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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
第2章 トランスレート
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第14話 弔いの宴

 最終報告から数日後、夕闇に沈む定住エリアにやってきたアルタイルはレグルスの無事を確かめると、素早く行動を起こしていた。夜のうちに元の狩猟生活に戻りたい回帰組と通信機越しに話を聞き終えると、あてがわれたテントに入る。

 センサーが反応し、テント内がオレンジがかった光で照らされた。あらかじめ頼んでおいた大きめのテーブル型のディスプレイもある。これなら思いついたことを書き留めるのに十分だ。

 その前に思考を整理するべく、まずは言葉にする。


「無人作業機械の歩行訓練は順調……最大の問題は自分自身でしょう」


 レグルスのような知恵を持つ者、アトラスのような実力者、キャンプを守る人々がいてあの生活は成り立っていた。獲物を狩るだけでは足りない。狩り以外の要素を聞くと言葉を濁される傾向があった。

 回帰組は狩りをはじめたばかりの若手が多い。定住希望者の護衛を目的にしていたが、命を食らう病を患って考えを変えたのだ。

 命に関わる出来事を経験したら、考えや信条を変えるのは当然だとアルタイルは思う。課題はどうやって、新しい生活を確立させるかだ。一人でできることに限りはある。


「最悪の場合、ここに戻ってくるのが堅実だが……」


 レグルスたちの話を聞く限り、この定住エリアには必要な物が揃っている。ただ、回帰組の希望からは程遠い案だ。戻ってこれる範囲に縛られてしまう。

 回帰組は一人で生活をすることを望んでいる。彼らの熱意と命を食らう病への恐れが混じり合った結果、外への強い憧れになった。その動機ならこれは生活ではなく、冒険だ。

 これまでの考えを素早く書き留めて、冒険の文字を丸で囲むと、アルタイルは簡易ベッドに身を投げ込んだ。照明が消えて、テント内は真っ暗になった。

 必要な知識や道具は揃う。あとは誰に何が必要か、見極めて与えればいい。素案としては十分だ、と結論づけて、アルタイルは瞼を閉じた。



 翌日、アルタイルはレグルスはもちろん、スノードロップも呼んで、広場で回帰組の意見を改めて聞くことにした。何か協力を仰ぐのであれば、この二人の力を借りることになる。最初から呼んでおいた方が何かと好都合だ。


「何を迷っているのです」

「さすがに彼らをおいていくわけには」


 言いよどんだ青年はカメラ越しにレグルスを見た。その視線にアルタイルは気づいて、


「彼女たちが面倒を見ます。何も憂えることはないでしょう」

「しかし……」

「最初の約束ですか? 命を食らう病を経験して、迷うのは自然なことでしょう」


 ほかの回帰組の面々を見ると、判断の迷いはあるのだろうか。やや視線が下を向いていた。楽な姿勢でカメラを見ているオリオンから迷いは感じられない。


「君たちがこれからすることは、おそらく過去のどのような記録にも残っていません」


 ゆさぶりをかけたが意外なことにオリオンを含めて誰も動揺はしなかった。前例がないことはわかっているようだ。昨晩の質問の後、彼らなりに細かいことを考えたのか。


「アルタイル、発言してもいいか?」


 オリオンが一歩前に出た。


「どうぞ」

「俺たちも一人でやっていけるとは思っていない。ただ、一人でどこまでいけるか知りたいんだ」

「何か計画はあるのですか?」

「ある」


 彼は即答し、言葉を続ける。


「全員で一定の距離を移動して、合同の拠点……ハブを作る。ここに予備の食料や薬品、武器を集める」


 アルタイルは頷いて、続きを促した。


「そこから離れた場所で狩りをして、野営をする。満足するか何かあれば、ハブに戻る」

「同時に集まったときはどうするつもりですか?」

「互いの生活には基本、干渉しない。助けを求められたら別だ」


 一人でどこまでやれるか確かめるには悪くない案だ。


「うまくいったら、移動して合同の拠点を増やす」

「なるほど。しかし、合同の拠点には資材が必要です」

「最初は現地調達も考えたが、野営はともかく、ハブには心もとない」


 必要な物のリストが届いたので開く。食料にしてもなんにしても初期分はアスチルベに頼むしかない。課題はハブと移動式3Dプリンターだ。


「私も発言してもよいでしょうか?」


 スノードロップが手を挙げた。アルタイルは自分でも驚くほど自然に彼女の発言を許可した。


「ハブに移動式3Dプリンターを配置する想定でよいですか?」

「ああ。新しいハブを作る時に持っていく」

「予備入れて2つ作り、ひとつ前のハブに残すのはどうでしょうか」


 オリオンが一瞬、躊躇ったのをアルタイルは見逃さなかった。何を返せばいいのかわからないのだろう。


「スノードロップさん、地形データと植物のサンプルだけで足りるのか?」

「現時点で無人作業機械も連れていってもらっています。その分の調整だととらえてください」

「連れていっただけだと不釣り合いに思える」


 まだ納得いかないのかオリオンは言った。


「複雑な地形での歩き方を知ることは重要ですよね」

「それはそうだ」

「無人作業機械は経験を共有できます」


 スノードロップの補足でオリオンは納得がいったようだ。


「ハブと移動式3Dプリンターの要望や設計案はありますか?」

「ハブは1年単位で雨風に耐えられるようにしてほしい。移動式3Dプリンターは俺たちが使っていたのと同じぐらいだと助かる」

「わかりました。案ができ次第、共有します」


 オリオンの要望がぼやけても、スノードロップは柔らかい表情のまま頷いた。


「1年単位で、ということは狩りの期間を考えているのですか?」

「まずは1年だ。ここに戻って、情報を交換し、さらに先に行く」

「さらに先、ですか」


 自分には出せない言葉だとアルタイルは思う。だが、理解はできる。


「ああ、遠くだ。これは、行き当たりばったりか?」

「いいえ。臨機応変というものでしょう」


 オリオンが勢いよく笑いだしたが、理由がわからないアルタイルはしばらくその様子眺めるしかできなかった。


「いや、臨機応変と言われるとは思ってなかったんだ。不合格って言われそうだと思っていた」

「必要なら詰めますよ」

「冗談だよな?」

「仲間の狩りを応援することに何の問題があるのですか?」


 その仲間の中にアスチルベも入っているのだと、アルタイルはスノードロップを横目で見る。



 アルタイルは回帰組が落ち着くと、今度は定住組も同じように聞いてまわり、やるべきことやそうではないことの整理を始めた。その場にいたスノードロップはアルタイルの手際の良さと決断力に感心しながら、追加のオーダーを聞いていた。

 定住組の課題はどう暮らしていくかだ。定住しつつ、狩りも取り入れる必要性があった。スノードロップは周辺地形データから狩りに使えそうなエリアをピックアップした。定住希望者7名に必要な獲物は限られているから、狭いエリアでも問題はないだろう、というのがレグルスの見立てにアルタイルは理解を示しつつ、狩り場は変えるべきだ、と主張した。

 ワンダーの狩り文化を守るなら後者だ、とスノードロップは思いつつ、会話の流れを見守る。


「我々は7名を養うなら1か所でも十分だ」

「狩りつくすことはなくても、逃げられる可能性は十分にあります」


 レグルスの考えにアルタイルが別の考えを示すのが繰り返された。このやり取りは、少し前に見たアルタイルとオリオンに似ている。


「アルタイルの言うとおりだ。少々、弱気になっていたようだ」


 空中投影ディスプレイにはこのようにしてできるのではないか、と改善策や対応が長いリストになっていた。どれをいつ採用するかは定住組の自由だが、大きな疑問や懸念は解消されているようにスノードロップは見える。


「あの病を患った後ではおかしくはないかと」

「まさか、お前さんに気遣われるとはな」


 レグルスのこぼした言葉にアルタイルは苦笑して、話題を宴に変えた。


「準備は順調そうですね」

「ああ、アスチルベの皆に招待状を送って、返事を待っている」

「対等な人数になるよう調整しています」


 その言葉にアルタイルは頷いてから、


「もちろん、あなたはくるのですよね、スノードロップ」

「はい」


 彼の言葉に以前のような棘はなかった。



 宴はワンダー主催で開かれるようになった。最初の打ち合わせで、これは祝いである、と言われ、スノードロップや同席していたラングたちも驚いた。

 アルカディア菌群の対策を見つけたことも、死者を送り出すことも両方とも祝うものだとレグルスは説明した。


「回帰組の無事も私たちの無事も含めてな」

「出発という意味では一緒だろ?」


 ミラクが補足する。彼は狩りをするための訓練を受けていたが後遺症で持久力が大きく落ちてしまった。今は再生治療を受けつつ、定住エリアの調理を担っている。


「行き先が違うだけと解釈すれば、私たちも理解できると思います」


 スノードロップが言うと、ラングが天井を少し見て思考して、


「相違はなさそうですが、これは……」

「まぁ、賑やかに俺たちはやりたいんだ。そこだけわかってほしい」


 いまいち納得のいっていないラングを見て、ミラクは苦笑した。

 打合せを踏まえて、アスチルベの協力は物資や食材の提供が中心になった。段取りには極力、干渉しないように、とスノードロップたちは注意していた。

 アルタイルと回帰組の支援をしているうちに定住エリアで過ごす時間が長くなっていった。レグルスに宴に狩り仲間の意見を取り入れるのは自然だと言われ、スノードロップは思い切って、この期間はフロースアルブスを定住エリアで活動させることにした。

 この決定はやんわりとした苦情とともにアスチルベの住人には受け入れられた。ワンダーは五感を重視する以上、同じ五感が扱えるフロースアルブスを使うしかない、という説明に納得したからだ。

 回帰組の支援も宴の準備も滞りなく進み、回帰組の出発の日、そして、宴の日を迎えた。夕日に向かって出発するオリオンたちを皆が見送り、日が沈むと同時に宴がはじまる。

 広場の中央で組まれた薪が燃えて、あたりを赤い光で照らしていた。運ばれてきたステーキから良い香りがする。アスチルベの参加者の半分も皿運びを手伝っていた。事前の打ち合わせにはなかった動きだ。

 スノードロップは誰が挨拶をするのだろう、とまわりを見渡した。アルタイル以外の全員がこちらを見ていることに気が付く。ワンダーの流儀に従うなら、この言葉がいい。スノードロップは、グラスを星空に掲げて、


「私たちの未来に――乾杯!」


 グラスの重なる音を合図に賑やかな宴が始まった。



 皿の上の料理が腹の中におさまったあたりで、席の移動がはじまった。

 スノードロップのまわりにはかわるがわる人が来て、感謝や賞賛の言葉を贈ってくれた。言語・翻訳チームのラング、研究と治療に全力を注いだドク率いる医療チーム、薬品の改良と製造に奔走したエンジニアチームのギアとビオやスパーク。彼らが受け取る言葉だ、とスノードロップが思っていると、アルタイルがふらりとやってきた。


「あなたは道を拓いたのですよ、スノードロップ。胸を張りなさい」

「……ありがとうございます」


 アルタイルが何か言おうとしたときに大きな声が聞こえてきた。レグルスだ。


「リゲルは私と同い年だった。初めての狩りも一緒で、それはもうてんやわんやだ」


 グラスに入った蜂蜜酒を一気に飲み干すレグルスに続いて、マイクも飲み干す。そして、続きを促した。


「で、何が起きたんだ?」

「あの時は、獲物に追いかけられてな。自分の背より高いシカが全力でだぞ」

「角のでかいあれか」

「あれだ。で、私は蔦に足を引っかけて転んでな。角が視界いっぱいに広がった瞬間にそいつが姿を消した」


 レグルスのグラスになみなみと蜂蜜酒を注ぐと、瓶の残りを自分のグラスにも注いで、


「まさか、横から蹴りを?」

「そのまさかだ。リゲルが横から飛び蹴りをしたんだ」

「すげえ、根性だな」

「予想外の出来事に呆気に取られてな。慌てて、クロスボウを撃った」


 レグルスは一口だけグラスを飲んだ。


「今回も彼には助けてもらったようだな」

「そういう時は、どうするんだ?」

「決まっている。感謝と賞賛を送るものだ」


 レグルスはグラスを天に高くかかげて、


「乾杯」


 その言葉に続いて、その場の全員が同じことをした。

 数秒の静寂、中央の薪のはぜる音を合図に賑やかな雰囲気が戻ってきた。何事もなかったかのように。

 同じ気持ちになる瞬間とはあの静寂のことかもしれない、とスノードロップは思う。

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