタから言われ、私ははっと我に返りました。

 

 お嬢様が長いヴェールを侍従の方にかかえてもらって、パレード用の馬車に乗り込まれます。

 先に乗り込まれていた殿下が、それはそれは愛おしそうな目で……お嬢様をご覧になられます。

 

 へ? そんなの分かるのかって?

 分かりますとも。


 年齢=彼氏いない歴ですが分かります!

  

 まあ逆に言えばそれくらい、殿下のまなざしはお優しいものでした。

 周囲の民衆がしばし歓声を忘れてしまうほどに。


 お嬢様が頬を染めて、まなざしに答えるように控えめに微笑まれます。

 

 くうーっ。

 誰かこの瞬間、絵にしてくんないかなぁ。

 

 なんてこと考えておりましたら、御者の鞭が上がりました。


 ご出立でございます! と高らかに近衛の方が宣言されます!


 津波のような民衆の歓声が巻き起こります。

 

 大勢の、晴れ舞台にふさわしい儀礼用の鎧に身を包んだ騎士に守られ、お二人の馬車は出発いたしました……!

 

「お嬢様ーっ!」


 大歓声の中、声を張り上げる私ども。なんとお嬢様がそれに気づき、笑顔でこちらに向かって手を振ってくださいました!


「見た見た?」

 同僚のブリギツタが興奮気味に私に言いました。見ましたとも。

 天使の微笑みでございますよ……!


 今朝、婚礼衣装をお召しになる時には見られなかったお顔です。きっと殿下のお優しさに触れて、ご安心なさったのでしょう。


 じーん。


 っと、こうしてはおられません。


 私は走り出しました。


「ちょっと、どこ行くの?」

 ブリギッタが追いかけてきます。

 

「近道よ!」と私は言い、細い路地を全力疾走!


 パレードの道筋はしっかり暗記している私。さいっこうに良い場所で声援送るのです!

 そのためにもう何日も前からシミュレーションしておりましたよ!


「あんたそれ本気?」

 後ろからぜーぜー言いつつ追いかけて来るブリギッタ。

 当然です。だってこの日のために……!


 私は懐から旗を取り出しました!

 L О V E お嬢様! と描かれた渾身の作品でございますよ!


「……それ使ったらあたし、他人の振りするからね」


 思い切りしかめ面で言うブリギッタ。何で?

 

 何でってお前はアホかとブリギッタから怒られ、結局旗は使わせてもらえませんでした……ぐすん。


 



 

 夜、私はお屋敷から、小高い丘の上に建っているお城を見上げました。

 まだ、明かりがついております。

 結婚披露宴のダンスパーティが開かれているそうです。

 お嬢様、お疲れでなきゃいいのですが……。お腹もおすきでしょう。

 お色直しの間に軽食を取られる予定になっておりますが、緊張で食べられないのではと心配です。


 まあ今日一日のことだしとブルギッタは言いますが、それでもね。


 ただ、と私は思いました。


 あの、お優しいまなざしを見せられた殿下。

 あの方がお嬢様の傍にいてくださるなら大丈夫。

 そう思う私でございました。


 この後、とんでもないことが起きるとは夢にも思わずに……。







 


 

  

 





 ご成婚の日から数日後、王国にも私の生活にも、平穏が戻って来たある日。

 私は台所で他の侍女たちと豆をむいておりました。

 仕事をしながらおしゃべりに花を咲かせます。

 今日、奥様が王宮に出向いていらっしゃってますので、勢い、話題はお嬢様のことになりました。


「まあそりゃ、アンタみたいなのに育てられたんだから真面目になるわね」

 ちなみに私にそう言ったのは女中頭のドーラ様でございます。

「あんたみたいなのとはどういう意味でございますか?」

 私、ちょっとムッとなりました。何その言い方。

「別に悪い意味じゃないわよ」

 ドーラ様はむんず、と豆を掴み、枝からプチプチと外していきました。

「あんたもほんと、正義真面目一直線だからね。そりゃああおなりだよって話」

 なぁる。

 これは褒められたと思ってよいのでしょうか。だよね。ムフフ。

 しかしそんな私に、隣で豆むきをしていたブルギッタが何故か渋い顔をして言いました。

「でもあんまりまじめすぎるのもねえ」

「すぎるくらいでちょうどいいのよ」

 私はぐわし、と豆のついた枝をつかみ、プチプチプチプチ外しました。

「だって王太子妃殿下におなりになるんだもの。少しでも間違いがあってはならないじゃない」

「まあそれはわかるけどさ……」

「まあでも、よくぐれずに真っ直ぐにお育ちになられたよ」

 そう笑いながら言ったのはマーサ。侯爵家の台所を預かってる名コックです。

「ぐれずにって」

「だってあんたすんごいスパルタだったじゃん」


 スパルタ……そうかな。


「うんうん、スパルタだった」

 と肯いて同意するブルギッタ。ドーラ様も頷きます。


 言われてみたらそうかも。

 でもフランシス様は私に歯を食いしばってついて来てくれた。


「努力家で、辛抱強くて、ストイックで、おまけに何方にも気配りをお忘れにならない」

 ドーラ様は指を折りながら仰いました。

 そうでしょうそうでしょう。むふふ。


 なんか私まで褒められた気分だったのです。が。


「何か心配だよね」

 と、ブルギッタが言いました。


 へ?何が?


「だからさ、そんな人って、なんかの拍子でドーンと爆発したりしないかしら」

 するとマーサも頷きました。


「そうそう。ある日いきなり、テーブルひっくり返して暴れるかも」


 はぁ?!


 しまいには、お三方は口をそろえてこう仰いました。


「お目付け役のあんたも傍からいなくなったことだし、今頃王宮で羽根伸ばしてるんじゃないの?!」


 え……。


 そんな……。


「冗談だって」

 ドーラ様のでっかい手が私の背中をバッシバシ叩きました。痛いですもう。







 ところで、今日は奥様が王宮に行かれましたことは申し上げましたね。

 目的は、新婚の両殿下のご機嫌伺いのためでございます。

 まあそれは表向きで、フランシス様の様子を見に行くのでございますよ。

 

 ただ、ドーラ様いわく、


「奥様も過保護なところがあるからねぇ……一人娘だからしょうがないけど」

 

 何かと理由をつけては王宮に行かれる奥様。

 お気持ちは分かりますよ。私だって許されるものなら毎日でも行きたいですもん。


 そんなことを考えながら仕事をこなしておりましたら、日が暮れてまいりました。


「暖炉に火が入っていないよ! アンリエッタ!」


 ドーラ様の声が奥様の部屋から……うわ、忘れてた。

 もうじきお帰りになる時間です。


 薪をかかえ、私は奥様の部屋に駆け付けると暖炉に火を入れ、その中に特殊な石を入れました。これで、お休みになる時の寝具をあたためるのです。

 というのも、奥様は最近なんだがお顔の色がすぐれないご様子。

 具合でもお悪いのかとお聞きしても、首を振られます。

 もしや、最近の夜の寒さが堪えているのかも知れません。少しでも暖かくしてお休みになれればと……。風邪などお召しになっていなければいいのですが。


 お夕食はお城にて既にお召し上がりになっておられますので、軽い、小腹が落ち着く焼き菓子をご用意します。お飲み物はそうですね……もうこんな時間ですから、濃いものはお休みの妨げになります。

 薄く入れたお茶にレモン、はちみつでもお添えしましょうか。


 




「お帰りになられましたー!」

 家令のよく通る声が玄関から。私どもはそそくさとお出迎えに参りました。

 馬車から、奥様が護衛の騎士に助けられながら降りていらっしゃいます。

 あれ? 今日はいつにもましてお顔の色が……。


「ありがとう」

 それでも騎士の方に礼をおっしゃり、上品に歩いてこられます。こういうところはもう、さすが、侯爵家の奥さまでいらっしゃいます。

 ところが……。

 お帰りなさいませと出迎える私どもが奥様のコートと手袋、マフなどを受け取り、お茶の用意がしてあるお部屋へとご案内すると、奥様はおっしゃったのです。


「ご苦労様。もういいわ。今日はさがって」


 私どもは一瞬、耳を疑いました。それを見た奥様は、なぜか苦し気に仰いました。

「ごめんなさいね、一人になりたいの」と。

 私はドーラ様と顏を見合わせました。他のメイドたちもです。


 奥様がこんなことを仰るなんて。

 いつも朗らかな方が。


「奥様」

 ドーラ様が声をかけるも、奥様は拝むように仰いました。


「本当にごめんなさい。今夜は一人でいたいの」と。









 とりあえずご寝所だけでも整え、私どもは部屋を後にしました。

 扉を閉める間、椅子にもたれ、頭をかかえておられる奥様のご様子が見えました。


「相当具合悪いみたいだねぇ。医者に見せた方がいいんじゃないか」

 と言ったのはドーラ様です。

 私もそう思っていました。お体の具合が良くないのだと。

 

 家令のハンスさんが、かかりつけの医師であるジラール先生のところに早馬を出しました。

 一人にしてくれとのご命令には反しますが、万が一のことがあったら取り返しがつきません。

 奥様はまだお若く、そのような御年ではありませんが、稀におつむりの中に血が溜まり、倒れる方もいるとお聞きします。

 とにかく、お体第一です。


 やがてやって来たかかりつけのお医者様、ジラール先生。

 一人にしておいてと言ったでしょと、奥様には珍しく少し怒っておいででしたが、専門家から見てもかなり顔色が良くなかったようです。

 お部屋の扉の前で待っていた私たち。やがて出てこられた先生はこう言われました。

「もっと詳しく調べないとはっきりしたことは申せませんが、とりあえず今すぐどうこうなってしまうような原因は見当たりませんでした」

 つまり、健康ですよってことか。

 使用人たちは私も含めホッと胸をなでおろしました……が!

「奥様は少し鬱状態のようです」

 先生が顔をしかめてそう言われました。

 鬱って……。

「何かひどくお悩みになっておられるようです。詳しいことはお話しくださいませんでしたが」

 先生はぐるっと私どもの顔をご覧になりました。

「何か心当たりは?」

 そんなこと言われても。

 お嬢様も無事にお輿入れなさったし、ま、まあ、孫が生まれる時は御心配でしょうけど、まだ先の話でしょうし。

 そんな奥様に心配事? 悩み事?

 分かりません。何でしょうか?

 旦那様が今タウンハウスにいない事?

 

 もしかしたらそれかも。

 ご領地の視察に行っておられるんです。


 それを申しましたら、


「じゃ一度侯爵様に戻って頂いた方がいいでしょうな。どうもその悩み事でご不安なご様子ですから」


 あとでお気持ちが落ち着く薬草を煎じてお届けしますと先生は仰り、屋敷を後にされたのでございます。 









 うううむ。

 何か心配ごと?


 なんでしょうか。

 なんかあったっけ?


「旦那様がご領地に女かこってるとか」

 と言ったのはブルギッタです。ドーラ様から拳固を食らいました。

「あの旦那様に限ってそんなことあるわけがないだろう!? 馬鹿言ってんじゃないよ!」

 するとマーサが言いました。

「もしや資金繰りか厳しくなってるとか?」

 これは可能性あるかも知れません。資金繰りが厳しくなって、没落あるいは爵位を手放す貴族は珍しくないのです。

 すると家令のハンスが首を振りました。

「それはございません。それどころか商人に借財がないのは我が侯爵家くらいです」

 でも奥様が使い込みしてる可能性もあるよねとブルギッタ。

「黙って宝石買っちゃったとかドレス買っちゃったとかで首がまわらな……いたたたたっ」

 ドーラ様に思い切り口をひねりあげられたブルギッタ。ドーラ様はカンカンになって仰いました。

「お化粧すら滅多にしない奥様に向かってなんてこと言うんだいこの子は!」

「ひょ、ひょうらん(冗談)ですってぶあっ」


 冗談でも言っちゃいけないわよっ。

 貴婦人の鏡と言われてる方なのにっ!

 歩く品行方正と言われている方なのよっ!


「ちょっと待って、今日、奥様お城に行かれたんだよね?」

 ブリギッタが涙目でつねられた場所をさすりながら言いました。

「そうよ、それがどうかしたの?」

「品行方正で思い出したのよ。奥様の目的は何? お嬢様のご様子を見に行く事だったんでしょ?」

「そうよ、だからそれが……」


 私はそこで、あ、と叫びました。

 ブルギッタの話が続きます。

 彼女は今度は真剣な顔でした。


「まさかと思うけど、フランシス様に何かあったんじゃないの?」と。


 私どもはしばらく沈黙し、やがてお互いにゆっくりと顔を見合わせました。

 













 

 私どもは奥様のお部屋の前で、ずっとお待ちしておりました。

 一晩中ずっとです。

 誰も眠れませんでした。

 大げさなと言われそうですが、

 ちっとも大げさな話ではありません。


 お嬢様に限って、王太子妃殿下の地位にふさわしくないことなんかなさらない。

 そう思い込んでいた私たち。

 

 で、私どもは肝心なことを忘れてました。

 呼び出しのベルの音は女中部屋にしか聞こえないことです。


 やがて奥様が出てこられました。多分何度か呼び鈴を鳴らされたのでしょう。

 そして、勢ぞろいしてる私どもを見て、たまげられました。


「あ、あ、あなたたち、そんなとこで何を」

「奥様」

 ドーラ様がまず先陣を切ってくれました。


「どうか、何を悩んでおられるのか、私どもにお話しくださいませんか?」と。

 

 お一人で悩んでいても解決はしない。

 こんな卑しい身分の我々でも、お力になれることはございますと。


「ドーラ」

 奥様の目に涙が浮かびます。

 それは母親のお顔でした。今までお嬢様が熱を出したり、ケガをされたり、何か問題にぶち当たったりした時のお顔でした。

 

「もしや、妃殿下……、いえ、今はこう申しあげさせていただきます。フランシスお嬢様に何かあったのでは?」

 ドーラ様のお声は鋭いものでした。

 いささか無礼かも知れませんが、そうも言ってられません。

 黙り込む奥様……ああ!

 や、やはりお嬢様に何か……何かあったのですね!


「乳母のようにお世話申し上げたアンリエッタがそれは心配しております。お願いでございます。どうか、お心のうちをお話しくださいませんか?」


 まさか本当に、机ひっくり返して暴れられてる?

 爆発しちゃってる?

 だとしたら私のせいだ!


 私が、私があんなご教育をしてしまったからだ!

 

 とその時です。


「お城からお使いが見えられました」

 と、執事さんの声が。

 奥様のお顔がみるみる強張ります。

 それを見たドーラ様が言いました。


「私が行ってくる。みんな奥様のことを頼んだよ」


 数分後、皆の視線が集まる中、ドーラ様は奥様に、綺麗にラッビングされた箱を見せました。

 

「昨日、お城に来ていただいた御礼だそうです」

 

 中身は王室御用達のパティシエが焼いたお菓子の詰め合わせ。

 それとは別に、大輪の貴重なバラの花を頂戴したそうです。


 バラの花ことばはわが国では、変わらぬ愛、となります。


 奥様が、その場にへたり込みます。私どもは思わず駆け寄りました。


「大丈夫ですか?」

 私の問いかけに、奥様は健気に微笑まれました。


「ありがとう、アンリエッタ」


 それから、私どもは奥様と一緒に朝食を頂くことになりました。

 そんな、恐れ多いと申しあげましたが、奥様がガンとしてお聞き入れになりませんでした。


「どうか、話を聞いてほしいの」と。


 マーサの提案で、台所で、奥様と食事をとることになりました。




 



「少し安心したわ」


 お城から頂戴したバラの花。

 台所の分もございます。

 庭師のヒュッテが、綺麗な花瓶に生けて行ってくれました。


「変わらぬ愛……まだ、殿下は娘を愛していらっしゃるのね」


「奥様」


 私は息をのみました。それはどういう意味ですか?!


「実はね」

 奥様が持つ、スープをすくうスプーン。それは止まったままです。

 そう言えば、おやつれに……。


 私どもも、手を止めて聞き入ります。

 とてもご飯なんか食べられません。あ、いや、ブルギッタはちらちらとスープを見ています。

 

 もう。


「あ、いいのよ、食べながら聞いて頂戴」


 奥様の言葉に、ブルギッタ、じゃ遠慮なくと言ってドーラ様が足をけられておりました。


 奥様はやっと、そこで、重い口を開かれました。


「あのね、あの子、まだ……娘のままなの」と。


 へ?

 娘のまま?

 それはどういう……。


 私の隣で、ドーラ様ががた、と立ち上がられました。


「奥様、それは……」


 ドーラ様だけでなく、私以外の召使たちも腰を浮かしました。


 鳩みたいにきょときょとする私。

 しかしそうしているのは私だけです。


 娘のままってどゆことよ?と、言いかけた私に、ドーラ様の大音量が響き渡ります。


「すぐに旦那様をご領地からお呼びすべきです!」

 ドーラ様の言葉にみな、頷き、そうだそうだと大合唱。


「そんな、白い結婚だなんて、お嬢様が御気の毒すぎる!」


 そう言って憤慨したのはマーサです。

 白い結婚?

 私の頭にハテナマークが飛び交います。てゆうかなんで皆そんなに怒ってるの?

 娘のまま? 白い結婚? どゆこと?


「あ、いやその、ちょっと待って。これには深いわけが……みな落ち着いて」

 わたわたする奥様に、ドーラ様がきっぱりと仰いました。


「どのようなわけがあろうとも、これは侯爵家に対する侮辱でございます!」


「そうよ」ブルギッタがいきりたった。「なんなのあの王子! さては愛人でもいたか?!」


 あ、

 

「愛人?」


 口か酸素不足の金魚状態。そう聞くのが私はやっとだった。

 愛人?

 愛人だって?


「そうに決まってるじゃん! だってまだ新婚ほやほやなんだよ?! なのにそんなのおかしいでしょ! どう考えたって、他に女がいるとしか思えないよ!」


 そこで奥様が、いやあの、ブルギッタ、落ち着いて、そうゆうことではないと言ったらしいんですがその時。

 私はもう、なにも聞いていませんでした。








 冷たい手をしておられたお嬢様。

 不安な目をしておられたお嬢様。


 今、今、どんなお気持ちでいらっしゃるのか。

 それを思うともう、居ても立っても居られませんでした。

 

 私は台所から飛び出しました。

 どこ行くんだいとドーラ様の声。奥様が、アンリエッタ待ちなさいと叫ぶ声が聞こえますが、私の耳を、右から左に通過していきます!


 後ろから屋敷の人達が追いかけてきました。が、誰も追いつけません。

 こう見えても私。


 屋敷一番の俊足ですので!




 

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