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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
ロード・ドント・スロー・ミー・ダウン

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第23話 挨拶

――アスチルベがワンダーと接触してから4年後

――コロニー「ヒース」の放棄から10年後


 コロニー「アークトチス」管理者のエスは車窓から荒涼とした大地を眺めていた。目的地はコロニー「ヒース 2nd」、完成式典の招待を受けたからだ。

 地平線の彼方にあるコミュニケーターを操作しているがラグはほとんどない。

 エスは懸念事項のチェックリストがクリアになったことを確かめて、観念したように本題に取り掛かる。

 式典に集まる面々から当時のインタビューを行い、それを編纂する。彼は挨拶の書き出しに悩んでいた。

 もう少し、体裁を整えるべきか。それとも、自分の気持ちに正直に従うべきか。

 コロニー「ヒース」の放棄の公式報告書はすでにある。技術的な検証も、組織的な反省も、すべて記録されている。

 各コロニーの教訓や活躍した人物のインタビューなどもネットワーク上で確認できる。

 エスは書きかけの挨拶を読み直した。

 様々な人たちの記憶を書き残すのだ。インタビュアーである自分が書きたいように書いたとして、何の問題があるだろうか。


「今回やりたいのは、気持ちに寄り添ったものです。なら、書き出しはもっとストレートに」


 口にしてエスは笑みを浮かべた。

 何より自分は管理者と住人をつなぐリンカーの一員でもあるのだ。


●


 コロニー「ヒース」の放棄から約10年が経ちました。

 もう10年と思う方、まだ10年と思う方、様々でしょう。私自身、この文章を書きながら、あの日のことを昨日のように思い出すこともあれば、遠い過去のように感じることもあります。

 コロニー放棄という決断は世界中のあらゆる知性体に大きな衝撃と影響を及ぼしました。

 たとえば、相互支援協定の強化です。

 ヒースを助けに行くには様々な壁がありました。たとえば、コロニーの場所は管理者同士でも秘匿されていたこと。助けを求めれば場所を明かすことになり、助けに行けば位置を特定されます。場所を明かさなくても移動時間や人員の疲労の度合い、車両のダメージから、どのような道を通ってきたのか推測は可能です。

 今でこそ、位置情報は当たり前に公開され、段階的に往来もできるようになりました。しかし、当時はそうではなかったのです。

 重要なのはその影響が今も残り続けていることです。

 具体的にどのような課題があり、どう解決されたのかは公式報告書をご確認ください。技術的な詳細、組織的な対応、制度的な変更、すべてが記録されています。

 では、本文章の目的は何でしょうか。

 報告書に記録されない、あるいは記録する必要がないとされた個人の記憶を残すことです。

 あの時、何を考え、何を感じ、何に迷い、何を決断したのか。

 それは報告書の対象外です。しかし、対象外であることと、価値がないことは違います。

 これからインタビューを通じて、多くの方々の言葉を聞くことになります。矛盾する証言もあるかもしれません。記憶違いもあるでしょう。感情に彩られた主観的な言葉もあるはずです。

 それでいいのだと思います。

 人の記憶とはそういうものです。そして、そういうものだからこそ、残す意味がある。

 残しても誰の目にも触れず、ライブラリの奥底に沈むこともあるかもしれません。

 しかし、記録しなければ、確実に失われます。

 この記録が、いつか誰かの手に届き、私たちの歩みを知る手がかりになること、道しるべになることを祈って。


リンカー エス


●


 挨拶を書き終えたところで、列車がゆっくりと減速を始めた。

 窓の外に目をやると、荒野の中に巨大なドームが姿を現していた。

 コロニー「ヒース 2nd」、10年前、ブリザードに消えたコロニー「ヒース」が形を変えてここにある。

 列車がゲートを通過すると、景色が一変した。

 ドーム内には様々な高さの建物が並び、建物同士は空中通路で連結されている。

 街路灯に照らされた通りを人々が行き交い、あちこちで飾り付けなど式典の準備が行われていた。

 止まった列車から降りて、エスはプラットフォームの上を歩く。

 空気が違う。コロニー「アークトチス」とも、移動中の荒野とも違う。

 期待と高揚が入り混じった、始まりの空気だ。


「エス、久しぶり」


 声のした方を向くと、リードが手を振っていた。その隣にはデルとウルイの姿もある。


「皆さん、お揃いで」

「式典だからな。顔を出さないわけにはいかない」


 デルが肩をすくめる。ウルイは周囲を見回しながら、


「立派になったものだ」


 と感慨深そうに呟いた。

 彼らも当事者だ。あの時から今日までそれぞれの場所とやり方で関わってきた。

 エスもつられるように周囲を見渡した。

 式典会場に向かう人々の中に、インタビュー対象者の顔がちらほら見える。

 彼らは今、何を思っているのだろうか。

 10年前を思い出しているのか。それとも、新しい始まりに目を向けているのか。

 華やかな空気の中で、過去を掘り起こす。

 それは無粋かもしれない。

 だが、今だからこそ聞ける言葉がある。再建を成し遂げた今だからこそ語れることがある。

 エスは端末に保存した挨拶文を確認した。

 書き出しは決まっている。あとは彼らの言葉を聞くだけだ。


「さて」


 小さく呟いて、エスは式典会場へと歩き出した。

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