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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

緑のチューリップ

作者: 葵そら

その目に、心を奪われるかと思った。まん丸い瞳には私の顔がよく写った。私が笑うとあなたの瞳も笑って、私が泣くとあなたの瞳も泣いた。


あなたは無口だった。私が話しかけても「うん」も「へー」も何も言わない。私の友達に自己紹介も出来ないほどに、人見知りでもあった。


「私の彼氏だよ!」


私が友達にあなたを紹介すれば、友達は驚いた顔をした。綺麗な瞳でしょう?とっても優しくて、私の話を黙って聞いてくれる人なのと言えば、友達は苦笑いをした。


私の性格は難アリと言われていた。

みんな私を避ける。あなたと付き合ってからは、それがもっと酷くなった。教科書は捨てられ、ノートはどこかへ行っちゃった。旅に出たのよ、きっと!!


私は悲しくなるとき、あなたの腕の中で泣いた。優しさが私を包んでくれた。




時が経って、私は大人になった。貴方も、大人になったと思う。

無口なのは変わらないけど、いつも私の傍に居てくれる。もう十年以上だ。貴方は私をいつも慰めてくれるし、寝る時は私と一緒に寝てくれる。出掛ける時も、私の隣を歩いてくれる。


こんな理想的な彼氏、他に居ないでしょう!?




「田中さんって、彼氏いるの?」

仕事中、同僚の篠田くんにそう聞かれた。

口元のホクロがチャームポイントの人だ。

私は今すぐにでも「居ます!!」と答えたかったけど、部長が「居ないよねー」と先に答えた。私は否定したかったけど、適当に答えた部長に腹が立って言うのをやめた。

私は仕事場で話せる人がいなかった。同性の同僚は私を省くし、彼氏を紹介しようとすれば断られた。


「なんでだろうね、どう思う?」


私が貴方にそう聞いても、貴方は答えてくれなかった。だから私が貴方の胸に顔を預けると、貴方は私を包んでくれた。


あぁ、私貴方がどうしようもなく好きだ。

砂糖を限界まで煮詰めたような気持ちが、胃の奥に浸透した。ずっとこのままでいい。ずっとこうしていたい。私は、君だけがいる世界で生きていたい。


「貴方の瞳は、どうしてそんなに綺麗なの?」


私は貴方に聞いたことがあった。その時貴方の目にはハテナが浮かんでいて、やっぱり知らないよね、と私は諦めた。はじめて貴方を見た時、心が奪われるかと思った。


ううん、実際奪われているんだけどね。心臓ごと取られるんじゃないかと思うぐらいのトキメキをあの時感じたの。





「田中さんの彼氏って、どんな人なの?」


篠田くんは私に聞いた。

あれ?私彼氏がいるなんて言った?と思ったけど、面倒くさくて彼氏の話をした。


「優しくて、瞳がとっても綺麗なの!私の話をいつも聞いてくれる。あ、でも凄く無口で」


「へぇ、面白い人なんだね」


田中さんは手に持ったコンビニのコーヒーカップを揺らした。


「そうかな?私はとっても好きなの!」


「はは、永遠の愛ってやつ?」


篠田くんは分かってる。そう、そうなの!永遠の愛なのよ、これは!


「俺もさ、好きで好きで堪らない人が居てさ、初恋なんだけど」


「え、とっても素敵!」


私、篠田くんと恋バナしてる!憧れの!

私は篠田くんの話に耳を傾けた。


「その人はね、別に好きな人がいるんだって。だから今度見に行こうかなって思ってる。こんなこと変かな?」


「私なら、全然変じゃないと思う!好きな人には、何しても許されるんだよ!だって愛があってこその行為だから!」


私は満面の笑みで答えた。

篠田くんはスっと目を細めてコーヒーをズルズルと飲んだ。苦い匂いがこっちまで香り、私はすんっ、と鼻を啜る。


「いやー、田中さんに相談して良かっわ!!」


「うん!お幸せにね!!」


私は田中くんに手を振った。今日は帰ったら、貴方にこの話をしよう、嫉妬してくれるかなぁ。

私はそんな淡い期待を持って家の鍵を開けた。



「は?」


知らない靴、バラバラになった貴方。瞳がコロコロと床に転がっている。あんなに、綺麗な瞳が!!!


「なんでなんでなんで!?」


私は泣きながら貴方を集めた。知らない、貴方の中身がこんな色だなんて、知らない。なんで、なんで。


「田中さん」


聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。

口元のホクロが目に入る。

今日、一緒に恋バナをした人。篠田くんだ。

ぐるぐるとした目で私を見つめて、貴方の中身を手で握っていた。


「うわあああああ!!!返してよ!!」


私は篠田くんにしがみついた。早く直さなきゃ、貴方を直さなきゃ。


「なんで怒るの?君の彼氏、壊しただけなのに」


「なんで、こんなことするの」


私がそう聞くと、篠田くんはギョロっと目を動かした。


「田中さんが好きだから!愛があれば、何をしても許されるんでしょ?田中さんって変わってるじゃん?俺、そういう人大好きなんだよね!」


「私は、変わってなんかないよ!」


私は貴方の瞳を握りしめた。


「変わってるよ、彼氏がぬいぐるみだなんてさ」


「ぬいぐるみじゃない、ちゃんとした人だよ!私と同じような!ほら、瞳をみてよ!」


「それは反射した君の姿だよ。あ、田中さんって反射した自分を彼氏だと思ってたの?ぬいぐるみを彼氏だと思ってたの?どっち?」


あれ、どっちだっけ。私が好きになったのは、貴方の瞳。だけど、貴方の姿を、思い出せない。あれ、どうだったけ。えっと、柔らかくて、耳が生えていて、あれ?違うかな?


「思い出せないの?可愛いね、田中さん。俺そういう人だーいすき」


私は篠田くんに顎を持ち上げられた。


「僕の初恋、許してくれる?」


ひゅっ、と私の喉が鳴った。

貴方の瞳には私が写っていないけど、篠田くんの瞳には私が写っていたから。

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