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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
第2章 トランスレート
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第4話 邂逅

――コロニー・リーフの東丘陵地帯


 男は慣れた手つきで端末を操作し、地図を表示させた。丘の上から見る景色と地図が乖離している。昼の日差しを浴びて輝くドームや街、巨大な畑は地図上に存在していない。

 狩場を確かめに来たのだが、これは何かが起きていると彼の直感が告げていた。


「どうしたんだ、アトラス」


 アトラスと呼ばれた男は声の主に街を見るよう指さして、


「地図との差が大きい」


 仲間は大きく目を見開いて、


「差が大きいなんてもんじゃないな、これは」


 地図と現実の違いが大きければ、率先して観測しにいくのが「ワンダー」のやり方だった。


「見に行くのか?」

「当然だ。ウェズン、興味がありそうな者を集めてくれ」

「わかった。じゃあ、何人か残すんだな」

「何かあっても振り切れる奴を残してくれ」


 ウェズンが丘の下で待っている仲間のもとに駆け寄って、話をしている様子をアトラスはわずかに横目で見る。


「あそこは地上に何もなかったはずだが……」


 記録によればここにきたのは20年ぶりだ。自然に地形が変化した例は見聞きしたことはあるが、人工的な変化は初めてだ。


「どこから見に行く?」


 ウェズンの問いにアトラスは即答した。


「畑の外周から見よう。退路も確保しやすい」


 風向きを確かめて、アトラスは続けた。


「風が力を貸してくれる」


 向かい風なら匂いやわずかな音を消す。逃げるときは追い風が敵の匂いや音を運ぶ。


「行くぞ」


 アトラスの言葉に従って数名の男たちが稜線を駆け下り、柵の手前で動きを止めた。

 育てられている作物を見てアトラスが言う。


「間違いない。人間が管理している」

「無人作業機械が畑から引き上げていくぞ」


 双眼鏡をのぞき込んでいたウェズンが呟いた。


「気づかれたな」

「一旦、退くか?」

「何をしているかこの目で確かめたい」


 獲物を狩る知識と経験に長けたアトラスにとって、畑はあまりなじみがないものではあるが、知識はあった。見れば何となく、自然との付き合い方もわかる。一番、知りたいのはそこだった。

 柵を超えて背の高い作物の植えられた畑に足を踏み入れる。緑の匂いが強い。ちょうど、彼の目線の高さに実らしきものがある。その先端からは薄い茶色のひげが伸びていた。微かに甘い匂いがする。おそらく、トウモロコシだ。

 地図上では森だと示されている場所まで畑は広がっている。強引に作った畑からは嫌な匂いがするのだと長老組から聞いていた。足元の土からはそのような気配は一切しない。

 突然、音が鳴り響いた。畑のどこかにあるスピーカーが鳴っている。内容はわからないが状況から考えると畑の主に呼びかけられている、と考えるのが妥当だ。


「撤収だ!」


 アトラスが短く叫ぶと、ウェズンが先陣を切って、他の皆が続く。誰も残っていないことを確認してアトラスも走り出した。

 スピーカーからの呼びかけは「一緒」「食べ」と言っている部分だけは聞き取れた。まさか、一緒に食べよう、と呼びかけているわけではあるまい。では、トウモロコシと一緒に食べてやる、という脅しだろうか。それにしては声の調子が穏やかすぎる。アトラスは判断を保留して、追っ手を気にしながら道を急ぐ。対話の機会は別に設ければいいだけだ。

 合流場所に戻る前に彼らは互いに計測機器をかざしあって、身体に汚れがついていないか確認する。アラートがならないことに一同は安堵を覚えた。


「よし、合流しよう」


 アトラスの掛け声と共に待機していた仲間の元に合流すると、地形の変化を土産にキャンプ地を目指す。全員の服の背中には弓を抽象化したロゴとProject Wanderワンダーの文字が刺繍されていた。



――コロニー・リーフ、管制塔


「ごはんに誘っても駄目か」


 チャーリーは外部スピーカーをオフにすると、身体を椅子に預ける。リーフ全体を見渡せるここはチャーリーにとって2番目に居心地のいい場所だ。持参した昼食を食べようと思ったら、侵入者の対応に追われてしまった。1番は食堂の厨房だ。昼食のピークはすぎて今は片付けに追われているころか。


「対応お疲れ様です。彼らが参加してくれればよかったのですが」


 スノードロップが差し出したコーヒーカップを受け取ったチャーリーは香りを確かめ、それから一口飲んだ。焙煎の仕方が違うのか焦がした印象がないすっきりした味わい。


「統率がとれている集団だったね」

「全員の服に同じロゴが入っていました」


 チャーリーは自分が着ているジャケットの絵柄を思い出す。アスチルベの花をあしらったマークがプリントされている。


「他のコロニーかな?」

「いいえ、人類を存続するプロジェクト・ワンダーの集団だと思われます」

「質問に答えてもらうたびにわからないことが増えていくね」


 彼はコーヒーカップに口をつけて、静かにコーヒーを飲み干した。エフティー、マイク、スパークがすでに通話可能になっているかも確認せずに通話ボタンを押した。


『未知の集団と接触したようだな』


 空中投影ディスプレイに映るエフティーはいつも通り落ち着いた雰囲気が感じられる。


『飯に誘うのは飛ばしすぎだろ』


 マイクは相変わらず直接的な物言いをする。確かに飛ばしたかも、とチャーリーは思う。


『今、あちらこちらに声をかけて調査中。記録がどこにもない』


 スパークがカメラには目もくれずにディスプレイとキーボードを操作している。ノイズキャンセリングが負けて、背後のやり取りが漏れ伝わってくる。


「管理者ネットワークでも問い合わせましたが、接触の記録がほぼありません。コロニーとは違う移動民族を参考にした人類存続計画のようです」


 スノードロップの言う管理者ネットワークはコロニー管理者同士が使っている通信ネットワークだ。最近はコロニー間での情報交換が活発に行われるようになり、技術面では新しい試みが生まれるなど、変化が生まれていた。


「彼らは地上を移動しているのに?」


 疑問を言葉にしてから、チャーリーはスノードロップが行き過ぎた監視と干渉を嫌うことを思い出した。もしかすると、他の管理者も似たような性質なのかもしれない。


「無人偵察機をあげることもできます」


 チャーリーの心を読んだかのように控え目に、だが、絶大な効果のある提案をスノードロップがしてきた。チャーリーは少しだけ声の調子を下げて、


「彼らに攻撃や略奪の意図はなかった。あからさまな警戒はやめよう」


 彼の言葉にエフティーが頷いた。


「わかりました」


 スノードロップは必要だったらする程度だったのか、あっさりと提案を下げた。


『強奪の下見なら見えないようにするだろ』


 マイクが指摘した通り、彼らはあまりにも姿を見せすぎた。丘の上から無人作業機械や住人が作業している様子も確認できただろう。もし、やるのだったら、とチャーリーは考えを言葉にする。


「昼に下見をするなら遠くから。夜の闇に紛れこんで一気に、もありかな」

『……手慣れてるな。やったことあるのか?』


 マイクの言葉にチャーリーは手をひらひら振って、


「ないない。されると困ることを並べただけだよ」

『みんな、音声の解析結果がでた。言語は一緒だけど、発音や文法が変化している』


 会話に割り込むようにスパークが報告してきた。マイクがまだ追及してきそうだったのでチャーリーは安堵を覚える。


『というと?』


 エフティーに結論をうながされ、スパークは結論を穏やかに言った。


『僕らの遠い親戚だってこと。もう少しかみ砕いて言えば、ワンダーの言葉は僕らと同じだ。でも、語彙の圧縮が進んで、素早く相手と意思疎通できるよう進化している』


 解析結果が各自の端末に共有された。ワンダーの一つの言葉に逃げろ、避けろ、走れ、の三つの解釈が紐づいている。映像解析と組み合わせると、ジェスチャーによって言葉の意味が変わる可能性も示唆されていた。


『これが今の限界だ。もっと、単語のサンプルがいる』

「だとすると、行動と会話を繰り返す必要がありますね」


 スノードロップの言葉にスパークは深く頷いた。


『言葉と意味を紐づけるにはそれが最適解だ』

「管理者の使う圧縮言語を研究材料として共有します。質問は大歓迎です」

『資料の公開範囲は問題ないか。――みんな、新情報が来た。管理者の圧縮言語、ベースが共通でワンダーとは違う発展系だ。比較分析で精度があがりそうだ』


 スパークとスノードロップはワンダーたちとどうやって話すかに注目しているようだ。まず話すことからはじめる二人らしいやり取りだとチャーリーは感じた。


『スパーク、音量下げろ』

『おっと、ごめん』


 スパークはミュートにして、後ろにいる他のメンバーと話をしはじめた。


『彼らはまた来ると思うか?』


 エフティーは誰ともなしに言った。


「今度は挨拶に来るかもしれない。贈る品は考えておくよ」


 床を軽く蹴って回転する椅子の上でチャーリーは続ける。


「被害は出てない。野生動物に備えてプランテーション周辺の柵の強化の優先度をあげよう」

「そうですね」


 スノードロップは頷いて、空中投影ディスプレイに映っているタスクの柵の強化タスクの優先順位を上にした。これなら数日中に着手になるだろう。


「後は、待つしかなさそうです」

「そう言って裏では結構、調べてるんだろう?」

「ええ、それなりに」


 スノードロップは空になったコーヒーカップを片付けて笑う。彼女が複合コロニー「アスチルベ」の管理者だと言われて、素直に信じる人がどれほどいるだろうか。

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