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第一話 天の御子、四郎

 密談。大人達は天草と島原の間に浮かぶ島、湯島で密談を重ねていた。


 今までの密談は蜂起するかどうかを話し合う場だったが、今は違う。蜂起することは、決まってしまった。

 今はいかに成功させるかを話し合う場となっている。もういつ勃発してしまってもおかしくない状態だった。


 私は大人達が意見し合う場を離れ外に出た。人を殺す策略など聞きたくなかった。

 私の歩く音だけが響く静かな夜だった。しばらく進むと今は使われていない、寂れた漁師小屋が見えてくる。


 その日は島原の村々を代表する若者達が、私に会うために湯島を訪れることになっていた。


 戦が始まれば民達はいくつもの苦難にぶつかることだろう。私は村々を代表する若者達の心の拠り所を作るべく絵像を用意することにした。

 

 魂を込め描いた絵像。きっと多くの民達を守ってくれることだろう。


 十名ほどが入ればいっぱいになる程の小屋に一本の蝋燭が立ちゆらゆらと揺れている。私はその中で絵像を描き続けた。

 何人で訪れるのだろうか。あまり目立った動きをしないように、こちらの動きを悟られぬよう最小限の人数で来るように。と、言い置いておいたのでそれ程多い人数ではないだろう。


 無事を祈り一枚一枚に魂を込める。


 数枚書き終えたところで小屋を出て夜空を見上げる。三日月が浮かび闇夜をうっすらと照らし上げていた。

 風がまだ暖かい。暑い夏だった。暑い夏のせいで風も冷えるのが遅くなっているのかもしれない。風は暖かく穏やかで、波も荒立ってはいないようだった。


 浜辺まで歩いて行くと闇夜から櫓で舟を漕ぐ音が聞こえてきた。ゆっくりゆっくり音だけが近づいてくる。

 舟の姿は闇夜に紛れ視認することはできない。灯もつけずに月明かりだけを頼りに、ここまで舟を漕いできているとでもいうのだろうか。


「四郎様、出迎えてくださったのですか」


 向こう側からはこちらが見えているのだろうか。小さく囁くようなやや声高い女の人の声が聞こえてきた。

 しばらく声の聞こえてきた方角を凝視していると、舟影と人影が六人ほど見えるようになってきた。が、まだ暗くてはっきりと顔までは視認できない。


「四郎様、遅くなり申し訳ございません」


 また別の女の人の声が聞こえてきた。目の前まで近付いて来たところでようやく島原の若者達だということが分かった。女の人が二人、男の人が三人いる。


 三人の男は忙しなく周りを見渡しだした。人目を避けるようにと言い置いていたので、警戒しているのだろうか。

 見覚えのある顔だ三吉、角内、新兵衛という名だったはず。三人とも口数が多く、剽軽者で明るい性格をしている。それ故、人に好かれやすい。


 女の人は椿と楓だ。椿はやや釣り上がった猫のような目をしていて鼻が高い。勝ち気で男勝りの気性をしている。それ故、輪の中心にいることが多い。

 楓は丸顔でこれまたまんまるのつぶらな目をしている。あまり表情を変えることがないので控えめな性格に見えるが、芯が強く肝が据わっていて頼りがいのある人だ。


 それと漕ぎ手と思われる漁師姿の者が一人。今日は波が穏やかだったとはいえ、闇夜の暗い海の上を三日月の薄い月明かりだけを頼りにここまで来たのは、さぞ難儀だったであろう。


「ご苦労様でした」


 私は軽く頭を下げ、十字を切った。


「四郎様、ありがたや、ありがたや」


 驚きの表情を浮かべ大きく仰け反った後、小走りで私に近寄ってくると膝立ちになり胸の前で手を合わせ指を組んだ。目には溢れんばかりの涙を浮かべている。

 他の五人も私の前で膝立ちになり同じように胸の前で手を合わせ指を組んだ。全員一様に涙目になっている。


 大蔵によく言われるが私が十字を切ると心に衝撃が走り、鳥肌が全身を駆け巡るらしい。この者達も同じような衝撃を感じているのだろうか。


「これからを担う若者達をここまで無事に運んできてくださり、本当にご苦労様でした。しばし緩りと休んでいてください」


「はっ、はぁー、私なんかには勿体なさ過ぎるお言葉です」


 漁師は大袈裟なくらいにひれ伏してしまった。私はそんな大層な人間ではないのだが、大人達が作り上げた偶像の私を演じ続けなくてはならない。


 私は手を天に向かって突き出す。すると団子が天から舞い降りてきた。大蔵に言われ鍛錬したので、今の私に取り寄せられない物などない。


 驚きの声が広がる。


「さあ、緩りとされていて下さい」


「勿体ない、勿体のうございます」


 団子を差し出すと漁師はまた大袈裟なくらいの身振り手振りをして拒絶してきた。


「せっかく取り寄せたのです、食べてもらわねば困ります」


「はっ、はぁー、有り難き、有り難き幸せでございます」


 漁師は団子を受け取ると泣き出してしまった。手ぬぐいを取り出し団子を載せ地面に置き、手を合わせ拝み出す。


 そこまでする必要はないと思うのだが。


「さあ、皆こっちに来てくれ」


 五人とも今までのやり取りを見て恐縮してしまったのか何なのか、放心状態となっていて私の言葉に反応が無かった。

 私は一旦肩をすくめてから大きく手を振ると、再度こちらへ来るよう促す。唖然としていた表情がようやく動き出した。


「流石、四郎様」


「日常動作のように奇跡を起こされてしまった」


 そう言って腰を曲げたまま、身を縮こめたまま付いて来る。私のことを皆、天の御子様と崇めている。致し方のないことなのだろうが、皆の態度はやはり居心地が悪い。


 大蔵のように人として接してくれると助かるのだが。


 大蔵は今頃、大人達と談合をしていることだろう。大蔵のことだ、うまく立ち振る舞っていることだろう。向こうの心配は何もない。むしろ私の方が皆とうまくやれるか心配だ。


 これから私は島原の若者達の真意を確かめなくてはならない。島原の状態も苛烈を極めていると聞いている。

 島原の若者達が何を望み、何に希望を見出そうとしているのか確かめなくてはならない。


 決して戦を無理強いさせてしまってはいけないのだ。


 私への振る舞いを見ると本心を話してくれるかどうか不安になるが、真意を正確に把握しなくてはならない。


 私は天の御子として、皆の願う方向へ導かなくてはならないのだ。


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