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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
第1章 ハイレゾリューション

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第3話 リアクション・カーブ

 先端技術開発室にフロースアルブスのデータ解析のためにスパーク、シンク、ビオ、ギアの4人が集まっていた。それぞれが得意な分野でデータやフィードバックから何か課題はないかを探している。

 課題と言えるものはなく、調べるほど安定稼働していることがわかった。複数の特化思考装置は協調動作している。不和は発生するが上位である統括ユニットの制御範囲内だ。


「やり遂げたようですね」


 計測結果を見たシンクの言葉にスパークが頷いた。


「この数カ月でここまでこぎつけたのは皆のおかげだよ」

「コミュニケーションチームにも礼を言っておかないとな」

「打ち上げをそろそろしようか」


 スパークの提案にシンクとギアが笑顔で頷いた。

 スノードロップは、既存のヒューマンモデルをフロースアルブスのデータをもとに更新中だと報告してきた。より精度が高く、より軽量なモデルになる見込みだという。

 他のコロニー管理者からも"コミュニケーター"の設計資料を共有してほしいと要望が来ており、設計の見直しも進んでいる。作りやすさと扱いやすさを向上するためオーバースペックな機能を省くつもりだ。更新されたヒューマンモデルを中間層にすれば、管理者のハードウェアに手を加えずに使えるというのがスノードロップとスパークたちの共通見解だった。


「スパーク」


 シンクがスパークを呼ぶ。役職ではなく名前で呼ぶ時は個人的な話の証拠だ。


「なんだい」

「フロースアルブスはただのプレゼントではないですよね」

「ああ、それか」


 いつか聞かれると、スパークは予想していたのか、何事もなかったかのように答える。


「母さん、ようはスノードロップの処理負荷を下げたいのも目標だ。もう一つはスノードロップを知ることだ」

「知ることですか。それは人間的な理解ではありませんか?」

「その通り、人間的な理解だと思う。そのためのアバターとでもいうべきかな」

「スノードロップが人間の感覚で話せるようになったのはいいけど、管理者の仕事に影響は出ないの?」


 ビオの声には不安が滲んでいた。


「仕事はしやすくなったと僕は思っている」


 スパークは予想通り計算負荷が減ったこと、人間の機微が読み取れるようになったことで、雑談から交渉までスムーズになったことをかいつまんで説明した。


「言いたいことはわかる。けれど、人間的な視点と管理者の視点って両立するの?」

「大事な問いですよ、スパーク」


 ビオを援護するようにシンクが言葉を重ねる。より深い意図を聞きたいのだとスパークは理解した。


「結論から言えば、両立できると思っている。今までその釣り合う場所を探してきたんだから」

「思う、か。手伝ったのちょっと後悔してるよ。悩みの種を増やしたんじゃないかって」


 彼女はフロースアルブスの開発で生物模倣の知識と技術を惜しみなく使った。その結果、フロースアルブスはスノードロップの人間理解の最高の器になっている。本来なら誇るべきことだが、ビオは俯いていた。

 ビオの背中を叩いてギアは、


「珍しく弱気じゃねえか、ビオ」

「生物はなんでもできる。だから、なんでもぶち当たる」


 生物はなんでもできる、が口癖のビオだからこそ、続きの言葉が重たい。


「その通り、人間に寄ったからこそ、起きる問題もあるはずだ。あまり言わないけどね」


 肩をすくめてスパークは言った。


「少しはいうのですね」

「とはいっても、機微がわかるようになって戸惑いを覚えることがある、ぐらいだよ」


 スパークは言葉を区切る。

 問題が起きたとは聞いていないが、それと本当に問題が起きていないのかは別だ。

 人がそれぞれのやり方で解決してきた問題なのだから、スノードロップなりのやり方で解決できる、とスパークは確信していた。


「昔、コロニーの管理者はどんな感覚か聞いたことがあるんだ。データのすべては暗号化されて、光の雨のようになっていた」


 スノードロップが空中投影ディスプレイを部屋全体に展開して、その様子を見せてくれたのを思い出す。音もなく降り続ける光の雨を二人は静かに眺めていた。


「一粒一粒を指して、これはどこの施設からの定期報告で、こちらは地下の核融合炉の稼働状況で、と説明してくれたのを覚えている。こんな膨大な情報の中にいるのが当たり前なんだ、とも思ったよ」

「それが原点なんですね」


 シンクの言葉にスパークは深くうなずく。

 あまりにも自分たちは違う存在なのだと強く認識した瞬間であり、もっと、話がしたい、知りたいとも、彼の心に刻み込まれた瞬間でもあった。


「フロースアルブスは、人間と管理者の接点なんだ。僕らが管理者を覗き見る望遠鏡になる」

「管理者が私たちを覗くとき、私たちも管理者を覗いている、ということですか」


 ビオとギアの二人が呆気に取られているのを見て、スパークは苦笑した。

 シンクはわかっているから確認のために話している。あるいは、もっと、遠くを見ているようだとスパークは思う。


「そこまでこだわること、なのかな」


 ビオが呟いた。


「選択肢があることを知らないと、選択できないんだよ、ビオ」

「ま、嫌なら、使うのを控えればいいわけだしな」


 ギアはどこか納得した調子で言う。彼が一番、割り切り上手なのかもしれない。


「もし、だよ。スノードロップが人として生きたいって言い出したら?」


 昔も似たような出来事があり、その時はスパークは問う側だった。まわりまわって答える側になるとは、とスパークは内心で笑う。


「なら、その選択を尊重する。コロニーは僕らの手で運用できるんだから」


 人員の拡充や補助のために統括ユニットの整備はいるだろうが、管理者がいなくてもやる方法はあった。


「逆に人を理解したくないと、言ったら?」


 考えたくないパターンだ、とスパークは思う。対話を閉ざすことはないと信じたいが、そう思う可能性はあり得る。

 今まで対話の姿勢を保ってきたのは感覚の弱いアルバだったから、とも考えられた。フロースアルブスのおかげで、機微がわかるようになって戸惑うときがある、とスノードロップ自身がスパークに語っている。その時に後ろ向きなニュアンスは感じられなかった。しかし、わかってしまうがゆえに人を理解するのを拒否する可能性は捨てきれない。


「その時は、引き留める」

「それは、息子として?」


 ビオの瞳がスパークを真っすぐ捉える。スパークはそらさずに、


「格好つけた言い方をするなら、ひとつの知性体として。どんな手段を使ってでもね」


 対話をやめるのは自殺行為だ、とスパークは思う。

 醜いものを見てしまったのなら、美しいものを見せればいい。飽きてしまったのなら、違うものがまだあると示せばいい。

 スパークの静かだが力のこもった言葉にビオは短く、わかった、と言った。


「一人で抱え込んでもいいことはありませんしね」


 シンクが補うように言った。スパークたち三人がそれぞれ頷く。


「強引にまとめれば、僕たちはより深く対話するチャンスを作ったんだ」

「その先はどうなると思いますか?」


 どこか楽しそうに問うシンクにスパークはしばらく考える。対話を繰り返し、たまにすれ違ったり、衝突をしながらここまで来た。やっていけるという確信を込めた笑顔でスパークは応じた。


「楽しくなるよう願ってるよ」


 視線を移せば、窓の向こう、天体観測室のある小ドームが太陽の光を浴びて輝いている。

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