002 引き金は引かれた(捷)
「...紅茶をご用意いたしました」
ヨーゼフの「入れ」という声と共に、侍従がやってくる。そして、またもや驚いているシラルテに無愛想ながらも小さく笑みを作ると、侍従の注いだ茶を口に含んだ。
面食らっていたシラルテではあったが、先に毒が入っていないことを見せたヨーゼフの前で飲まないことは失礼だろうと思い、自らも茶を含む。次の瞬間、シラルテは小さく驚きの声を上げた。
「...うまい」
「!そうであろう。遥か東方の日本という国から寄せていてな、国許でも余に近しい者であれど口にする機会は少ないものなのだ。貴公の働きは余も感じ入るものがある。なればこそ、余は貴公にこの茶を振舞おうというのだ」
ヨーゼフは破顔すると、嬉しそうに茶の元の国を言った。シラルテにはあまり聞き覚えがなかったものの、(確かジパングの事か。...ロシア帝国の艦隊を破壊した、あの国か)思い至って一瞬苦々しい顔をした。
「?どうした。舌を噛んだか?」
心配そうにこちらを見たヨーゼフに自らの失態を悟ったシラルテは、「え、ええ。少し噛んでしまって。歳を召すのは恐ろしいですな」とぼかしていうことにした。
「...茶請けが遅いですな」
「そうか?まあ、余もこの国独特のあの菓子が食いたかったところだ。確かメレンゲ...クッキーと言ったか?一度取り寄せて食ったが、あれは良いものだったな」
懐かしい頃のことを回想するヨーゼフ。シラルテは、(そんな顔ができるのももうあるまい)とほくそ笑み、その時を待った。
そして、控えめなノック音が室内に響いた。シラルテは笑みを浮かべて「入れ」と言い、そして入ってきた者は...
ダンッ!と、控えめでは全くない銃声が室内に響いた。
「...?シラルテ、茶請けではないのか...?」
何が起こったのか、という表情をして今し方銃弾に貫かれた脇腹を抑えるヨーゼフに、シラルテは三日月の如く唇を吊り上げ、悪魔が乗り移ったかのように言った。
「な訳ねえだろうが、この愚王が!そもそも、他国に護衛もなしでやってくるなんざ甘ぇことしてっからテメェは死ぬんだよ!この引きこもりが!」
ヒャッハッハッハッハ、ハーッハッハッハッハッハ、と声を上げて狂笑するシラルテをみてようやく現実を理解したように表情を変えたヨーゼフはしかし、自らに弾丸を放った男の顔を見て、ニヤリと笑った。
「...シラルテ、ぬか喜びしているところ悪いが。じきに貴公も余の後を辿るであろうよ」
「なにいってんだ、テメェはよぉ!...おい、さっさとその男を殺せ!」
男はヨーゼフの脳を直接撃ち抜いた。
「ハッハッハ、えぇ?『偉大なる帝国』だっけか?んなもんできるわけねえだろうが、このあほんだらがぁ!ひゃーーっはっはっはっはっは、ヒャッハッハッハッh
ダァン!3発目の銃声が、シラルテの最後の音となった。
男は「...なぜ私はこんなことをしているのだろうな」と自嘲したのち、気にしても仕方がないのだと割り切ったかのように手につけていたゴム手袋を外し、自らについた血も服ごと廃棄して、自らはそのまま闇に消えた。