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バウンドレス・アイズ  作者: フィーネ・ラグサズ
第2章 トランスレート
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狩り

 狩りに参加する面々が広場に集まっている。その中にスノードロップの姿もあった。今は普段の服の上にワンダーの上着を羽織っている。ポケットには予備の矢、携帯食料と水、フック付きのロープ、ナイフが納められているにもかかわらずバランスは悪くなく、着ぶくれる様子もない。

 スノードロップは収納している道具そのものが洗練されていると感じた。コロニーの道具とは違う方向だ。おそらく、どこでも持ちだせること、どこでも使えることを目的に小型化と単純化が繰り返されたのだろう。手に持ったクロスボウもしっくりくる。


「今さらだが、長時間、コロニーから離れても問題はないのか?」


 アトラスのやや心配そうな声にスノードロップは微笑んで、


「少し寂しがる人もいるかもしれませんが問題ありません」


 若干名、寂しがっている人たちもいるのだが、コロニーは滞りなく運営されていた。


「離れていても管理者は管理者か」

「この姿は私の本体ではありませんから」

「秘密を公開しないでくれ。こちらも相応の秘密を公開しないとつり合いがとれなくなる」


 わずかに口角をあげてアトラスは言った。それが警戒なのか、ユーモアなのかスノードロップに判断はつかなかったが、返すべき言葉は見つかった。


「干し肉には干し肉を、ですね」

「そうだ。それを覚えてくれていればいい」


 アトラスがゆっくりと頷く。そして、向きを変えて、後ろで準備していた者たちに告げる。


「準備はいいか。出発だ」


 アトラスを先頭に8名のチームが一斉に歩き出す。キャンプの人々が手を振ったり、頑張れと声をかける。アトラスや他のメンバーはそれぞれに手を振った。


「お姉ちゃん頑張って」


 小さな子が手を振ってきて、スノードロップは一瞬だけ目を見開いた。すぐに目を細め、口角をわずかにあげて、そして、左右に手を振った。狩りに参加する者は等しくこのような扱いを受けるのだろうか、とスノードロップはふと、思った。アトラスたちの姿を見て自然と疑問は解消した。受けるのだ。彼らにならって、スノードロップもわずかに胸を張った。



 一行は草原を進む。目的地の林が見えてきたところで、アトラスがゆっくりと手をあげた。


「軽くおさらいだ。標的は大型のシカ1頭、アタッカーは私とスノードロップ。追い手はカノープスとケトゥス。斥候はルプス。残りは後方待機だ」


 ルプスは軽く礼をすると、風のように走り去っていた。足が地面を静かに蹴る音以外に何か別の音が混じっている。おそらく、人工筋肉だろう、と思いつつ、スノードロップは別の言葉を口にした。


「必要以上は狩らないんですね」

「狩りすぎれば、今度は狩場が消える。次に消えるのは私たちだ」


 アトラスの言い方はとても静かだった。それが逆に説得力を生んでいるとスノードロップは思う。

 周囲を無視して振舞えば、それ相応の報いがあるのをよく知っている。関わりがある限り、都合よく切り離せない。

 林と草原の境界までくるとアトラスは木を見上げた。そこには双眼鏡を覗き込んだルプスの姿があった。


「群れは北西方向、150m先。こちらは風下」

「わかった。引き続き頼む」


 頭上のルプスはわずかに頷く。慣れたやり取りなのだろう。スノードロップもフロースアルブスのセンサーで群れの位置を特定したが、それは、ワンダーのやり方ではない。


「お喋りはここまでだ」


 アトラスの言葉に皆の表情が変わる。


「狩りの時間だ」

「では、手筈通りに」


 直進するアトラスたちとわかれて、スノードロップは左にそれて走り出した。音を立てないように落ちている小枝を避け、目を遮る枝葉をかわし、小川を飛び越える。近いことはアルバでもできたが、この自然の中を疾走する感覚はフロースアルブスでなければ感じ取れなかっただろう。

 アトラスたちが獲物を見つけた。無線で標的になるシカの情報が伝えられてくる。獲物を挟んで反対側には追っ手たちが動き出していた。もう少しで、スノードロップが予定位置にたどり着くところで、枯れた枝を踏み折る音が林に響き渡った。

 シカの群れが動き出す。追っ手のカノープスとケトゥスは逃がさないように金属音を鳴らしてシカの群れを誘導する。カノープスが拳を上下に動かして「急げ」の合図を送ってくる。

 まだ間に合う、スノードロップは群れの側面に回り込んでクロスボウを構える。


「位置につきました」


 小声でアトラスに報告すると、


『撃て』


 という返事と同時にスノードロップは引き金を絞った。放たれた鋼鉄の矢は胴から外れて、全長は2mを超えるシカの大腿部に命中した。衝撃によろけ、痛みをこらえ、姿勢を立て直したシカに追い打ちをかけるように頭部を鋼鉄の矢が貫いた。

 巨大なシカは2か所からおびただしい量の赤い血を流しながらもまだ立っている。群れのほかのシカたちが逃げ切るのを見届けてそのシカは静かに倒れた。


『みな、いい動きだった』


 アトラスの通信にスノードロップはクロスボウを下ろして、深く息を吐く。心臓が素早く脈打っていることに気が付き、落ち着かせるように深呼吸を数回繰り返す。

 スノードロップがたどり着く間にアトラスや追い立てていた二人、後方待機していたメンバーも合流していた。獲物を樹脂製のマットでくるんで、まさに持ち上げようとしていた。運搬チームの左列にアトラスが加わり周囲の警戒をはじめた。スノードロップは彼にならって、右列に加わる。

 サイズから考えると400kgはあるシカを6名で運んでいるのはやはり、人工筋肉を使っているとみていいだろう。ワンダーはコロニーと異なる技術系統に違いない。

 無事に林を抜け、草原でわずかに休憩を挟み、さらに一同は移動を続ける。キャンプ地が見えてきたとき、アトラスが口を開いた。


「実力を認められたいのなら、自らとどめを刺すのものだ」


 その言葉にスノードロップは判断を誤ったのか、とわずかに衝撃を受け、歩みを止めそうになったのをこらえる。彼の口はまだ動いている。続きの言葉を聞かなければ。


「仲間として認められたいのなら、最高の動きだ」

「ありがとう、ございます」


 スノードロップは歩調を崩さないように意識した。そうしなければ、立ち止まるか、駆け出してしまいそうだったから。



 キャンプ地に戻ると、ワンダーの皆が歓声とともに出迎えてくれた。その中には行きに手を振ってくれた少年もいる。他とは違う空気をまとった青年が一歩前に出て、


「アトラス様、準備はできています」

「ありがとう。アルタイル」


 アルタイルの案内で奥の一回り大きなテントに一行は向かった。ほかのテントより生地は分厚く、外からの音も内側からの音も通さないようだ。明るい照明の下、金属製の大きな台がある。その上に獲物はゆっくりとおかれた。


「はじめるぞ。下がりたいものは下がっていい」


 含みのあるものいいだ、とスノードロップは思った。誰も下がる様子はない。もちろん、スノードロップもだ。


「大いなる循環に感謝を」


 アトラスは短剣をシカに突き立て、血抜きをはじめる。熱を帯びた赤い液体がこぼれ落ち、血生臭さはより濃くなっていく。

 ほかの者たちも解体に加わり、シカは肉の塊へと急速に姿を変える。切り分けられた肉の塊は部位ごとに金属製の容器に移され、蓋をされていく。静かな部屋に金属が骨から肉をはがす音や容器の重なる音が響き渡る。一通りの作業を終えると、作業台の上には骨ときれいに広げられた毛皮だけが残っていた。アトラスたちは刃物を音もたてずにおいて、一歩下がる。

 そして、アトラスは感謝らしき言葉を短く呟き、頭を下げた。それにならってスノードロップも頭を下げる。まわりをみれば、誰もが頭を下げている。誰も動かない。沈黙ではなく、これは感謝なのだとスノードロップは理解する。

 感謝の時間は数秒ほどだったが、もっと長くも感じられた。主観時間と客観時間の違いを感じながら、スノードロップはこの静寂が持つ意味の重さを理解した。


「すごいぞ」


 声をかけてきたのはケトゥスだ。何がですか、とスノードロップが問うよりも早く、血をふき取り終わったアトラスが、


「狩りに参加し、目をそらさずに解体を見届けるのが我々の成人の儀だからだ」

「俺は3回目でようやくできたんだ」


 とケトゥス。かぶせるようにカノープスが続ける。


「3回目でもはやい方だ。2桁もざらなんだから」


 確かに生き物がものになっていく姿は衝撃的だ。あのにおいはメモリバンクから消去しようとしない限り残り続けるに違いなかった。


「スノードロップ、君は我々の狩り仲間だ」


 微笑みながらアトラスはいった。


「ありがとうございます」


 アトラスは拳を作ってスノードロップの前に突き出した。彼女も拳を作って、彼の拳に軽くぶつけた。

 最初から立ち会っていたアルタイルは何も言わない。スノードロップが彼を見ると肩をすくめて、小さく、だが、はっきりとした声で、


「大したものです」


 と言った。

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