第20話 孤立と孤独と
オリオンたちがアスチルベを出発してから1ヶ月が経過した。移動距離は約120km。彼らのチームの補給と情報拠点である第3号ハブの設置が始まっている。ハブ第2号から持ってきた3Dプリンターは問題なく動作し、第3号ハブは順調に形になっている。
早速、オリオンたちは道を決めそれぞれの方向に向かって進み始めた。狩りや寝床探しに最初は苦戦したが、自分の食べる分だけと絞ると選択肢は増えた。小動物を対象にしてもいいし、自生している植物が時には水源にもなる。
「ただ、これはダメだろうな」
オリオンは端末でスキャンした結果を見てつぶやいた。キノコ類があちらこちらに自生しているが、どれも毒性が高いか、識別不能だという。後者はもしかすると、と思ったが命の危険があるので見送った。
「アスチルベからだいぶ離れたな」
『問題ない』
「スタンドアロンで行けるもんな、お前は」
オリオンの後ろを無人作業機械「キュリオシティ」が荷物類を荷台に乗せて進んでいる。コロニー内で見た無人作業機械よりも一回り大型で、足場の悪い場所での行動を前提に作られている、と説明があった。スノードロップが好む無人作業機械クストスの系譜にあるという。
あのスノードロップという管理者と話していると、管理者であることを忘れてしまう。他のワンダーにも聞いたら似たような感想があった。違ったのはアルタイルとレグルスの二人だが、彼らはスノードロップと付き合いが長いのもあってか、考え方が違うようだ。
『擬似的なスタンドアロン』
邪魔な枝をナイフで押し除けながら、
「擬似的?」
外部との通信なし、スタンドアロンで稼働するとスノードロップはいっていたはずだ。
『定期的に補充、メンテナンスが必要』
「それ言い出したら、俺たちだって、ハブがなきゃ生きていけない」
そのハブはアスチルベが提供してくれたものだ。その引き換えに地形データや生物のサンプルを送ることになっている。
これは本当に一人で狩りをすることなんだろうか、と疑問はある。だが、今は仲間と一緒にハブを作り、そこから離れてそれぞれ狩りをするのが限界だとも思う。
『孤独と孤立は違う』
「小難しいことをいうなぁ」
後ろを歩く、キュリオシティを見て、オリオンは笑う。両方とも一人であることに変わりはないのに、具体的な違いがよくわからない。意味が違うから別の言葉がある、とレグルスがいっていたのを思い出した。何の話題だったか思い出せないが、その言葉だけは印象に残っている。
歩いていると、突然、視界が開けて、オリオンは足を止めた。後ろの足音も即座に止まった。
「この先は崖か」
足元を確かめてから景色を見る。薄く霧が立ち込めていて全体はつかめないが、崖下には森が広がっていた。天気が良ければ、地平線が見えたに違いない。
しかし、どう進んだものか。これだけの崖だと強風に煽られて転落しそうだ。オリオンは森に引き返そうと、向きを変えた瞬間、ぞわっとしたものを感じた。彼の立っている地面が崩れ、形を失っていく。
まずい、と咄嗟にオリオンは手を伸ばすと、キュリオシティが補助腕を伸ばしてきた。が、掴めない。あまりの現実感のなさにオリオンは嘘だろ、と呟く。斜面に身体が叩きつけられた衝撃にオリオンの意識は落ちた。
●
オリオンは目を覚ました。視界がおかしい。妙に暗いのだ。身体を起こそうとして、激痛に歯を食いしばった。衝撃ともいえる痛みに意識ははっきりした。いったい、どれぐらい落ちたんだ、と見上げたが霧で見えない。
足は痛みを訴えるわりにほかの感覚がぼやけている。視界が徐々に暗くなっているのは危険な兆候だ。オリオンは腰のポーチからSOS発信機を取り出した。狩りに使うボウガンを小さくしたような作りをしている。
使い方を思い出すよりもはやく、手にも力が入らなくなってきた。急げ、オリオン。彼は自分に言い聞かせ、上に向かって引き金を引いた。小さな反動にオリオンは斜面に倒れる。
テーザーケーブルが伸びていく音を聞いて、どこかに固定する必要があったな、と思い出した。もう見えないが落ちてこないということは、バルーンが展開されている。その浮力を今の力では支えられないだろう。
ここまでか、と呟くことすらかなわない。オリオンは目を閉じる。最後まで残っているのは聴覚だというが、テーザーケーブルの伸びる音が最後だとは思っていなかった。
別の音と彼の名を呼ぶ声が聞こえ、最後に聞くのがこれなら悪くない、とオリオンの意識は無に消えた。
●
――事故から3週間後、複合コロニー「アスチルベ」の「フラワー」の第8整備室
「調子はどうですか?」
スノードロップは試運転中のキュリオシティに声をかけた。SOS発信機のテーザーケーブルを掴むため、高さ30mの崖上から着地した衝撃はすさまじく、脚部は大破、シャーシまで歪んだ。特化思考装置をはじめとした中枢部分は無事で、改良型の機体に移植ができた。
『上々』
キュリオシティはその場で旋回して見せた。動きは滑らか、異音もない。完全に馴染んでいることにスノードロップは安心する。
「バルーン型SOS発信機のテーザーケーブルを掴んだ理由はなんですか?」
『オリオンの意志を繋ぎとめるため』
「なら、最高の判断です」
ワンダーの流儀で考えれば仲間として理想的な動きだ。いや、アトラスやレグルス、アルタイルはそう思うだろうか。アスチルベの管理者はしばし考える。
「でも、今回みたいな無茶はしていけませんよ」
『強度計算済み』
「着地後、歩行可能であると条件に加えてください」
『了解』
彼女は機体の改良案の中に危険なものがあったのを思い出して、
「スラスターユニットは却下です」
『着地に必要』
スノードロップは苦笑を浮かべる。
「スラスターだと管理が難しいですから。代わりにパラシュートと減速用の羽、どちらがいいですか?」
『羽』
「理由は?」
『恰好いい』
「では、それらしい羽を用意しましょう」
立ち去ろうとするスノードロップをキュリオシティが呼び止めた。
『オリオンは』
「あなたと同じくリハビリ中です」
『生きてる?』
「はい。あなたの適切な判断の結果ですよ」
●
――同じ日の午後、「フラワー」リハビリエリア
「先生、めっちゃ痛い」
「神経が生きている証拠よ。ほら、あと三歩」
手すりで身体を支えながら、右足を前に、左足を前に、落ちたときより痛い。
「あと一歩」
「先生、勘弁してくれ」
「あなたの身体の組織はきれいに再生している」
担当医であるドクは歌うように続ける。
「先も言ったけれど、その痛みは生きている証よ」
つまり、ここで歩くのをやめたら、死んだも同然と言いたいのか。オリオンは乱暴に左足を踏み出した。痛みが背骨を伝って脳を直撃したが歯を食いしばって堪える。
「今日のリハビリはここまで。お疲れ様」
ドクが運んできた車いすにオリオンは身体を落ち着かせる。
「なぁ、先生、この痛み、いつまで続くんだ?」
「最低でも1週間、長くて3週間。頑張り次第ではもっと短くなるかも」
三週間と聞いてオリオンは言葉を失う。徐々に薄れていくのだろうが痛いものは痛い。少なくとも一週間は耐えるしかない。いくらドクの言葉でも頑張り次第で一週間の壁が越えられるとは信じられなかった。
「あなたが生きているのは奇跡なのよ、わかってる?」
「そりゃ、先生とここの設備なら――」
「先にレグルスさんたちがここで治療を受けたから、あなたもすぐに治療できた」
「どういうことだ?」
車いすをゆっくり押しながら、ドクは続ける。
「レグルスさんたちの再生治療から私たちが学んだ。それがあなたを助ける力になった」
「なる、ほど」
廊下の窓越しに外を見る。球状の屋根を持った複数の建物が並んでいる。風変わりな景色だ。
「先生、ひとつ聞いていいか」
「治療に関わるなら聞くわ」
聞くかどうかオリオンはしばらく考え、意を決していった。
「孤独と孤立の違いってなんだ?」
「一人でいることと、一人でしかいられないこと」
何が違うんだ、とオリオンは頭をかいた。納得がいってないことを察して、ドクは続ける。
「選択の余地があるかどうかは大きな違いよ、オリオン」
「……そうだな、大きな違いだ」
彼の病室の前までついた。
「ありがと、先生」
「明日はインスペクターが担当だから」
「えー、あのおっさんかよ」
インスペクターはドクと違って励ましもしなければ、雑談もしない。静かすぎて苦手だった。
「はぁ、キュリオシティどうしてるかな」
「会いたいなら治療に専念することね」
「わかったよ」
車いすが近づくと扉がゆっくりと開いた。オリオンはそのまま部屋に入る。
扉が閉まったのを確かめてオリオンは最大の疑問を言葉にした。
「なんで通信も駄目なんだ?」
痛みをこらえてベッドに寝転ぶ。まったく、アスチルベは妙なところで精神論が入る。アトラスたちが認めたのは変なところに親和性があったからに違いない、とオリオンは思う。
しばらくして、自分でもあきれるほど単純な答えが浮かんだ。
「リハビリに専念させるためだってか?」
いいさ、やってやろう、と思ったところで、空腹感を覚えた。
「飯までしばらく時間あるな」
オリオンはベッド横の歩行器を掴んだ。
「――よし」




