第26話 緊張
――コロニー「ヒース 2nd」中央棟、気象観測室
<ヒース 2ndの中央塔にはコロニーの統合管理室をはじめとする重要な施設が集中している。その施設のひとつに気象観測室もあった。セキュリティチェックをいくつか受けて、私は気象観測室に入ることができた。ミシェル氏は指令室から気象観測室を見下ろしてから、私に向き合った>
【AD2190.09.30にドームが破損したときの居住区の様子を教えてください】
最初に何かの割れる音、続いて今まで聞いたことのない警報が響いた。慌てて外に出ると、遠くのほうでヒートパイプの中にあるはずの不凍循環水が霧のように降っているのが見えた。
ヒートパイプが壊れるのは何度か見たことがある。アナウンスとほぼ同時に壊れた部分が隔離されて、不凍循環水が止まっていたんだが、その時は違ったんだ。
いつ止まるのだろう、と見ていると、気温が下がりはじめた。誰かが俺にぶつかっても俺はその場に立ち尽くしていた。文字通り、立っているしかできなかった。
俺の肩を隣人のカタリナが掴んだ。その時、彼女は何か言っていたはずなんだが、よく聞き取れなかった。
彼女に手を引かれて、たどり着いたのは地下の作業区の空き倉庫だ。
地下に降りる階段で、自分の足音がやけに大きく聞こえた。心臓が早鐘を打っている。息が荒い。走ったせいだと思いたかったが、そうじゃないことは分かっていた。
頭の中で同じ言葉が何度も繰り返されていた。なぜ、なぜ、なぜ。答えなんて出るはずもないのに、止められなかった。
「ここならドームが落ちても大丈夫だ」
と誰かの言葉が聞こえた。
周りには同じように避難してきた住人で溢れていた。皆、不安そうな表情で……着の身着のままの奴もいた。
……カタリナは新しくやってきた住人に駆け寄って、外の状況を聞いているようだった。そこでようやく、俺は事態の深刻さを理解したんだ。
コロニーに物理的なダメージを与えるブリザードの中に俺たちはいる。
今から脱出しても、おそらく助からない。ブリザードが過ぎるまで待てばいいが……コロニーのダメージが大きければ、俺たちは終わりだ。
【あの、本日はここまでで――】
配慮はありがたいが、最後まで話させてくれ。
……ブリザードの予報が出たら、コロニーの中か、家の中でやり過ごす。それで今まで良かったというのに何で今回はダメなんだ。どうして、こんなことになっているんだ。
何もかも許せなくなって、壁に頭を叩きつけようとして、ふと気がついたんだ。
この事態を予測できなかった奴がいる、管理者だ。
「管理者の奴、何をしているんだ……」
俺は独り言のつもりだったんだ。まわりではほかの住人たちが話をしていたから、聞かれると思っていなかった。
空き倉庫内で「管理者のせいだ」の大合唱が始まって、その認識は間違いだと気が付いた。
最初はほかにも同じことを考えている奴がいてほっとした。むしろ気分が良かったぐらいだ。
ほかの住人達と、管理者の無能さや不満を言い合っていると、俺は冷たい視線を感じた。
カタリナだ。倉庫の入口に立っていた彼女は今まで俺に見せたことのない表情を浮かべていた。一生忘れないだろうな。




