ラウンド4・後半:『IFの選択』~もしあの時、違う道を選んでいたら~
あすか:「(前半の余韻を受け止めつつ)呂布殿、そして諸葛亮孔明殿のIFシナリオ、それぞれに強烈なインパクトがあり、歴史の奥深さを改めて感じさせられました。さて、クロノス、次なるIFの扉は、どなたについてでしょうか?」
(クロノスが音を立て、今度は劉備玄徳に関するIFシナリオを投影する。)
あすか:「続きましては、劉備玄徳殿のIFでございます。(IFシナリオを読み上げる)『もし、荊州の領有を巡り、孫権殿との関係が悪化する前に、より早期の段階で荊州の一部(あるいは大部分)を孫権殿に譲渡し、同盟関係を最優先にしていたら…?』劉備殿、これは関羽殿の運命にも大きく関わる、非常に難しいIFかと存じますが、いかがでしょうか?」
劉備:「(目を伏せ、しばし沈痛な表情を浮かべる。関羽を失った悲しみが蘇るかのようだ)…荊州は、我ら宿願の地。孔明の天下三分の計においても、極めて重要な拠点であった。それを…易々と手放すという選択は、当時、考えも及ばなかった…。しかし、(声を震わせながら)もし、その選択によって雲長(関羽)の命が救われ、呉との同盟が盤石なものとなっていたのであれば…そして、それが結果として、より多くの民の命を救うことに繋がっていたのであれば…わしは、その道を選ばなかったことを、深く悔いるであろうな。」
諸葛亮:「(劉備の心中を察し、静かに語りかける)劉備様、当時、荊州の戦略的重要性は論を俟ちませんでした。また、関羽殿の誇りと荊州への想いもまた、軽んじることはできなかったかと。しかし、IFとして考えるならば、もし荊州の領有問題で孫呉との間に決定的な亀裂が生じる前に、例えば長沙、桂陽、零陵の三郡あたりを早期に譲渡し、江陵、襄陽といった北荊州の要衝確保に注力しつつ、呉との連携を強化するという策を取っていれば…確かに、その後の展開は大きく変わっていたやもしれませぬ。」
曹操:「(冷静に分析し)ふむ。もし劉備と孫権の同盟が揺るぎないものとなっていたならば、我が魏にとってはさらに厄介な敵となっていたであろうな。荊州方面からの圧力と、江東からの圧力が同時に加われば、合肥や襄樊といった国境線は常に緊張を強いられる。関羽が生きており、呉の支援もあれば、樊城の戦いの結末も変わっていたやもしれん。そうなれば、私の天下統一への道は、さらに遠のいていたであろう。」
呂布:「(腕を組み、少し考えて)よく分からんが、劉備のおっさんが土地をケチったから、赤い顔のデカいのが死んじまったってことか?だったら、さっさと呉にくれてやりゃあ良かったんじゃねえか?仲間が死ぬよりマシだろうが。」
劉備:「(呂布の言葉に、苦渋の表情で)…奉先殿の言う通りかもしれぬ。わしは、荊州という土地と、雲長というかけがえのない義弟…その両方を守ろうとして、結果として両方を失いかけた。いや、雲長を失ってしまった…。もし、あの時、わしがもっと大局を見て、私情を抑え、呉との融和を優先するという『決断』を下せていたならば…(言葉に詰まる)」
あすか:「劉備殿、そのIFの選択は、あなたにとって何を意味したでしょうか?もし関羽殿が生きておられ、呉との同盟が続いていた場合、蜀の未来、そしてあなたの目指した『漢室再興』は、どのような形になっていたと思われますか?」
劉備:「(涙をこらえ、前を向き)もし雲長が生きていてくれたなら…そして呉との強固な同盟が維持できていたなら…北伐の様相も大きく変わっていたであろう。孔明の負担も軽減され、より効果的な戦略が展開できたやもしれぬ。漢室再興の夢も、あるいは…あるいは、もっと現実味を帯びていたかもしれぬ。しかし、それ以上に、わしは…ただ、義兄弟と共に、最後まで戦い抜きたかった…それだけなのかもしれぬ。(天を仰ぐ)」
あすか:「(静かに劉備を見守り)劉備殿の深いお悲しみ、そしてIFに込められた切なる願い…お察しいたします。歴史の選択は、時にかくも過酷なものなのですね。ありがとうございました。…さて、クロノス、最後のIFの扉を開いてください。最後は、このお方についてのIFでございます。」
(クロノスが厳かに音を立て、曹操孟徳に関するIFシナリオを投影する。)
あすか:「最後は、曹操孟徳殿のIFです。(IFシナリオを読み上げる)『もし、赤壁の戦いの直前、疫病の発生や兵士の疲労といった現実をより重く受け止め、焦らずに長江北岸での体制固めを優先し、短期決戦を避けて持久戦の構えを取っていたら…?』曹操殿、天下分け目とも言われた赤壁の戦い。このIFシナリオ、いかがでしょうか?」
曹操:「(目を細め、しばし沈黙。赤壁の敗北は彼にとって最大の汚点の一つであった)…赤壁か。確かに、あの時の私は、荊州を降し、劉琮の水軍を手に入れたことで、少々、驕りがあったやもしれんな。疫病の蔓延も、北方出身の兵たちが水上戦に不慣れであったことも、認識はしていた。だが、天下統一を目前にして、逸る気持ちを抑えきれなかったのもまた事実だ。」
諸葛亮:「(冷静に)曹操殿、あの時、もしあなたが短期決戦を挑まず、長江北岸に腰を据え、水軍の訓練と兵士の休養に時間をかけ、同時に孫呉に対する調略や切り崩しをじっくりと進めていたならば…おそらく、我々連合軍に勝ち目はなかったでしょう。時間はこちらに不利に働き、いずれは兵力差、国力差の前に屈していた可能性が高い。赤壁の勝利は、まさに天佑と、曹操殿の焦りがもたらしたものと言えるやもしれませぬ。」
劉備:「(頷き)うむ。もし曹操殿が慎重策を取っておられたら、我々は長江を挟んで延々と睨み合うことになり、民の疲弊はさらに深まっていたやもしれぬ。しかし、結果として呉も蜀も滅ぼされ、曹操殿による天下統一が成っていたのであれば…それが果たして良かったのか、悪かったのか…今となっては判断が難しい。」
呂布:「(欠伸をしながら)なんだ、結局、曹操のおっさんがヘマこいたって話か?デカい船団組んで、火ぃつけられてドカン!ってやつだろ?俺がいりゃあ、そんな間抜けな負け方はしなかっただろうぜ。火ぃつけられる前に、周瑜だか孔明だかの首、獲ってきてやったよ!」
曹操:「(呂布を一喝するように)黙れ、奉先!お前の単純な武勇でどうにかなる戦ではなかったわ!…だが、孔明の言う通り、もしあの時、私が焦らずに持久戦を選んでいたら、孫権も劉備も、いずれは干上がっていたであろうな。北方の生産力と我が軍の組織力は、長期戦においては圧倒的に有利であったはずだ。そして、天下統一は数年、あるいは十数年遅れたかもしれんが、より確実なものとなっていたであろう。赤壁でのあの大敗がなければ、私の寿命が尽きる前に、この手で新たな中華の礎を完成させられたやもしれぬ…。」
あすか:「曹操殿、もしそのIFが実現し、あなたがご存命のうちに天下を統一されていたとしたら、その後の中華はどのような姿になっていたとお考えですか?」
曹操:「(力強く)私が築き上げた法と制度の下、戦乱は完全に終息し、民は安寧を享受したであろう。才能ある者たちが身分を問わず登用され、国力はさらに充実し、文化もまた花開いたはずだ。私が目指したのは、単なる軍事的な制圧ではない。新たな価値観に基づく、強靭で豊かな国家の建設だ。それが、赤壁の敗北によって、そして私の死によって、道半ばで終わってしまった…それが心残りといえば心残りよ。」
諸葛亮:「曹操殿のそのお言葉、確かに一理ございます。しかし、あなたのその強大な権力が、後継者によって正しく引き継がれ、維持されたかどうか。あるいは、あまりにも強大すぎたゆえに、内部からの腐敗や権力闘争を招いた可能性も否定はできませぬ。歴史に絶対のIFはございませんが。」
あすか:「(頷き)曹操殿のIFシナリオもまた、歴史の大きな転換点を示唆していますね…。一つの判断、一つの選択が、これほどまでに未来を左右するとは…。皆さま、それぞれに重い『IF』を語っていただき、誠にありがとうございました。このラウンドを通じて、皆さまの人間的な側面や、歴史の持つ無限の可能性を垣間見ることができたように思います。」
(クロノスに、これまでのIFシナリオとその可能性が絡み合うように表示される。)
あすか:「もしあの時、違う道を選んでいたら…。それは、後悔の念かもしれませんし、あるいは未練かもしれません。しかし、皆さまがその時々で下された決断こそが、私たちが知る三国志の物語を紡ぎ出したのです。ラウンド4『IFの選択』は、これにて終了とさせていただきます。さあ、いよいよ次が最終ラウンド。これまでの全ての議論を踏まえ、『三国志最強』の称号が誰に、あるいは何にふさわしいのか、最終弁論を行っていただきます!」
(スタジオの照明が厳粛な雰囲気に変わり、最終ラウンドへの期待感を高める音楽が流れる。対談者たちは、これまでの議論を胸に、最後の弁論に向けて静かに闘志を燃やす。)