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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
第2章 トランスレート

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第8話 狩り前夜

 スノードロップはアトラスの案内でテントに入った。間仕切りはないが、作業用の机、ワイヤーにつるされた服や装備、寝具などが一通りそろっていた。天井から日の光が差し込んでいる。天井は開閉できる作りになっているようだ。


「気になるものがあったか」


 アトラスの言葉にスノードロップは少し落ち着いた調子で、


「すみません。じろじろと見てしまって」

「興味を持ってくれた、と解釈しておこう」

「ありがとうございます」


 椅子を差し出され、スノードロップは椅子に座る。テントの主であるアトラスは床に腰を落ち着けた。

 まだ外でやり取りの緊張感が残っている。


「外での先の話の続きだが」

「すみません。生贄は不適切な表現でした。撤回させてください」


 スノードロップの言葉にアトラスは軽く首を振った。


「私たちのコロニーに少しの間だけ来てほしいのです」

「君の真意は理解した。具体的な話を聞こう」


 スノードロップは順を追ってアトラスに説明することにした。


「例の病の情報が不足しています」

「調べるために私に来い、と」

「はい。研究は飛躍的に進みます」


 スノードロップは話しながら、アトラスの表情を見る。直接話を聞き、必要なら検査もお願いする。病の正体がはっきりする。


「そのあと、どうするつもりだ?」


 アトラスの声はやや硬い。スノードロップは冷静を装いながら、


「予防法と治療法を確立して共有します」

「それだけか?」

「互いの無事が確認出来たら、次の話をしましょう」

「今もしている」


 彼は結論を急いでいる。話すべきことはすべて話すべきだ、とスノードロップは判断して、言葉を続ける。


「取引ではなく、理解のための話です」

「我々の秘密を共有しろ、ということか」

「秘密は秘密でよいです」


 アトラスの眉がわずかに寄った。彼の金色の瞳に戸惑いが浮かんだ。価値観が違う、とスノードロップは理解した。

 スノードロップは椅子から立ち上がり、アトラスの前まで歩いて、同じように座った。

 彼らの概念と照らし合わせると、不相応な取引を持ちかけているのは間違いない。それも裏があると疑われるほどにずれている。同じ価値観、あるいは判断基準がいる。

 アトラスにコロニーに来てほしいという前にやることがある。それを何か考え、スノードロップは口にした。


「――共に狩りがしたいのです」


 言葉を口にしながら、スノードロップは手応えを感じていた。狩りは彼らの生活の中心、互いの命を預ける信頼を示す行為だ。文化の根幹に根ざしている。

 彼の金色の瞳がスノードロップを捉える。スノードロップの言葉の意味を咀嚼する。あるいは品定め。数秒ほどして、アトラスは表情を崩した。


「なるほど。そうきたか」


 彼は目を丸くしていた。声にもわずかに驚きが感じられた。


「おかしなことを言いましたか?」

「いや、正しい」


 アトラスは、しばらく、静かに笑ってから、


「最初から狩りの仲間が欲しい、と言えばよかったのだ」


 急に態度が変わってスノードロップは目を丸くした。


「巨大な獲物を狩る時、我々は他のグループと狩りをすることもある」

「はい。狩りの仲間が必要なのです」

「意志だけでは仲間として認められない」


 条件があるのは予想していた。合同での狩りならば、仲間は重要な要素だ。もし、不適切な者を加えれば、失敗どころか、死傷者が出る惨事になりえる。


「小さなものから狩ろう。狩り方を見て、仲間になるかを決める」

「何を狩るのですか?」

「シカだ。この時期は近くに群れがいる」


 林や草原地帯ならいてもおかしくはない。目撃事例がないのは単にここまで来たことがないからだ。スノードロップはふと、シェルター型コロニーの管理者は出不精だと言われたのを思い出した。


「あなたが主力ですね」

「あなたも、だ。一緒にとどめを刺してもらう」


 外に声が伝わっていたのか、誰かがテントの中に飛び込んできた。


「アルタイル、今は客人と話している」


 アトラスの言葉には耳を貸さず、アルタイルと呼ばれた青年は口を開いた。


「本来は私の役割のはずです」

「予定が変わった。事前に説明をしたはずだ」


 この話し合いが決裂するのも、何かしらの合意を得るのもアトラスは考えていたことにスノードロップは驚いた。


「しかし……!」


 アトラスは立ち上がって、アルタイルの肩を軽くたたいた。


「狩りの間、ここを守ってほしい。お前の感覚なら、遠くの敵にもすぐ気が付ける」

「……わかりました」


 やや不服そうなアルタイルにアトラスは顔を近づけて、はっきりと言った。


「適任だと信じている」

「承知しました!」


 アルタイルは礼をして、テントから出て行った。見送ったアトラスはスノードロップに向いて、


「すまない。見苦しいところを見せてしまった」

「血気盛んですね」

「君は、不快に思わないのか?」


 不思議そうな表情でアトラスはスノードロップを見た。


「可愛いものです」


 似たようなやり取りは過去にしたことがある。直接、物が言えることは大事な能力だ。


「私が言うべきではありませんが……彼の場を奪ったのではありませんか?」


 スノードロップの言葉にアトラスは苦笑いを浮かべた。


「君は新たな場を与えたんだ。ここを守るという、な」


 もしかすると、ここを任せる機会を増やしたいのかもしれない、とスノードロップは考える。


「あとで正式な紹介をするが、彼はアルタイル。私の補佐を務めている」

「アルタイルさんですね、覚えました」

「加減はしてくれ。将来有望なんだ」


 アトラスの言葉にスノードロップは微笑んでみせる。



 話が終わるとキャンプ地の外れにある射撃訓練場に二人は来ていた。150mほど離れた的にはいくつか穴が開いている。


「狩りで使うのはこのクロスボウだ」


 手渡されたクロスボウはずしりと重い。鋼鉄の矢が装填済み。再装填機構はない。一射の重みを大切にする思想だ、とスノードロップは理解した。


「銃を使わないのは硝煙の匂いが理由ですか?」

「そうだ。あの匂いはほかの匂いを消してしまう」


 狩りと匂いはワンダーの文化や価値観に組み込まれているに違いない。ラングたちに伝えるリストに追加した。


「手本を見せよう」


 左手でクロスボウを支え、狙いを定め、右手で引き金を引く。離れた矢は的の中心を貫いた。


「わかったか?」

「やってみます」


 スノードロップは彼の動きを思い出しながら、フロースアルブスでクロスボウを構える。彼が射抜いた的の右隣の的を狙う。体のぶれをおさえるために息を止めて、引き金を引いた。

 高速で打ち出された矢が的の中心を貫いた。


「いい腕だ」


 アトラスが感嘆の声を漏らす。


「手本が良かったからです。それに的は動きません」


 スノードロップは冷静に受け止めた。実際の狩りでは獲物は動く。場合によっては逃げることもあるだろう。


「狩りの経験があるのか?」

「いいえ。武器を持つのもはじめてです」


 すべては推測だ。狩りのときに引き金を引くまでわからない。


「狩りは明日、行う。今日はどうする?」

「このまま同行させてください」

「わかった。来賓用のテントに案内しよう」


 歩き出そうとするアトラスを止めて、スノードロップは言った。


「もう少しだけ練習させてください」

「わかった。日が暮れるまでなら付き合おう」

「ありがとうございます」


 やり方を教わりながら矢を装填し、狙いを定めて引き金を引く。今度は先の矢のすぐ隣に命中した。


「練習の必要はあるのか?」

「もうしばらくすれば強い風が吹いて、狩りの条件に近づきます」

「風が読めるのか……興味深いな」


 アトラスはそこで言葉を区切り、やや低めの声でゆっくりと、


「再装填する機会はほぼない。1射を大事にすることだ」


 スノードロップは頷いて、クロスボウを構える。そして、風を待った。

 数分後、訓練場を横切るように砂埃混じりの風が吹き始めた。

 スノードロップはフロースアルブスの五感で風を感じ取る。矢が風に流されるのを想像、クロスボウをやや左側にずらして、引き金を引く。

 矢は計算通りに飛び、的の中心から数㎝離れた位置に命中した。風の影響を考慮すれば十分な精度だ。


「見事だ」


 アトラスの拍手にスノードロップはやや困ったような笑みを浮かべた。アスチルベの住人なら、一緒に成功させましょう、と言う場面だが、適切な言葉が思いつかなかったのだ。

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