第32話 説得
――コロニー「ヒース 2nd」空中庭園 F4
<待ち合わせ場所の空中庭園にスノードロップはいた。ベンチに腰掛け、植え込みの花を眺めていたようだ。穏やかな午後の光が白い髪を照らしている。入口に立った私に気が付くと手をひらひらと振って、私を招く>
【しらじらしいとふてぶてしいのは承知の上で、説得したときの様子を教えてください】
いろいろといわれたようですね。
管理者がここまで互いに好きに物言いをするようになるのは少々、意外です。
【はい。ここ数十年で劇的な変化がありました。当時のことを聞かせてください】
では、どこから話しましょうか。
事故から8日目、コロニー「クロッカス」のスピアヘッド隊が通信網を構築したところにしましょうか。ヒースからクロッカスを中継し、コロニー間ネットワークに接続していました。
住人代表の方からヒース管理者を説得してほしい、と頼まれて、私はヒース管理者との対話を試みました。
帯域は狭く、テキストチャットが限界でした。いつものように大量の情報を追加してのやり取りはできません。
挨拶もそこそこに『ここを守り続ける』と告げられました。次々と施設や設備が限界を迎え、機能停止する中、それでもやり通す、と譲りません。
なぜですか、と尋ねると『ブリザードが過ぎて人が戻ってこられるように』という答え。その言葉を聞いて、彼が死ぬ気なのだと直感しました。
私もかつて、すべてを引き受けて最後まで残ろうとしたことがあります。そのとき、とある住人がこう言いました。「一人で頑張りすぎだ」と。その出来事を思い出しながら『そういう責任の取り方もあるでしょう』と同意しました。
同意が意外だったのでしょう。『否定しないのかい?』と聞いてきたんです。ほかの人から逃げるようにいわれていたのでしょうね。
【否定しなかったのは、意図的な判断だったのですか?】
否定から入れば、彼は話を聞いてくれないでしょう。彼の覚悟に敬意を表しつつ、別の選択肢を提示するのが私にできる最善だと思いました。
ただ、送信してから返事が来るまでの間、これが正しかったのかどうか、私にはわかりませんでした。間違えれば、彼は本当にそのまま死んでしまう、それだけは確信を持っていました。
長い沈黙が訪れました。テキストでも彼が迷っているのが感じ取れるほどに。
私が『否定するつもりはありません』と書き込むと、今度はすぐに『別の選択はあるのかな?』と質問が来ました。『まずは生き延びてください』と短く返しました。
【ほかにはどのような話をしましたか?】
どのような形で役割を果たせるのか、そこにどのような苦労が伴うのかは一通り話したと思います。判断の材料になるよう心がけました。
最も難しいのは住人との信頼関係の再構築だと話すと、彼はすぐに興味を示してきたので、なるべく詳細に触れました。やり取りしていて思ったのは、私が経験してきたことと、彼が経験しようとしていることはまた違うということです。
【どのような違いが?】
彼は天災という外的要因、私の場合は先代管理者の予測ミスという内的要因でした。始まりが違うとやり方も変わります。
でも、住人との会話がキーになる点は同じです。彼は『住人代表の彼なら』といい、私は公開されている情報を確認して、『最適な人物だと思います』と返事をしました。
長い対話の末、彼は私の提案を受け入れてくれました。
正直に言えば、ほっとしました。彼が生き延びる道を選んでくれたことが、何より嬉しかったのです。
彼は『次はどうすればいい?』とすぐにいってきました。
もう迷いはないと確信して『これから解体と移設を行います。シャットダウンの準備をしてください』と私は返しました。
『わかった。シャットダウンの準備をはじめる』
『グッドラック』
彼とのチャットが終わると、私はコロニー間ネットワークのヒース関連チャットで避難の具体化や物資の生産計画を立てていました。確実性の高い計画ができた頃、ヒースのエンジニアチームからシャットダウン成功と解体作業開始の知らせが届きました。
【この経験は、あなた自身にとってどのような意味がありましたか?】
私はあのとき、彼の言葉の一つ一つに自分自身を重ねていました。
生き延びることを選んでくれたのは彼の決断です。私はただ、選択肢を提示しただけですから。
言葉の重さには存在理由も含まれる、それが学んだことです。




