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第六話 塔の審問

石の床に、冷たい靴音が響く。

夜の城は深く、静かで、息をするたびに胸が痛んだ。


ミツヨーナは兵に囲まれながら、審問の間へと導かれていく。

高い天井、蝋燭の炎、重たく垂れた赤い幕。

王と大臣たちが並び、その視線はまるで刃のように冷たかった。


「“神の乙女”ミツヨーナ」

司祭が杖を鳴らし、声を放つ。


「お前は城を抜け出し、民の間で“奇跡”を起こした。

それを神の権威に背く行いと知らなかったのか」


ミツヨーナはゆっくりと顔を上げた。

瞳は揺れていない。

ただ、どこか寂しそうに笑っていた。


「神の権威……ねぇ。

アタシ、神様の顔なんて一度も見たことないの。

でも、泣いてる子の顔なら何度も見たわ。

手を伸ばせば届くのは、神様より“人の心”なのよ」


広間がざわついた。

重臣たちの一人が立ち上がり、怒声を上げる。


「民を惑わせるな!

お前は“神の乙女”として選ばれた。

己の奇跡を否定するなど、冒涜だ!」


「奇跡? 違うわ」

ミツヨーナは静かに言った。


「アタシがしたのは、“人を見た”ってこと。

倒れた人に声をかけて、泣いてる人に寄り添っただけ。

それを奇跡って呼ぶなら――この国には、もっと奇跡が足りないわね」


司祭が杖を鳴らし、怒りを露わにする。

「黙れ! 異端の女!」


その瞬間。

壇の上から、若い声が響いた。


「やめろ!」


レオネルだった。

王の隣に立つその姿は、凛としていた。


「彼女を侮辱するな。

彼女は“神”ではない。

だが、私が見た彼女の行いは――どんな祈りより尊い!」


「レオネル!」

王の声が重く響く。


「お前まで惑わされたのか。

彼女は“聖女”などではない。

ただの女だ」


レオネルは一歩前に出た。


「父上。

“ただの女”だからこそ、あの人は人を救えるんです。

あの市場で泣いていた子どもが、今も笑っている。

あれは神の力ではありません。

心の力です」


ミツヨーナは俯いて、唇を噛んだ。

それは嬉しさでもあり、悲しさでもあった。


(この子……なんでそんな真っ直ぐなのよ)


王はゆっくりと立ち上がる。

その背には、年老いた威厳と重責の影があった。


「ならば問おう。

“神の乙女”ミツヨーナ――お前は何者だ」


ミツヨーナは一瞬、沈黙した。

そして、微笑んだ。


「アタシ? アタシは――ただのオカマよ」


広間に、息を呑む音が走る。

重臣たちがざわめき、司祭が顔をしかめた。


「オ……カマ? 何を言っている」


ミツヨーナは一歩、前へ出た。


「人を笑わせて、人を泣かせて、

夜の街でお客を慰めて、

“あなたが生きててよかった”って言われたら、それがご褒美。

そんな人間だったの。

神でも聖女でもない。

でもね――それでも人を救いたいって思っちゃいけないの?」


沈黙。

誰も言葉を発せなかった。


レオネルの視線がまっすぐに彼女を見つめる。

その目は、涙に濡れていた。


「君は……誰よりも“人間”だ」


王が深く息をつき、椅子に腰を下ろした。

「……よかろう」


「ミツヨーナ。

お前の行いは掟に背くが、その心には偽りがない。

今後は王の監督のもと、塔を出て民のもとへ赴くことを許す。

ただし、王子レオネルが常に同行すること。

よいな」


司祭が驚き、声を上げかけたが、王は手を上げて制した。


ミツヨーナは目を見開いた。

そして、静かに膝を折り、礼をした。


「……ありがとうございます。

アタシ、きっとこの国を笑顔で満たしてみせます」


王はわずかに笑った。

「その笑顔が偽りでないなら、信じてやろう」


夜。

塔の窓辺で、ミツヨーナは空を見上げていた。

鎖はもう外されている。


「……ねぇ、神様。

アタシ、あなたに会ったことはないけど――

きっと、あなたも笑ってるわね」


遠くで風が吹いた。

白い花びらが窓から入り、机の上に落ちる。


その花は、市場のあの“夜明け草”だった。

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