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第二十二話 泣いている村と、折れた花

村に近づくにつれ、空気はさらに重くなった。

土の匂いに混じって、焦げた木の匂いが鼻を刺す。


家々の壁にはひびが入り、

畑は踏み荒らされ、

井戸の周りには人の姿がほとんどない。


「……静かすぎるわね」


ミツヨーナの声は、風に吸い込まれるように消えた。


レオネルは馬を降り、村の入口で周囲を見渡す。


「争いの直後だ。

反乱の連中か、

それとも“煽られた民”か……」


ミツヨーナはゆっくり馬を降り、

地面にしゃがみ込んだ。


足元に、折れた花が落ちている。

踏みつぶされた、名も知らぬ野の花。


「……かわいそうに。

咲いたばっかりだったでしょうに」


ミツヨーナはその花をそっと拾い上げ、

土を払った。


そのとき、

家の影から小さな影が動いた。


「……だれ?」


震える声。

年端もいかない少女が、

母親の後ろに隠れるように立っている。


母親の目は赤く腫れ、

泣き疲れた様子だった。


「王の兵……?」


レオネルが一歩前に出る。


「違う。

争いを止めに来た」


だが、母親は首を振る。


「もう、誰の言葉も信じられません……

王も、反乱者も、

どちらも“正しい”と言って、

私たちを巻き込んだ」


ミツヨーナは、

ゆっくりと二人の前に立った。


「ねぇ、無理に信じなくていいわ。

今日はただ、話を聞きに来ただけ」


母親は驚いたように彼女を見る。


「……聞く?」


「そう。

泣いた理由、怒った理由、

言えなかったこと。

アタシ、聞くの得意なのよ」


村の広場に、

少しずつ人が集まり始めた。


老人、若者、子ども。

みんな、疑いと疲れを顔に浮かべている。


ミツヨーナは広場の真ん中に立った。


「アタシ、王でも兵でもないわ。

剣も持ってない。

あるのは――

ちょっと長生きした人生経験だけ」


ざわり、と空気が動く。


「反乱だの、王だの、

難しい話は今日はやめましょ。

アタシが知りたいのは、

アンタたちが“何を失ったか”だけ」


沈黙。


やがて、

一人の老人が口を開いた。


「……畑を焼かれた」


「息子が連れて行かれた」


「怖くて、眠れない」


言葉が、少しずつ溢れ出す。


ミツヨーナは一つ一つ、

頷きながら聞いていた。


話が途切れたとき、

ミツヨーナは折れた花を掲げた。


「これ、さっき拾ったの。

踏まれて、折れて、

もう咲かないかもしれない」


人々の視線が集まる。


「でもね。

折れたからって、

価値がなくなるわけじゃないの」


ミツヨーナは地面に膝をつき、

花を土の上に置いた。


「人も同じ。

踏まれたら痛いし、

折れたら泣く。

でも、それで終わりじゃない」


少女が、

小さく手を挙げた。


「……また、咲く?」


ミツヨーナは微笑んだ。


「ええ。

時間はかかるけどね。

でも、ちゃんと水をあげれば」


レオネルが一歩前に出る。


「この村は、王が守る。

今日から兵を置き、

略奪も連れ去りも、二度と起こさせない」


だがミツヨーナは、

そっと首を振った。


「守るだけじゃ足りないわ。

心が戻らなきゃ、

また踏まれる」


彼女は少女の前にしゃがみ、

折れた花を差し出した。


「一緒に植え直しましょ。

この村の最初の“やり直し”として」


少女は少し迷い、

それから小さく頷いた。


夕暮れ。

村の端に、小さな花壇ができた。


折れた花は、

新しい土に植え直され、

水が注がれる。


人々は黙ってそれを見つめていた。


ミツヨーナは、

そっと呟く。


「今日すぐ咲かなくてもいいの。

大事なのは、

“もう一度咲かせよう”って思えたこと」


風が吹き、

花壇の土がかすかに揺れた。


村の空気が、

ほんの少しだけ軽くなる。


夜。

村に明かりが灯り始める。


ミツヨーナは空を見上げ、

深く息を吸った。


「王子。

この村、きっと大丈夫よ」


レオネルは静かに頷いた。


「君がいればな」


「違うわ。

咲こうとしたのは、

あの人たち自身よ」


星が瞬き、

折れた花の上に、

やさしい光が落ちていた。

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