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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
第2章 トランスレート

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第5話 通過儀礼

 アトラスは端末のナビに従って道を歩いていた。右手には紐でくくった干し肉をぶら下げている。

 狩猟が生活の手段であるワンダーにとって、干し肉のできを見れば、狩りの様子まで想像できる。グループを象徴するものでもあった。


「さて、彼らが応じてくれるかだが」


 言葉が通じるかもわからない集団にワンダーの流儀がどこまで理解されるのか、全く予想がつかなかった。彼らには対話の意志があるようだ。今はそれに期待するしかない。言葉では無理でも、姿勢は伝わるはずだ、とアトラスは前を見る。

 彼は畑の横を通る道を見つけた。見知らぬ素材で舗装されている路面に足を踏み入れて、


「……硬いな」



 スノードロップは無人作業機械越しにプランテーションの農道を歩く、男の姿を捉えた。

 リーフの集会所で待機させていたフロースアルブスに視点を切り替える。


「来ましたか」


 彼女は即座にビデオ会議で人を招集した。すぐにいつもの顔ぶれが揃って、本題に入る。


「先日、やってきたワンダーの一人です」

『思ったよりも早かったね』

『向こうが一人ならこちらも一人が妥当だ。威圧感を与えたくない』


 エフティーの言葉にマイク以外が頷いた。


『しかし、背中に武器らしきものを持ってるだろ。丸腰でいいのか?』


 マイクの指摘通り、背中にはクロスボウらしきものが見える。


『手には干し肉を持っているよ。少なくとも危害を加えるためのものではないと思う』


 スパークが反論し、さらに言葉を続けた。


『武器より感染症を気にすべきだよ。何が起きるかわからない』

「接触のなかった集団が接触した際に伝染病が流行する事例は過去の歴史でも観測されています。――私が行きます」


 フロースアルブスなら感染する恐れはない。未知の病菌を持ち込まないために徹底的な洗浄と消毒もできる。最適任だろう。

 コロニーで致死性の病が流行するのも、ワンダー側に流行するのも避けたい。誰も反対をしなかった。


『スノードロップ、食堂にサイコロステーキのパッケージがある。それを彼に渡してほしい』


 チャーリーの言葉にスノードロップは、


「わかりました。手ぶらというわけにはいきませんからね」

『自慢の一品だ。きっと、彼らも気に入ってくれるよ』


 チャーリーの言葉に後押しされて、スノードロップはフロースアルブスを食堂に向かわせた。朝と昼の間、誰もいない食堂の一番手前のテーブルにサイコロステーキのパッケージがおいてある。製造日付が新しいこととパッケージに破れがないことを確かめると、抱えるように持って食堂を出た。


「言葉が通じることを祈るばかりです」


 できたばかりの言語モデルは学習データが限られているため簡易的だ。話をするその場で調整していくしかなかった。



 アトラスは道の向こうから人影が歩いてくることに気が付き足を止めた。地下のコロニーなのか、地上のコロニーなのかはわからないが代表には間違いない。周囲に護衛の姿はない。無人作業機械もすでに撤収しているのを確認した。武器を持っていないのが気になったが、定住型のコロニーに狩りはない、と彼は認識を改める。

 はっきりと見えるようになって、全体的に色が少ない人物だとわかった。白い髪、白い肌、白いワンピース。外向けではない格好と違い、体幹を鍛えた人間特有の安定した歩き方だ。

 狩りや農作業なら日焼けは避けられない。何か荷物を運ぶ作業などにはあの長い髪の毛は不都合が多いはずだ。記録などの力のいらない作業だと今度はあの歩き方が説明できない。

 アトラスは好奇心と警戒心を持ったことに気が付き、目的は謝罪だと自身に言い聞かせた。心の動きは身体に滲み出る。自分に見えているなら、相手にも見えているに違いない。

 数歩離れたところで相手が止まった。顔を見ると、柔らかい微笑みを浮かべている。


「コロニー『アスチルベ』管理者のスノードロップです」

「ワンダー『アルクス』のアトラスだ。代表として詫びに来た」


 アトラスはいつの間にワンダーの言葉を理解したのか、とスノードロップを見る。管理者と名乗ったが容姿も仕草も人間と同じで見分けがつかない。

 人間とAIの共同管理をしているコロニーで人間が来た可能性や翻訳ミスの可能性もある。これ以上、考えても答えは出ないと、アトラスは疑問を思考の隅に追いやる。


「聞き取りにくければ言ってください。あなたたちの言葉に不慣れなのです」

「了解した。こちらの言葉がわからなければ、その都度言ってくれ」

「はい。その時はお願いします」


 言葉と表情から攻撃の意志は感じられない。しかし、些細なことで食い違いが生まれるのは容易に想像できた。言葉に気をつけるのはもちろん、相手の些細な表情や仕草も見逃せない。


「君たちのテリトリーを荒らす意志はない。新しく作られた畑を確認したかった。10年前に来たときはなかったのだ」

「なるほど、その空白期間に発展したものですから、地図と乖離するのは自然でしょう。安心してください、畑に影響は出ていません」


 スノードロップの声には配慮が感じられた。謝罪の場ではなくなる、とアトラスは直感する。


「干し肉だ。詫びの証として受け取ってほしい」


 彼が一歩前に進むと、スノードロップも一歩前に進んだ。互いの手が届く距離だ。


「悪意はなかったのでしょう?」

「そうだ」

「では、友好の証として受け取ります」


 確定だ。スノードロップはこちらの過ちをなかったことにして、別の関係性にしようとしている。


「もっと、話をしても良いでしょうか」


 計測器の値はいずれも正常だ。懸念していたあの匂いもしない。アトラスは頷いた。


「改めて、この場を設けてくれたことに感謝します」


 スノードロップは浅く頭を下げて、言葉を続ける。


「あなただけで来た理由を教えてもらえないでしょうか」

「誠意を示すためだ」


 アトラスの短い言葉にスノードロップは一瞬だけ驚き、そして、元の表情に戻して、


「私はあなたが一人で来てくれたことに応じるため、それと、未知の感染症のリスクを減らすために一人で来ました」


 と答えた。感染症への配慮は良い心掛けだとアトラスは評価する。


「これは、私たちが生産している肉です」


 差し出された銀色のパックを見てアトラスは少々、困惑した。顔には出さないように意識しつつ、尋ねる。


「この中に肉が?」

「はい」


 パックの表面をそっと指で押すと、それらしい弾力があった。小さな四角に切られているようだ。


「調理はいるか?」

「はい。煮るか、焼くかの形で火を通してください」


 干し肉を胸元に抱くスノードロップは言った。


「感謝する。これは、日持ちしそうだ」

「封を切らなければ半年は保証します」

「それは心強い。友好の証としていただこう」

「ありがとうございます」


 積極的に探りを入れてくるかと思ったがその様子はない。こちらに具体的な説明をする動きがないのは余計な情報を与えないためか、それとも聞かれていないからなのか。アトラスは確かめることにした。


「あの畑は何の畑だ?」

「今はトウモロコシを栽培しています。複合コロニー『アスチルベ』の都市型コロニー『リーフ』のプランテーションの一部です」

「複合コロニー? では、奥のドームもそうなのか?」

「はい。あちらが半地下式コロニー『フラワー』です」


 スノードロップは淀みなくコロニーの名前をあげた。隠すつもりはないらしい。見えているのだから気にしていないとも解釈できるが、情報の共有に積極的な姿勢なのだとアトラスは解釈する。


「ワンダーについて知りたいのだろう?」

「はい。問題のない範囲で教えていただけませんか?」

「説明しよう。ついてこい」


 アトラスはキャンプ地に向けて歩き出す。スノードロップも数歩後ろからついてきた。


「武器はクロスボウですね」

「身を守るために持ち歩いているものだ」

「野生動物への対処には必要だと思います」


 無作法だと咎めるどころか、理解を示してきた。ワンダー同士では正当な理由もなく、片方だけ武装しているのは問題とされる。彼女たちも似たような価値観を持っているのだろう。


「あの柵も野生動物対策に設けたものです」


 歩みを止めずにアトラスは振り返り、スノードロップの指さす方を見た。先日、乗り越えた柵はそのためのものだったわけだ。

 スノードロップも後ろを指さしているが足を止めていない。常に移動するのがワンダーの常で、何かあれば立ち止まる傾向があるコロニーの関係者にしては珍しい。


「なるほど。しばらく、歩くが大丈夫か?」

「体力には自信がありますよ」


 スノードロップは笑う。喋りも先より砕けてきたのはこちらを許している証だろうか。


「これから私たちのキャンプ地に案内しよう。そこで細かい話をしたい」

「はい。よろしくお願いします」


 アトラスは頷き、歩く速度を上げた。髪をなびかせながらスノードロップが数歩離れてついてくる。歩き出したときとは違い、周囲を伺うような動きをしていた。狩りや調査の経験がある者特有の動きに、彼は好奇心を持った。


「後ろは任せる」

「了解、異変が見つかり次第共有します」


 応答が簡潔なものに切り替わった。スノードロップの言葉と環境への適応力は恐ろしく高い。今のところ、コミュニケーションに齟齬は発生していない。翻訳機器の不具合はブラフだったのか。


「先ほど、管理者と言っていたが……」

「はい。コロニー『アスチルベ』の管理者です。人間ではありません」


 アトラスは思わず唸る。コロニー管理者は巨大な人工知能であり機械のはずだ。端末に人に近い姿のものもあると知っている。しかし、すぐ後ろを歩く彼女はどう見ても人間だった。


「最新鋭のコミュニケーターという生体です」


 彼の思考を読んだかのようにスノードロップが答える。


「意志を伝える者か」


 正体がわかり満足感を覚えて後ろを少し見ると、微笑んだスノードロップと目が合う。人間ではないことが信じられなかった。

 それに仲間としてふさわしいかは別だ。いずれ対話を重ねてわかることだろう。アトラスは前を向いて歩き続ける。

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