第19話 ワンダー・ワンダー
アスチルベから預かった無人作業機械たちは最初こそ、若干の戸惑いはあったものの、すぐにアトラスたちの仲間として受け入れられた。人手が足りないのもあるが、無人作業機械たちの頑張りや真摯さが認められたのではないか、とアトラスは思う。
キャンプ地の専用スペースでは5機の無人作業機械たちが円陣を組んでいる。日によっては清掃や部品の交換を行なったりしているが、今日は無人作業機械たち同士で作業腕を組んでいる。情報交換や共有をしているのだろう。
「キャンプ内は彼らに任せられそうだな」
アトラスの言葉に周囲で武器の手入れやテントを張りなおしていた者たちが頷く。
「手先も器用だ。流石にテントの間のペグ打ちは身体の大きさで無理だけど、いい道具があればやれそうだ」
「スピードもあるし、木登りだってできる。斥候は間違いなくできる」
「木を登らせたのか?」
「情報収集と言って自分で登ったんだ。見守るしかできないのは心臓に悪い。おかげで獣に襲われることも、道に迷うこともなく、採集ができた」
無人作業機械の話をする時、誰もがその時一緒だった無人作業機械を見ていることにアトラスは気がついた。見た目はほぼ一緒で、見分ける手段は作業腕や背中の荷台に書かれたパーソナルネームだけだ。パーソナルネームの上にはアスチルベとワンダー、それとアスチルベから希望してきた無人作業機械たちのチーム・オービターのロゴの3つが描かれている。
「できないのは狩りぐらいか」
アトラスは誰ともなしに呟いた。狩りは重要だが、やるべきことは無数にある。狩りだけで生活は回らない。
『狩りは可能』
一機の無人作業機械が応じた。円陣から離れ、アトラスの近くで立ち止まる。彼は無人作業機械の名前を確かめる。エクスプローラーだ。
「今の装備では、獲物を仕留められても原型が保てない」
『追加装備が必要』
追加装備とは何か、とアトラスが聞く前にエクスプローラーは彼の端末にファイルを送信した。補助腕に取り付けるクロスボウの設計図だ。
補助腕で握り、引き金を引くため作りは若干違うが、彼らのクロスボウと基本は同じだった。
「これはクロスボウか」
『ここの設備で製造可能』
今あるクロスボウに新しい部品を取り付けるだけで実現できる。スノードロップからは人に話すようにお願いすれば、自律して作業すると聞いていた。エクスプローラーたちにクロスボウの設計図を共有した記憶はない。クロスボウを観察、分析し、改造案を出してきたとなると、自律の意味が変わるのではないか。
そう気付いたアトラスは近くにあった樹脂製のコンテナを引き寄せて座る。
「その前に狩りとは何か教えよう」
『狩りとは食料を確保する行為』
エクスプローラーが即答した。
「部分的には正解だ。私たちには、ほかにも意味を持つ行為だ」
『知りたい』
声色から感情は読み取れないが、動きを見る限り怒りや不満はなさそうだ。ほかの無人作業機械たちにも伝えるか、とアトラスは声をかけようとして、
『情報連携中』
「直接、聞くことも大事だ」
『直接聞く重要性、理解』
理解はしているが、連携と共有のほうが適切だというのなら、任せてみよう、とアトラスは思う。エクスプローラーたちなりの話し方があるなら、できる限り尊重したい。情報を共有しながらも、今こうして一対一で対話する意味を彼らなりに考えているのかもしれない。自身の好奇心も理由にあると気が付いて、アトラスは小さく笑う。
「では、私たちワンダーにとって狩りとは何か話そう」
彼はエクスプローラーのレンズに自分の姿が映っているのを意識しつつ、
「君の言う通り、食料を確保する行為だ。そして、互いの命を賭けた行為でもある」
『狩られる可能性?』
「ある。過去、何人か命を落としている」
『食料確保、安全な方法は?』
いい線をついてくる、とアトラスは手ごたえを覚えた。
「採集や農業を考えたことはある。しかし、種がない。仮に種があっても土が問題になる」
『コロニーと合流するのは?』
「選択肢としてありだと思っている」
アトラスの言葉に周囲で作業していた者たちが手を止めた。その中、近づいてくる足音はアルタイルのものか。
「我々にとって、狩りはひとつの儀式だ」
『特別?』
エクスプローラーの言葉が変わったのをアトラスは感じる。これまでの経緯を確認し、今後も狩りを続ける理由を確認しにきた。
「特別だ」
命を賭けているだけならただ危険な行為だ。スノードロップとの狩りを思い出して、共に狩りすることで伝わるものがあるから特別なのだとアトラスは理解する。
エクスプローラーは設営中のテントと作業している青年を見て、
『特別?』
「重要なことだ」
『両方とも生活に必要な行為。違い?』
彼の思考よりもエクスプローラーの思考がはやい。だが、この競い合う感じは心地よかった。
「命をどれぐらい賭けているか。あるいは命を支えているかの違いだ」
『重要の積み重ねは特別?』
「特別になる」
採集やテント設営も繰り返し、人に教えられるようになると、成人として認められる。狩りと解体だけが成人の条件ではない
『特別、理解』
「よし。君たちの武器を作ろう」
3Dプリンターに図面を転送し、製造を命じた。幸い、空きがあったのですぐにできそうだ。
『狩りに参加して特別になる』
「君たちはすでに特別だ」
『なぜ特別?』
「君たちは自分の意志でここにいる。自分の存在を賭けているんだ」
見知らぬ集団、見知らぬ土地に自らの意志で赴いている。存在を賭けているというのが適切だ。
『存在するとは賭けること』
「その意味ではそうだな。ここではかけがえのない、としておこう」
周囲で作業していた者たちはおお、と感嘆の声をあげる。ここまで細かく説明したことはなかった、とアトラスは思った。おそらくレグルスもしてこなかっただろう。
特別は意思を持って何をするかで決まることだ、と彼は思いついたが、言葉遊びのようにも思えた。力のある言葉だが、何か重要なことが欠落している。エクスプローラーたちと話して考えてもいいのかもしれない。
「そして、特別と特別も重なる」
『重なるとどうなる?』
「経験すればわかるだろう」
その先駆けならスノードロップがいる。だが、エクスプローラーたち独自の意味を持つはずだ。
気づけば無人作業機械たちがクロスボウのパーツの製造を見守っていた。これは彼らにとってどのような役割や意味を持つか。これも経験すればわかることだ。アトラスは立ち上がり、3Dプリンターの窓から中を覗き込んだ。
「次の狩りですが配置を変えますか?」
アルタイルの声がする。
「アルタイル、君にすべて任せる」
数秒の間をおいて、
「お任せください」
とアルタイルはいった。
「まずは訓練方法から考えます。どのような動きをするのか楽しみですよ」
アルタイルの言葉にははっきりと自信が感じられた。
●
アルタイルの訓練計画は網羅的だった。クロスボウの使い方はもちろん、歩行訓練まで入っていた。アスチルベに向かわせた経験が生きている。
斥候として狩りに同行した無人作業機械のボイジャーから情報連携があったらしく、無人作業機械たちの動きは揃っている。多少の得意と不得意はあるものの、他の無人作業機械がフォローに入って解決している。
訓練は並行して行われ、1週間ほどで訓練は完了した。変化は私たちとエクスプローラーたちの両方に起きた。訓練前は半信半疑だったが、訓練後はエクスプローラーたちの動きは格段に良くなり、短い言葉とジェスチャーを使って連携できるようになったのだ。
「これはチームワーク重視の狩りになります」
アルタイル主催の作戦会議は人間と無人作業機械が意見を交換する場になっていた。
『攻撃役は?』
「今回はあなたたちに任せようと思っています」
『人間も必要』
アルタイルは怪訝な顔をした。無人作業機械たちが攻撃を担当したいと思っていたからだろう。
「理由は?」
『ワンダーの狩り。オービターの狩りではない』
アルタイルは表情をもとに戻した。
「なるほど。では、すべての役割は混成にしましょう。意見のある方はいますか?」
「特にはないな。あー、ボイジャー。前回みたいな木登りは相談してくれ」
『計算上、枝の強度は十分だった』
「頑丈そうな見た目の樹でも中身が腐ってたりするんだ」
『了解』
「意見は後でも受け付けます。次の狩り、いいものにしましょう」
アルタイルの締めの言葉に、人も機械の区別なく、誰もがフィストバンプした。
人にとっては喜びを共有したりする動きで、無人作業機械にとっては情報交換の合図だ。これは一緒にいい狩りにしよう、という意思の表明だろう。そう理解してアトラスはうまくいくと確信した。




