第15話 コミュニケーションチーム
レグルスはコロニー「フラワー」のドーム内のテラスでくつろいでいた。居心地の良いテラスや庭園をめぐるのが彼の新しい習慣になりつつある。最初は何か言われるかもしれない、と構えていたが杞憂だった。だからといって、無関心ではなく、どこへ行こうか迷っていると、通りすがりにここから近いどこがよいと勧められることも多い。
「元・長老としては何かしたいのだがな」
チャーリーに料理の仕方を教えているが、彼がやっているのはそれぐらいだ。恩返しをしたいのもあるが、何か新しい発見が起きるのではないか、という予感にも似た期待の方が強い。
時間はかかるものだと誰かから聞いて、言葉から知恵になるまで何十年もかかった。その間にどれだけ急いで進めてどれだけ失敗したことか。
「レグルスじゃねえか」
「マイクか。元気にしてるか?」
「ああ、そっちはどうだ?」
「おかげさまでな」
マイクは丸テーブルの向かいに座ってレグルスを見る。
「遊びに来てるとは聞いたが、場所は決まってないんだな」
「つい癖でな」
同じ場所で狩り続ければ獲物が消え、次に自分たちが消える。この習慣はアスチルベに身を寄せてからも消えていなかった。
「しばらく遊び倒せると思うぜ。俺も知らない場所がまだある」
「これだけ広ければ当然だろうな」
中央の居住塔を眺めるレグルスにマイクは笑って、
「新しい場所ができるんだよ」
「なるほど」
巨大なドーム内にある使われていない空間、共通規格化された通路や部屋の構成を考えれば当然のことだ。
「そこまで意図して作ったのか、スノードロップは」
「いいや、作ったのは俺たちだ」
「ここをか?」
「すごいだろ。ま、いろいろあったが」
「いろいろ、か」
これだけ巨大な物を作ったのだから、何かしらの返事があるはずだ。それが大地なのか人間なのかはわからない。
「で、いろいろを繋ぐためのチームにレグルス、あんたに来てほしい」
「ほぅ。ワンダーの元・長老を?」
「今でも現役だろうが。俺だってここの生まれじゃない」
「繋ぐ対象は人だな」
レグルスの言葉にマイクは頷きかけて、しばらく考える。
「人を繋いで、問題と殴り合うんだ。あんたらの言葉なら狩りの準備だ」
それも他のグループと合同での狩りだ。マイクの言いたいことはわかる。
「風には聞くコミュニケーションチームか?」
「話がはやいな、それだ」
「お前さんが所属しているのは道理だな」
顎ひげを撫でながら、マイクを見た。駆け引きが必要な場面には弱いかもしれないが、飾りっ気のない言葉と態度は信頼できる。簡単そうだが誰にでもできることではない。本人の気質、あるいは努力によって獲得できるが、年齢を重ねるにつれて、積み上げてきたものを守る動きが増えてしまう。
アルカディア菌群の正体がわからない状態の定住エリアで、寝泊まりしていたマイクに守りの姿勢は見られない。
「ありがとよ。長老は誰とでも話したりするんだろ?」
「そうだ。相談に乗ったり、時には仲裁したりもした」
「いると心強い」
「ワンダーと繋ぐためか?」
レグルスの問いにマイクは不敵な笑みを浮かべ、
「その気があるなら、コロニーの住人と管理者を結ぶ『リンカー』を目指してもいいかもな」
「それは話が大きい。やることが同じでも性質が変わる」
長老の経験がコロニー同士の規模でそのまま通じるとは思えない。獲物が大きくなれば狩り方は変えるものだ。
「コミュニケーションチームについて聞きたい」
「いいぜ。どこから聞きたいんだ?」
「生い立ちからだ」
「それは長くなるぞ」
「歴史があるものを一言で理解できるとは思っていない」
二人は声を揃えてこういった。
「時間が必要だ」
マイクは聞いた話を元にコミュニケーションチームの生い立ちの話を始めた。
「コミュニケーションチームはスノードロップが初めて起動した時まで遡るんだ」
「コロニー設立時からあった……違うな。このコロニーでは打ち壊しがあったはずだ」
「文化エリアでも見てきたか?」
「あそこはまだ見ていない。スノードロップが微妙な顔をしていたからな」
レグルスはスノードロップが文化エリアの話題になると目を逸らしたのを思い出した。他の住人から聞くと、スノードロップの日記が公開されているらしい。管理者として情報に透明性を持たせておきたいのと、スノードロップとしてどう感じるかが衝突しているのだろう。
「ま、話を戻すと、打ち壊しがあったのは事実だ。当時は人工太陽を使って作物を育てていた。で、この人工太陽が故障して、穏やかに飢えていった」
「よりによって地下で、か。あまり考えたくない話だな」
「先代管理者は配給制限で時間を稼ぎつつ、人工太陽の修理をしようとしていたが……先に住人が我慢の限界を迎えた」
「それで打ち壊された、か。スノードロップはいつ目覚めたんだ?」
「その打ち壊しの直後さ。先代と入れ替わりだ」
レグルスは顎ひげに手を当てて考える。横目でマイクを見るとやはりマイクも何か思うところがあるらしく、眉を顰めていた。
材料や性質の違いがあるから単純には言えないが、管理者が作れるなら人工太陽も作れそうだ。グループにつき1台しか3Dプリンターを持たないワンダーにとって、順番待ちや優先順位は馴染みのある問題だった。
「ここは諸説あるんだ。先に進めていいか?」
「その謎は別の機会にとっておこう」
「助かる。スノードロップはコロニーの立て直しを始めた。先代とは真逆のやり方で」
打ち壊しは管理者への最も強い拒絶だ。スノードロップが代わりに来たところで信頼関係と食料の問題は解決していない。
「それが対話だったと?」
「バカ正直に打ち壊しのリーダーに気持ちを聞かせてください、と言ったそうだ」
「実直さが効いたのだな」
マイクは頷いて、
「ああ、管理者と住人の関係修復が始まったんだ」
住人と協力して、現状の把握と食料問題の暫定対応、そして修復を行った、というのがマイクの説明だった。必要な要素は揃っていたのに先代が利用しなかったのはなぜだろうか、とレグルスは思う。話の腰を折ってしまわないよう疑問を追い払い、別の言葉を口にする。
「情報交換の下地を作ったわけか」
「しかも、人間を介した情報交換のな」
こつこつ、とマイクは端末のディスプレイを叩いた。
「当時からコミュニケーションチームはあったのか?」
「チームはなかった。コミュニケーション重視のやり方が広まった、らしい。名前は何だったか……」
言葉が途切れた。マイクは何かを思い出そうとこめかみを指で叩いている。
「思い出した。エコー式だ。何でも話していいって奴だ」
「何でもか」
「わからないことや不安、反対意見でも構わない」
「それでは話がまとまらないのではないか?」
「獲物が決まっていたら、途中で話がぶれてもまとまるだろ?」
マイクのいうように獲物が決まっていれば、狩りの仕方などで話が広がっても、狩ることに変わりはない。狩らなければ生きていけないからだ。アスチルベにそのような力はかかっているのだろうか、とレグルスは疑問に思った。
「その通りだが、アスチルベは何を目指している?」
「明日という希望だ」
「この人数規模だとそれだけではまとまらないだろう」
レグルスの指摘にマイクはその通りだ、と頷いた。
「同じ明日でなかったり、道順が違ったりする。コミュニケーションチームはそれに気づかせるために生まれたんだ」
「解決ではないのだな」
「話して解決するなら、スノードロップも身体をはったりしないだろ」
今度はレグルスが頷く番だ。
スノードロップはこちらのキャンプ地に何度も足を運び、共に狩りをして、狩り仲間になった。そして、今ではワンダーとコロニーという全く異なる文化圏が協力関係を築いている。互いに言葉と行動、あらゆる方法で意思疎通して得たものだ。
「齟齬に気づかせる、か。なかなか高度なことをやろうとしているな」
「相談に乗っていれば情報は自然と集まるもんだ」
各個人の相談に乗って統合してみたときに何かあれば調整する。長老に求められる役割のひとつだ。コロニーの規模になると、人数と種類が必要なのだとレグルスは理解した。
「想像はできた。まずは見習いとしてやらせてもらえるかな」
「ひかえめだな、もっと胸をはれよ」
「こう見えて、病み上がりなのだよ」
「食えねぇなぁ」
そういいながらマイクは手を差し伸べた。レグルスはその手をしっかりと握り返す。
「お手柔らかに頼むよ」
「それはこっちのセリフだ」
マイクはにっと笑い、レグルスも歯を見せて笑った。




