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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
インタープレナー
17/19

第16話 リンカー

 スノードロップはリンカーのチャットルームで周囲を眺めていた。テキストベースのチャットから今では映像つきのチャットに変化している。表情と声でやり取りしたほうが会話しやすいからだ。

 管理者や住人の小集団の雑談を聞きながら、スノードロップはレグルスの活躍に目を通していた。コロニー内のチーム間の意見の対立を別解に導いて解消した、という知らせは活動報告と噂の形で広がっている。


『今すぐ、そのレグルスって人に話を聞きたいぐらいだ』


 ステムの声だ。背景には風を切る音、ジャケットが風になびく音も混じっている。


「ステム、風の音がひどいぞ」


 とコロニー「クロッカス」管理者のボックスフィッシュが指摘する。


『コミュニケーターで話したかったんだ』


 カメラに映るステムのコミュニケーターは短髪の青年の姿だ。アスチルベ発のコミュニケーターがベースだが、各コロニーで改良が加えられている。たとえば、海洋都市型コロニーであるビーチ・パールウォートでは塩水に強くなり、ダイビングもできるようになっていた。


『さて、新型の電磁カタパルトのお披露目だ。これで大型の機体も飛ばせるようになるぞ』


 甲板の奥では無人機が発進位置で待機していた。


『――発進!』


 ステムの合図で無人機が加速をはじめ、次の瞬間には空にあがっていた。

 その光景を見ていたスノードロップは、


「熱効率が上がりましたね」

『お、いいところに気が付いたね』

「電磁カタパルトの耐久性と信頼性をあげるには重要ですから」

『ほんとそれ』


 電磁カタパルトの製造と運用はステムが管理するビーチ・パールウォートだが、設計は世界各地のコロニーの管理者と住人が関わっていた。


「導体の見直しとパルス制御アルゴリズム変更のどちらが効いたのかな」


 スノードロップは声の主を確かめる。アガーテだ。音声とバレーボールのアイコンのみだ。何か作業中なのだろう。


『君たちの提案したアルゴリズム変更だと思う』

「よっしゃ」


 アガーテの声には喜びが滲んでいる。


「話は変わるけど、レグルスさんってアスチルベにいるんでしょ?」


 こちらの話題が本命かもしれない、と思いながら、スノードロップは頷いた。


「活動記録も読んだんだけど、話を聞いてるだけに見える」

「そうですね」

「何か特別なことをしているとは思えなくて……基本に忠実?」

「はい、忠実だと思います」


 どういう性質の違いかスノードロップはわかっていた。ただ、体験してもらったほうがわかりやすいだろう、とレグルスの会話を意識する。


「ほかの方の活動記録と比べて何か違いはありますか?」

「あれ、自分の意見をほとんど述べてない。次にどうするかぐらいは提案するじゃない、普通」


 そこまでいってアガーテがもう一つの違いに気が付いた。


「ああ、質問を繰り返して答えが出てるんだ……。そんなことある?」


 疑問を解消するためか、アガーテの口調はゆっくりだ。スノードロップは落ち着いた口調でアガーテに尋ねる。


「アガーテさん、どのような順番で読みましたか?」

「時系列順。質問……質問が多いかも」


 アガーテの声は明るい。スノードロップも明るさが保てるよう意識して別の質問を投げた。


「その質問で何が起きてましたか?」

「みんな自分の考えを話している。それで……あれ?」


 躓いたのか、アガーテの声には混乱が感じられた。


「どうしましたか?」


 気遣うようにゆっくりとスノードロップはいった。


「答えが出てる。何で? 互いにやりたいことを深く聞いただけで、答えがでるなんて……」


 正体に気が付いたアガーテの声には驚きと感動が溢れている。


「今、アガーテさんは答えを出しましたよね」


 余韻を壊さないようにスノードロップは優しくいった。


「……今、スノードロップはレグルスさんのやり方をわたしにした?」

「はい。どう感じましたか?」

「自然に答えが見えた。すごい。でも、これ、真似できる?」


 カタパルト談義で盛り上がっていたボックスフィッシュとステムのアバターがやってきた。


「ワンダーの長老、さすが大先輩だ」


 ステムはレグルスの手法を高く評価し、ボックスフィッシュも同意した。


「年齢や知識はあなたたちのほうが上でしょ」


 ステムとボックスフィッシュはほぼ同時に「それは違う」といった。


「どう違うの?」


 ボックスフィッシュは腕を組んで考えていることを示しつつ、


「自分なら答えを教えることが多い」

「わかる。何だったら提案までする」

「機敏ですね」


 スノードロップの評価にステムは微笑む。


「海は待ってくれないのさ。君は、一緒に考えて、一緒に動くね」

「はい。レグルスさんは過程を重視するんです」

「なんだろうね。道中を楽しんでる?」


 ステムは持論を述べてから首をかしげる。


「ほかのメンバーは衝突解決の下準備を目指してる。だから、聞いて、状況を整理する手伝いまで。その先はしない」


 アガーテは記録を読み解きながら、レグルスの動きを自分の言葉にしていく。


「レグルスさんは一段飛ばして解決の流れまで作ってる。これがワンダーのやり方なのかな」

「何かを始めるとき、レグルスさんは時間が必要だと言っています」

「過程自体を重視しているんだと思う。多少、悩んだりすることがあっても……そっか、旅なんだ……!」


 アガーテはどこか納得したようだ。


「我々は人間と違う時間を生きているからな」


 ボックスフィッシュはゆっくりといった。


「コミュニケーターを使うと、人間の時間感覚がわかる気がする」

「どう違うんだ?」

「人間の時間はゆっくりなんだけど、豊かなんだ」

「情報量が多い? それなら、複数シミュレーターを走らせた方が」


 ボックスフィッシュの言葉をステムは遮って、


「情報量ならそうだ。キーワードは五感だ」

「五感か」

「見て、聞いて、触れて、味わって、嗅いで。その瞬間の経験が人間を作るんだ」


 ステムの言葉に押されてボックスフィッシュは決断した。


「開発優先順位をあげる」

「いいぞ、コミュニケーターで感じる潮風は」


 コミュニケーター談義で盛り上がる管理者二人をスノードロップが眺めていると、アガーテからプライベートボイスチャットの要請が飛んできた。空中に表示された参加ボタンをスノードロップが押すと、二人の音声通話が始まった。


「レグルスさんに会ったら印象が変わると思いますよ」

「とても落ち着いている人に間違いはなさそうだけど」

「それは、会ってからのお楽しみです」


 スノードロップはレグルスとの付き合いは長いが、レグルスにくだんの論法をされたことがない。いずれの場面も緊急性が高かったからだろう。

 人がどんな面を持っているかは予想できない。コロニー管理者不信だったマイクが一定の距離感を保ちつつも、理解と協力をはじめ、今ではコミュニケーションチームの一翼を担う存在になった。

 人も管理者も状況によって振る舞いが変わる。あるいは思考が変わっていく。


「きっと、いろんな面を見せてくれますから」

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