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第八話 花の学校、はじまる

朝の光が、塔の窓をやわらかく照らしていた。

庭の花々が、昨日より少し背を伸ばしている。


ミツヨーナは湯気の立つお茶を手に、微笑んだ。


「ルナ、起きなさい。

花はもう授業を始めてるわよ」


ベッドの上で、ルナが目をこすりながら顔を出す。


「もう朝ですか……?」


「そうよ。

お日さまは待ってくれないの。

寝坊しても咲ける花はないのよ」


ルナは慌てて支度をし、外套を羽織る。

二人は塔の裏庭――“風の庭”へ向かった。


昨日植えた花壇には、夜露がきらきらと光っていた。

ルナはスコップを持ち、小さな芽を覗きこむ。


「ミツヨーナさま、これ……昨日の芽ですよね?」


「そうね。

ちゃんと生きてる証拠よ。

眠ってるようでも、心の中では頑張ってるの」


「……私も、そうなりたいな」


ミツヨーナは微笑みながら、ルナの肩を軽く叩いた。


「もうなってるわよ。

人を笑わせたいって思えたら、もう根が張ってるの」


その日の午後。


庭の門の前に、三人の子どもが立っていた。

ボロの服を着て、泥のついた靴のまま。

手には、花の種の袋。


「ここ、“花の学校”ですか?」


ルナが目を丸くした。

ミツヨーナは思わず笑ってしまう。


「誰がそんなこと言ったのよ」


「市場で聞きました!

“優しい乙女さまが、花の咲かせ方を教えてくれる”って!」


「……あらまぁ、噂ってのは咲くのが早いのね」


ミツヨーナは両手を広げた。


「いいわ、入っておいで。

アタシは“乙女”じゃなくて、“ちょっと派手な女”だけどね」


子どもたちは顔を見合わせ、笑った。


しばらくすると、十人ほどの子どもたちが集まった。

年も服もばらばら。

でもみんな、同じように目を輝かせている。


ミツヨーナは腰に手を当て、声を張った。


「さぁ、授業を始めます!

題して――“花の学校”!」


子どもたちから小さな歓声が上がる。


「ここでは、ただ花を育てるだけじゃないの。

心も育てるの。

花が咲くには“優しさ”が要る。

優しさを忘れた手で触ると、花は拗ねちゃうのよ」


「えー、ほんとー?」


「ほんとよ。

アタシなんて、昔ちょっと意地悪したら、花壇まるごと枯れたわ」


「うそだぁ!」


笑いが広がる。

ルナもその中で、少し誇らしげにミツヨーナを見ていた。


授業が終わるころ。

庭には色とりどりの花の芽が並び、

子どもたちの笑い声が風に混じった。


だがその端で、一人の少年が黙っていた。

年は十五ほど。

鋭い目をして、他の子と少し距離を置いている。


ミツヨーナは気づき、近づいた。


「どうしたの、あんた。花にケンカでも売る気?」


少年は無言で、握った拳を見せた。

中には、折れた芽。


「……俺、またやった。

気をつけてたのに、折っちまった」


「ふぅん。で、落ち込んでるの?」


「笑えばいいだろ。

俺みたいな奴、花育てなんて無理なんだ」


ミツヨーナはしゃがみこみ、少年の目線に合わせた。


「名前は?」


「カイル」


「カイル。

花はね、折れても咲くの。

茎が曲がっても、水をあげればまた立ち上がる。

人間も同じよ」


カイルは顔を上げる。


「……そんな簡単に?」


「簡単じゃないわよ。

でも、やってみる価値はあるの」


ミツヨーナは折れた芽を拾い、そっと土に戻した。

その動作はまるで祈りのように静かだった。


「ほら。

花も、あんたが信じてくれたら頑張るのよ」


カイルの拳が少しだけほどけた。


夕暮れ。

子どもたちが帰ったあと、ルナが尋ねた。


「ミツヨーナさま、どうしてあんなに優しくできるんですか?」


「優しい? 違うわ。

アタシね、人の痛みを無視できないだけ。

だって昔、無視された側だったから」


ルナは黙って頷いた。

風が吹き、花壇の上を金色の光が撫でた。


その夜。

ミツヨーナは机に向かい、日記を開いた。


今日、花の学校が始まった。

みんな笑ってた。

でも、笑顔の下に隠れてる痛みを、アタシは見逃さない。


咲けない子がいたら、アタシが咲かせる。

それが――“オカマの先生”の仕事よ。

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