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第32話 未知の怪物

 姿かたちは人のよう。だが、人間とは決して相容れない存在だと、その異様な雰囲気がひしひしと警告してくる。


 深い赤の体に、半透明な赤い羽根。あれは、おそらく。


「……聖霊か?」

「多分、そうだね。ぼくと似た力を感じるよ」


 隣に駆け寄ってきたフォコに回答をもらう。予想が当たってほしくはなかったが、そうも言っていられない状況だ。


 聖なる力は、魔物に対して特に強い効果を発揮する。そして、人間に対しても一定の効果を発揮する。


 耐性の無い人間が過剰に浴びれば、運が悪ければ即死してしまう。運が良かったとしても、間違いなく何かしらの後遺症が残る。


 やはり、姉妹たちの力は借りれない。幸い、テラの安全地帯は優秀である。外からの攻撃も中からの攻撃もほとんど弾き、一定時間が経たないと本人でも解除不可能な土の要塞。


 赤い聖霊をまっすぐと睨み付けるフォコは、いつになく真剣な眼差しである。その様子で相対する存在の危険度が嫌でも分かってしまう。


「トラス、肩は?」


 フォコの視線が、俺の焼けた右肩に移る。


「問題ない、引ける。それに、今が無茶のしどころだろ」

「……そっか。そうだね」


 感覚はほぼないが、そのおかげで先ほどまでと違い突き刺すような痛みも感じなくなっている。


 逃げるという選択肢は既にない。目の前でけたけたと嗤うあれは、絶対に放置してはいけないたぐいのものである。


 羽化——ぱっと思い付いた言葉ではあるが、おそらく最も適切な表現だったろう。あれは、もう母なる迷宮という枷から、飛び出している。


「フォコ……やっぱりあれは、もう……」

「うん、切れてる。繋がりが」

「そうか……さて……」


 唾を飲み込み、後ろを振り返ろうとしてやめる。甘えは捨て去らなければならない。


「久しぶりの死線だな」


 ぼうっ!

 開戦の狼煙は、フォコによる聖炎だった。


「あははははははは」


 壊れたオルゴールのように、不気味に笑いながら火炎弾をはじく赤の聖霊。だが、炎によって視界はとぎれたはず。


「【深く、透き通れ】」


 一瞬の隙をつき、完全な透明化。そして。


「【紅蓮海道】」


 猛り荒ぶる二列の炎が、道をつくる。フォコの口から発せられたのは、二股の火炎線。


「ふーっ……。はーっ」


 息を吸う。そして、吐く。腹の奥に力をこめて、弓を構える。


 ——魔力添加。全身で練った透明な魔力を、矢へと流す。


「“不可視の貫撃”」


 放たれた矢は——何者にも認識できない一撃は、一直線に聖霊へと向かう。


「あはははははーー? はは?」


 矢が聖霊の体を貫き、大穴を開ける。


「あぁぁああああああっ!!!!」

「ぐ……っ……」


 けたたましい叫び声。鼓膜が破れそうになる。泣いているようにも見える聖霊の体は、もうすでにくっつきかけている。


 しかし、想定内。


「どうせ物理攻撃は効かないんだろ」


 弓を構える。炎の道は、声による爆風で消えかけてしまっている。今度は、威力よりも速度重視。


 放たれた二の矢は、《赤粘体の矢》。


「きぃやあ?」


 命中。ほとんど治りかけていた聖霊の小さな風穴に、スライムのような粘体がこびりつく。


「あぁあああああ!」


 だだをこねるように飛び回り、体に付いた異物を取り払おうとする聖霊。


 だが、矢の素材はフレアスライムの粘核。炎に耐性があるため、簡単にははじけないはずである。


「うーらぁー!」


 ぼぼぼぼぼっ。

 放たれるのは、連弾。


 聖なる炎同士、効いている様子はないが、吸収されてしまうといったことはないようである。


 ゆえに、フォコは復活を許すまいと打ち続ける。


 この隙に走る。それは、荷物を回収するため。


 テラの近くにいたゴーレムが持っているリュックサックに用があるのだ。あそこには、水のオーブが入っている。


(一か八かにかけるしかない)


 ゴーレムのもとへとたどりつき、リュックサックを漁る。


 取り出すのはオーブ。水のオーブや回復のオーブなど。中身を確認せずに、腹ポケットの中へあらん限りを詰め込み、再度、迷宮主らしきものと向き合う。


 赤い粘体は、既にほとんど溶かされてしまっている。


 握ったのは、《溶岩粘体の矢》。今度は、フレアスライムよりも熱耐性の高いマグマスライムのもの。


 ——魔力添加。魔力を込める。目には見えない透明な魔力。だが、しっかりと腕に力がこもっている。


「“不可視の貫撃”」


 一切の音をたてずに、聖霊の胸へとたどり着いた《溶岩粘体の矢》は、大きな炎をあげながら、きらきらと燃え盛る。


 焚き火に薪をくべているような気分になるが、自由に動き回らせては、一瞬で詰みかねない。


「効いてくれよ……!」


 腹ポケットから取り出したのは、青色と黄緑色のオーブ。


 できる限りの濃い魔力を練り、オーブを両手に一つずつ握る。精一杯の魔力をこめた魔法水晶は、青と黄緑の輝きを撒き散らしながら、かたかたと震えだす。


 ちゃぷっ。びゅうっ。

 始まりは、小さな音。


 どばどばどばっ。びゅうびゅうびゅう。

 効果を発現しはじめた魔法水晶を、力の限りぶつける。


 がきんっ!

 びゅわんびゅわんびゅわんっ!!!


 魔法を意図的にぶつけ合わせ、暴走させる。やってのけたのは、冒険者の禁止事項のひとつ。


「くたばりやがれ」


 洪水と台風を組み合わせたような一撃。重なり割れたオーブから、際限なく溢れだし、赤い聖霊を捕らえる。


「きぃやぁああああああああっ!?!?」


 金切り声。耳から届き、激しい頭痛を引き起こす騒音。それが、だんだんと。


「ぃやぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁ……」


 叫び声が小さくなり、さんさんと輝いていた赤が落ち着く。


「……やったか?」


 ぼうっ。

 しかし、願いは届かない。尽きかけていた火の光が、一瞬にして大きくなる。


「あはあはあははははは!!!!」


 大量の水と風の牢獄が弾かれ、勢いを失う。


「くっそっ……!」


「【聖火煌々】」


 ぼうっ!

 放たれたのは、聖なる火。フォコによる本気の魔法。


「効いてるよ! ぼくが気を引くからもっと!」


 フォコが、全力の火炎弾を放ちながら、こちらに叫ぶ。正直、どの程度の効果があったかは分からないが、フォコがそう言っているのなら信じる価値がある。


「了解!」


 風のオーブは、一つしか持ってきていなかった。今度は——


 腹ポケットの中に、視線を落とした一瞬の隙。


「あはは」


 近くで笑い声が聞こえる。


「……はっ?」


「トラス! 避け——」


 目の前、ほぼゼロ距離に、赤い聖霊。


「——がっ」


 俺の腹を突き刺したのは、細腕。燃え盛る線状の炎が、腹ポケットに包まれたオーブごと俺の体をえぐりとる。


 痛み。熱さ。それよりも、体の中をいじくられているという恐怖と気持ち悪さが勝る。


(……だめだ——意識が——飛ぶ)


「あはは」


 笑いながら、腹から手を引き抜く赤い聖霊。血の焦げた臭いが、妙に鼻にいすわっていた。


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