第十九話 風の庭の別れ支度
南方への出発が決まった翌日。
風の庭には、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
いつもなら花の成長を喜んだり、
子どもたちの笑い声が響いたりしているのに、
今日はみんなの表情に影がある。
ミツヨーナは花壇の前にしゃがみ込み、
しおれかけた小さな蕾を優しく撫でた。
「アンタも不安なの?
でもね、大丈夫。
アタシ、花も人も置いていったりしないわ」
風がそよぎ、
花びらが返事をするように揺れた。
昼過ぎ、ルナが駆け寄ってきた。
その手には布で包んだ小さな袋。
「ミツヨーナさま、これ……旅のお守りです!」
「まぁ、かわいい袋じゃないの。
中はなぁに?」
ルナは胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
「ミツヨーナさまが育ててくれた花の種です。
どこに行っても、ミツヨーナさまの花が咲くようにって……」
その言葉に、ミツヨーナの胸がじんわり温かくなる。
「ルナ……
アンタ、ほんとに優しい子ねぇ。
アタシ、泣いちゃうと化粧が落ちるのよ?」
「だ、だめです!落ちても綺麗です!」
ルナの必死さに笑いがこぼれた。
続いてカイルが現れた。
手には木で作られた小さな“花の杖”。
「ミツヨーナ。これ……持っていってくれ」
「え?アタシに?」
「うん。
これ、庭を守るために作ったけど……
今はミツヨーナを守りたいって思って。
不器用だけど、気持ちは本物だ」
ミツヨーナは杖を受け取り、
カイルの手をぎゅっと握った。
「ありがと、カイル。
アンタ、どんどん頼もしくなるわね。
けどね、守るのはアタシだけじゃないわよ。
庭の子たちも、花たちも、アンタのこと待ってるわ」
「……うん。必ず守る」
カイルの瞳は真っ直ぐで、
まるで新芽のように力強かった。
最後にセリーヌがゆっくり近づいてきた。
手には大きな布包み。
「これ……旅の衣です」
布をほどくと、
風の色をイメージした薄青の旅装束が姿を現した。
縫い目は丁寧で、美しく、
着る者の身体を優しく包むようなデザインだった。
「セリーヌ、これ……アンタが?」
「はい。
ミツヨーナさまは“神の乙女”ではありません。
でも……私にとっては、心を照らす光のような人です。
どうか無事で戻ってきてください」
ミツヨーナはそっとセリーヌの手を取った。
「心配しないで。
アタシ、丈夫だからね。
それに……“帰る場所”があるなら、絶対に戻るわ」
セリーヌの目が潤んだ。
夕暮れが近づき、
風の庭は金色の光に包まれた。
ミツヨーナは三人を見渡し、ゆっくり言った。
「ルナ、カイル、セリーヌ。
アンタたちの笑顔が、この庭の花を咲かせたのよ。
アタシ、一人で旅に出るけど……
心はここに置いていくわ」
風が吹き、
花々が揺れ、
空が淡く染まっていく。
「帰ってきたら、また一緒に花を咲かせましょうね。
だってアタシ――
まだまだ咲かせたいものがたくさんあるの」
三人は同時に頷いた。
その瞳には、不安よりも“信じる光”が宿っていた。




