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第四話 王子の涙、オカマの誇り

王子レオネルは、その夜、静かに塔を訪れた。

昼間の舞踏会の熱狂が嘘のように、城はひっそりとしていた。

外では風が吹き、遠くの鐘が微かに鳴っている。


扉をノックする音。

ミツヨーナがカップを置いて振り向くと、そこには疲れ切った王子が立っていた。

ドレスの裾を手で押さえながら、彼女は微笑む。


「まぁ、こんな時間に。お夜食でも持ってきてくれたの?」


「……違う。君に会いたかったんだ」


レオネルの声は、いつもより低く、震えていた。

彼の手には一枚の古い手紙が握られている。


「母上が残したものだ。……死の間際に、私宛に書いたらしい」


ミツヨーナはそっと受け取り、手紙を見つめた。

文字は涙で滲み、ところどころ掠れている。

そこには、こう綴られていた。


“誰かを心から愛しなさい。

それが王である前に、人である証です。”


レオネルの頬を、一筋の涙が伝った。


「私は……ずっと怖かったんだ。

王として、人を導くべきだと教えられた。

けれど、本当は誰かにすがりたくて仕方がなかった……。

そんな弱さを見せたら、誰もついてこないと思っていた」


ミツヨーナは黙って聞いていた。

彼女の胸の奥にも、痛みが広がる。

“強く見せなきゃ、誰も守れない”――

それは、昭和の夜を生きた自分も、何度も思った言葉だった。


「ねぇ王子、強い人ってね、何も泣かない人のことじゃないのよ」


「……え?」


「泣いて、それでも立ち上がる人。

自分の痛みを知って、他人の痛みを想える人。

そういう人を、アタシは強いと思うわ」


彼女の声は柔らかかった。

レオネルの目が潤み、震える唇がかすかに動いた。


「君は、どうしてそんなふうに……優しくいられる?」


「優しい? アタシなんか、夜の街で生きてきたオカマよ。

優しくしなきゃ、生きてこられなかったのよ」


窓から月の光が差し込み、二人の影が重なる。

ミツヨーナは笑って、彼の涙を指で拭った。


「ほら、男の涙って綺麗ね。

アタシ、何度も見たわ。

強がりながら泣く男の人。

でもね、そういう涙を見たあと、アタシはいつも思うの。

“この人は、まだ咲ける”って」


レオネルの目が見開かれ、

まるで救われたように、かすかに笑った。


「……君は、不思議だな。

 君と話していると、胸の痛みが和らぐ」


「それはね、アタシの職業病みたいなもんよ。

 夜の店で、泣き顔を笑顔にするのが仕事だったの」


「だが、これはもう仕事ではないだろう?」


ミツヨーナは少しだけ黙り、

「そうね」と小さく呟いた。


「今は――アタシの生き方よ」


その言葉に、レオネルは何も言えなくなった。

代わりに、花瓶の花を見つめながら、

「君の花は、誰よりも強い」と静かに言った。


夜が更け、風が冷たくなる。

二人は並んで月を見上げていた。

ミツヨーナはそっと口を開く。


「ねぇ、王子。

人ってね、愛された数より、愛した数のほうが魂を綺麗にするのよ」


レオネルはゆっくりと頷いた。

その横顔には、もはや王としての威厳ではなく、

ひとりの“青年”としての温かさがあった。


「ミツヨーナ……君に出会えて良かった」


「ふふ、言うわねぇ。

でも、アタシも思ってる。

アンタみたいに、心で泣ける人に会えたのは初めてよ」


ふたりの間に、静かな風が吹いた。

花の香りが漂い、夜空に溶けていく。


塔の下では、侍女たちが噂をしていた。

「王子があの方に心を開いたのは初めてだ」と。

“神の乙女”ではなく、“ひとりの女”として見られた瞬間。

それは、ミツヨーナにとって何よりの贈り物だった。


彼女はそっと目を閉じ、胸の奥で微笑んだ。


「アタシ、やっと誰かのために泣けるようになったのね」


月の光が二人を包み、白い花が小さく揺れた。

その花はまるで――人の心のように、静かに、確かに咲いていた。

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