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私の大切なお嬢様がついに!

 ああ……今日、ついに。

 ついにお嬢様がご結婚される。


 私は、大きく深呼吸しました。


 さあ、気合を入れていきましょう。

 

 まずはお嬢様に軽いお食事を摂って頂き、お腹が落ち着いたらお湯あみ。

 そしてウェディングドレスの着付け。

 着付けが終わったらヘアデザイナーと一緒に御髪を結い上げます。あ、その前に御髪を乾かさなくては。


 やることが山積みです。忙しいです。

 でも、嬉しい忙しさです。


 何より今日という日を迎えることが出来た。

 それが本当に、嬉しゅうございます。








 衣裳部屋の人型に、ウェディングドレスがかけられております。

 私は眼鏡をくいっ、とあげてドレスの隅々まで目を走らせました。

 うむ。

 特注のドレスは真珠が鏤められていて、銀糸の細やかな刺繍はこの道ン十年の職人の手によるもので、それはそれは見事。さぞやお嬢様の、満天の星の輝きとたたえられたプラチナブロンドを引き立てることだろう。

 ティアラはブルーの宝石があしらわれていて、昨日、お輿入れ先から届いたものだ。

 お嬢様の瞳は海のように深く、澄んだブルー。ティアラの色とよく似あう。

 

 私は窓の外を見ました。

 雲一つない晴天です。

 まさにお嬢様のご結婚にふさわしい……まるで神様がご用意してくださったみたいではありませんこと?


 あ、申し遅れました。私、グランチェスター侯爵家のメイドで、アンリエッタと申します。

 当家の御息女、フランシス様のお世話を旦那様から言い付かっております。

 

 とはいえ、そのお世話も今日で終わり……。

 明日にはもう、フランシス様はこの館にはいらっしゃらないのだから。


 誇らしいようで、寂しいようで。

 あ、いや、寂しいなんて言ってはいけませんね。

 フランシスお嬢様の晴れ舞台。そしてこれからもっと幸せになって頂くのですから。









 

 さあ、お支度です。

 湯殿から出てこられたお嬢様を、極上の柔らかいタオルで包みます。

 優しく優しくなでるようにお肌の水気をふき取り、洗ってくしけずった御髪をいったんまとめ上げ、もう一度真新しいタオルに包み、ドレッサーの前にお連れします。

「どうぞ、おかけくださいまし」

 私がそう申しあげると、お嬢様は頷いてお座りになりました。

 ドレッサーの横には、まだ封を開けていない箱が山積みになっています。

 みな、婚礼衣裳のドレスの下に着るものです。

 ほかのメイドたちと手分けして、一斉に箱を開けてまいります。

 その間に、パウダーでお肌をサラサラにするのですが――。

 私はとあることに気付きました。

 お嬢様のお顔です。

 なんだか、強張って見えたのです。どうなさいました?

「な、なんでもないのよ」

 お嬢様はそう仰って、健気な微笑みを唇に浮かべられました。

 ああ、わかりますよ。

 緊張してこられたのですね……当然です。

 少し無礼かとは思いましたが、私はお嬢様の両手をそっと握りました。

 冷たい。

 やはり、かなり緊張されているようです。

「大丈夫ですよ、お嬢様」

「アンリエッタ」

「お嫁に行くときはどなたでもそうなるものです」

「……そうね」

「お嬢様」

 私はぎゅ、と握った手に力を込めました。

「何かございましたらいつでも私をお呼びください! お嬢様の許に駆けつけますから!」

「ありがとう」

 フランシスお嬢様の瞳に、涙が浮かびました。ああ、そんなに心細くあらせられたのですね。

 

 ご無理もないかも知れません。だってお嬢様の嫁がれる方は、この国……ローゼンタール王国の王太子殿下なのですから。


 つまり、ゆくゆくは王妃となられるわけです。


 一国を担う殿方を支える……私のような卑しい身分の者には、それがどれほどの重責なのか、ご推察申し上げることしか出来ませんが、お嬢様の不安なお気持ちは痛いほど伝わってまいります。

 そりゃ、時々お宿下がりは出来ましょうが、それでも、ね。

 しんみりしている私に、他のメイドがとんとん、と肩を叩きました。おっと、いつまでもこうしてはいられません。お支度を進めなければ。

 ご不安そうな顔に後ろ髪を引かれる思いでしたが、正午には王宮より迎えの馬車がやってまいります。




 


 

 表より、お着きになりましたとの家令の声がします。

 あああ、ついに……。

 ちょうど、お支度が済んだのと同じでした。

 私と他のメイドに手を貸してもらいつつ、フランシス様はゆっくりと、玄関ホールに向かって歩いて行かれます。

 もうその足取りに迷いはございません。力強く、一歩、一歩、まるでこれからの、新しい人生に向かって山を登って行く人のように。

 ああ、だめだ、目が霞む。私はそっとハンカチで目頭を押さえました。

 玄関ホールではご使者の方が陛下よりの文書を携え、厳かに直立不動でお待ちでございます。

 その横で、旦那様、奥様が正装されてお待ちです。

 ご両人とも、目が潤んでおられました。

「お父様。お母様」

 フランシス様は、お二人の前に進み出るとそれは美しいカーテシーをされました。そして仰いました。

「行って参ります。ありがとうございました」

「フランシス」奥様がお嬢様の手を取ります。「あ、いえ、もう、こうお呼びせねばなりませんね、フランシス王太子妃殿下、と」

 

 奥様はそう仰って、臣下の礼を取りました。旦那様も。


 ダメだ。


 涙が抑えきれない……!


 周りが、ちょっと、アンリエッタ大丈夫?と言ってくる。

 

 大丈夫なわけない!


 お小さいころから、手塩にかけてお世話申し上げたのです。

 このお屋敷にメイドとして召し抱えられたときから、ずっと、ずっと。


 我儘を仰って私を困らせたことや、勉学で努力なさって褒められたと嬉しそうにお話しになったこと、あああ、他にもたくさん、たくさんの思い出が今、私の胸に押し寄せてまいります!


 これが泣かずにいられますかっての!

 そんなお嬢様が、ご立派なレディに成長され、今人生の晴れ舞台に臨まれる。

 本当に、泣かずにいられません。


 しかしいつまでも感慨に浸っていられません。お見送りせねば。


 お屋敷の玄関から馬車まで、ローゼンタール王家のシンボルカラーであるブルーのカーペットが敷かれております。

 ご使者の方が陛下からのお祝いの言葉を述べられている間、私どもは急いで両側に控えました。

 

 やがてお嬢様は近衛に守られつつ、馬車に乗り込まれました。屋敷の使用人たちが一斉に頭を下げます。


 どうか、どうか、お幸せになられますように。


 神様、お嬢様を、お守りください。


 


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