第二十一話 南への街道、影の旅人
王都を離れて三日目。
南へと続く街道は、ゆるやかな丘と森に挟まれていた。
春の終わりの風が、草の匂いを運んでくる。
馬の蹄の音が、一定のリズムで地面を叩く。
ミツヨーナは馬上から景色を眺め、
ふぅっと息を吐いた。
「王都を出ると、空が広いわねぇ。
息がしやすいっていうか……
胸の奥まで風が入ってくる感じ」
レオネルは前を見据えたまま答える。
「この道は、昔から交易に使われてきた。
人も物も、希望も絶望も通っていった道だ」
「まぁ、人生みたいじゃないの」
ミツヨーナはくすっと笑った。
昼前、二人は小さな街道宿に立ち寄った。
木造の古い建物で、
看板には色あせた葡萄の絵が描かれている。
中に入ると、
香ばしいパンの匂いと、
少し強めの酒の香りが混じっていた。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、
細身の男が顔を上げた。
年の頃は三十前後。
黒い外套を羽織り、
目だけが妙に鋭い。
ミツヨーナは一瞬、
その視線に引っかかるものを感じた。
(……この人、空気が重いわね)
二人が席に着くと、
男は水とパンを運んできた。
「旅の方ですか。
最近は物騒でね」
レオネルが頷く。
「南へ向かっている」
「……南」
男の口元が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
「反乱の噂、聞いてますか?」
ミツヨーナが即座に口を挟む。
「聞いてる聞いてる。
でもね、噂って半分は怖がりすぎ、
残り半分は嘘なのよ」
男はじっとミツヨーナを見た。
「……面白いことを言う」
「面白く生きないと、
人生もったいないでしょ?」
ミツヨーナはにっこり笑った。
だが、男の目は笑っていなかった。
食事を終え、外に出ようとしたとき。
男が低い声で言った。
「……花を咲かせる人には、
必ず“踏みに来る者”が現れる」
ミツヨーナは立ち止まった。
「踏む人も、踏まれる花も、
みんな余裕がないのよ」
男は一瞬だけ目を伏せ、
そして囁くように言った。
「南では、
“花を嫌う者”が力を持ち始めている。
あなたのような人は、特に目をつけられる」
レオネルが一歩前に出る。
「名は?」
男は外套のフードを少し下ろし、答えた。
「名乗るほどの者じゃない。
ただの行商人です」
そう言って、背を向けた。
宿を出たあと、
街道を進みながら、
ミツヨーナは空を見上げた。
雲の流れが、少し早い。
「王子。
今の人、ただの行商人じゃないわね」
「ああ。
情報を持っている者の目をしていた」
「しかも、花が嫌いな人たち、かぁ……」
ミツヨーナは肩をすくめる。
「まぁいいわ。
嫌われるほど咲いてるってことよ」
レオネルは横目で彼女を見て、
小さく笑った。
「……強いな」
「違うわよ。
折れても咲くって、もう知ってるだけ」
夕方、街道の先に
小さな村の屋根が見えてきた。
だが、空気はどこか重い。
煙の匂いが、風に混じっている。
ミツヨーナは馬を止め、呟いた。
「ねぇ王子。
あの村……もう泣いてるわ」
レオネルは表情を引き締めた。
「……急ごう」
二人は馬を走らせる。
風が強くなり、
花びらの形をした雲が、空を横切った。
南の地で待つのは、
言葉で癒せる涙か、
それとも――
まだ見ぬ“敵意”か。
ミツヨーナは胸に手を当て、
小さく息を吸った。
「大丈夫。
アタシ、二度目の人生だもの。
今度こそ、ちゃんと咲くわよ」




