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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
インタープレナー

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第22話 混交

 レグルスはアスチルベを知りたくて、コミュニケーションチームの皆から話を聞いた。今のアスチルベはわかるが、過去のアスチルベとなると個人的な解釈が多くなる。


「レグルスさん、このコロニーで最も語り部にふさわしいのは、スノードロップですよ」


 シンクにいわれ、レグルスは静かに頷いた。否定しようがない。


「文化継承施設が面白いですよ」

「どう面白いんだ?」

「それは、見てからのお楽しみで」


 普段は丁寧に説明する青年だがたまにこういうぼかし方をするのがシンクだった。

 結果的にレグルスはフラワーにある文化継承施設まで来ていた。

 手前のコーナーではもの作りを体験させるためか、いろんな道具や最新鋭の3Dプリンターまで並んでいる。幼い子供と少年がグループで何かを作っていた。先生役の青年が空中投影ディスプレイの横で説明をしている。

 さらに奥に行くと歴史に関する展示エリアの文字が天井近くに浮いていた。他のエリアとは明確な境がない。空中投影ディスプレイに浮かぶ様々な映像や文字が壁の代わりのようだ。近づくと、背景が白になり、映像や文字が見やすくなった。

 最初の展示はコロニーの生い立ちだ。現存する資料と当時の住人の証言をもとに再構築されていた。そこでレグルスはこのコロニーでは打ち壊しがあったことを思い出した。

 次は住人たちが打ち壊しを決めて、実行するまでの経緯に触れられていた。時系列をまとめているだけ、という印象だ。隣にある打ち壊しの旗振りをしていた人物の日記は苦悩が滲んでいる。


「解釈は、任せる、か」


 これがアスチルベのやり方らしい、とレグルスは顎のひげを撫でる。

 さらに進むと、「私が生まれた日」というキャプションのついたパネルが現れた。スノードロップの記録も出てくるが、個人としての日記もある。


「親は選べないか」


 管理者の場合、親は子を作れる。親から子に対する期待のずれは少ないかもしれない。だが、子から親の諸問題は人間と変わらない。むしろ、複雑かもしれない、とレグルスは思う。

 先代管理者の打ち壊しからどうやって、持ち直したのか、といった経緯が詳細に書かれている。興味深いのはスノードロップは住人と協力して問題の解決にあたっていることだ。

 その後、70年以上の時間をかけてアスチルベの中で管理者と住人の協力体制が作られ、家や設備などの改善が行われていった。料理が再発明されたのもこの時期のようだ。

 スノードロップの日記に辛いラーメンで生体を壊した、と書かれていることにふと、気がついた。前の文を読むと、住人から贈られたものだとわかるが、関係性はどうなっているのか。レグルスはその場でしばらく唸り、考えるのをやめた。

 次のパネルでは知った顔が出てきた。マイクだ。レグルスはここを通り過ぎるべきかどうか悩んだ。過去を知ると判断に迷いが生じやすくなってしまう。こうやって公の場にある以上は知っていいことなのだと、レグルスは結論を下して、パネルを見た。カメラを睨みつけている若いマイクを見て、レグルスは思わず笑いそうになったのをこらえる。今の彼も目つきは悪いが、ここまで露骨な表情は演技でもしないだろう。

 スノードロップの視点では人とのかかわりを重視するようになった出来事だが、近いことがマイクにも起きていたのだろう。その結果、彼はコミュニケーションチームに入り、意見を素直に出さない者たちとの会話を率先的にやっている。

 地上では畑が大きくなり農園になり、地下ではコロニー拡張のための計画が動き出し、それらが結びついてコロニー「リーフ」の建設が始まる。次に今いるコロニー「フラワー」の建設が始まるが、途中で作業員数名が巻き込まれる崩落事故が起きる。事故発生直後にスノードロップが指揮をとり、救出に挑んだと書かれていた。

 そこまで読んでレグルスはパネル全体が見えるよう数歩下がった。

 事故現場周辺の地図、タイムライン、関係者の証言などが並んでいる。スノードロップをはじめとする救出チームも、コロニーの住人も、巻き込まれた作業員たちもやるべきことをやっていた。誰かに任せて待つことを知らない。思っている以上にこのコロニーは強かだ。

 記憶を整理するためにゆっくりと歩いて隣のパネルに向かう。おそらく、自分たちのことが書かれている、と思っていたが、


「『もっと、遠くへ』とは力のある言葉だ」


 外に出れば困難が待ち受けているかもしれないが、それ以上の驚きや喜びがあるのだと書かれていた。困難にはアルカディア感染症、驚きや喜びに新たな人々の出会いとだけあり、ワンダーの名前は一切でていない。

 このパネルだけ抽象的で物足りない。今に近いから正確な評価が難しいのかもしれないが、当事者が揃っているのだから、もっと、具体的に書けるはずだ、と考えて、これは語り部としての性だ、とレグルスは声を出さずに笑う。

 思慮深いスノードロップのことだ。意図的にぼかしたのだろう。どうするにしても、スノードロップと話す必要がありそうだ。

 そして、展示エリアを後にした。



 レグルスがアスチルベの歴史を反芻しながら歩いていると、施設内を一周していた。来たときと変わらず組み立てのコーナーには人が多い。


「こんにちは、レグルスさん」


 横から声をかけられ、そちらを見ると、スノードロップが立っていた。


「随分と私的な日記が公開されていたが、いいのか?」

「コメントを控えさせていただきます」


 いたずらっぽい調子の言葉にレグルスは、


「口伝なら多少のごまかしも聞くだろうに」


 といった。


「あなたの口伝は正確だと聞きました」

「それはありがたい話だ」


 嘘はいっていないが、いっていないこともある。話が細かいと本質や教訓が伝わらないからだ。


「改めて、ワンダーの文化や知識を聞いてみたいです」

「こういう施設は作らないと約束してくれるか?」

「はい」


 スノードロップの答えにレグルスは安堵を覚えた。アスチルベのやり方を否定するつもりはない。自分で考えさせて、追体験させることにあの展示は意味がある。それは、レグルスをはじめとするワンダーが大事にしている体験に通じていた。


「最後のパネルだが伝えたいことを伝えきれてないだろう?」

「同意を得ていませんでしたから」

「なら、同意しよう。あれではしまりが悪い」

「先ほど、施設は作らないで欲しいといってましたよね」


 彼女の言葉にレグルスは頷く。


「だが、パネルに書き加えるぐらいはかまわない」

「ありがとうございます、レグルスさん」


 そんな話をしていると、3Dプリンターの成型待ちの子供や若者に囲まれていた。


「狩りをするってほんと?」

「俺たちが作った肉はうまかったか?」

「質問には一つずつ答えよう。皆、時間はあるだろう?」


 ばらばらに頷く面々を見て、レグルスはゆっくりと話し始める。


「狩りはする。武器や罠を使って獲物をしとめる」

「どんなふうに?」


 目の前の子供がレグルスを見上げて聞いてきた。狩りをしないコロニーにどこまで持ち込んでいいのか、考えるレグルスの横でスノードロップは、


「私も聞きたいです」


 この年になって人に背中を押されるとは、とレグルスは内心で驚いた。息を整えて、


「では、話そう。よくある狩りは、チームでやる。役割は遠くから全体を見る者、獲物を追い込む者、獲物をしとめる者だ。人数は少なくとも4人」

「1人は何するの?」

「何もしない」


 意外な答えに少年はえー、といった。確かにと頷く者もいれば、納得した顔の者もいる。

 レグルスは納得した様子の青年に質問する。


「何もしないのは不思議ではないかな?」

「いいや。何かあったときに動ける奴が一人は欲しい」


 青年の声には確信が宿っていた。


「同じ考えだ。ああ、私はレグルスだ。君は?」

「ギアだ」


 聞き覚えのある名前にレグルスは横にいるスノードロップを見た。目があうと彼女は微笑んだ。意図があったかは別の時に聞こう。

 気を取り直して、元・長老は語り続ける。

 ワンダーの一人として、レグルスとして。

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