愛の嘘〜中編
カブというの原付のことです。
それから1ヶ月が経っていた。ひろきは2階の和室のふかふかの羽毛の布団にうつ伏せで倒れてた。
「ふぅ〜、仕事が終わった〜。」
「お疲れ様。あとどれだけ?」
「ざっと、二週間ぐらい。」
「そっか。」
ひろきは枕に顔を押し付けて答える。黒馬のレプリカがひろきを見ながら答える。
「彼とは仲良くなれた?」
「広高君に『行こうよ!!』なんでせがまれる。」
「完全に兄ちゃんじゃん。広高君が虐められてたら『どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!』なんて言って助けないと。」
少しおちゃらけた口調で答えたオルロスに顔を上げて睨みながら答える。
「こっちとしてはムカついてるんだよ。」
「どうして?」
その問いに低い声で答える。
「信頼されてるからさ。」
「そっか!確か、君がこの世で嫌いなものは信頼だったよね。」
「ああ、お陰で毎回こっちが胃が痛くなるような思いをしながら彼と接してるよ。」
仰向けになって額に手を当てる。天井の電気は眩しかった為眼を細めながら口を開く。
「信頼なんてロクな言葉じゃない。ましては信用に至っては、聞きたくない言葉だ。」
「でも、今回に限っては信頼されることが後から尾を引きそうだよね。」
「・・・・・奏美ちゃんの件かい?」
ひろきがボソッと口にした言葉に数秒の沈黙が生まれる。
「あの子の余命はいつだっけ?」
「・・・・あと、二週間近くだ。」
ーーーーーー
遡るほど1ヶ月前。
「面白いですね。そのお仕事。」
「そうでも無いよ。正直ダルかったかな。」
奏美はひろきの話に目を光らせ、少し体を乗り出して話を聞いてた。木野は思い出したく無いように目を逸らしながら話を聞くとすると高広が首をこくっ、こくっと動かしながら眠っていた。
「おいおい、寝ちゃったのかよ。」
「まぁ、いいんじゃ無いですか?広高もいつも私のお見舞いに来てくれるんですから。偶にはこういう事も。」
「いつもどうやって来るんだい?」
「バスですよ。いつもバスで来てくれて、今日あった事とか、楽しかったことを話してくれるんです。」
彼女は何処か遠い目をしながら事を話す。
「どこか、悲しそうだけど、大丈夫?」
「え?」
その時ひろきの目は金色の瞳になっていた。
「もし隠してる事があるなら、口にすると良い。」
ひろきはそう言いながら外を眺める。その顔は夕日に照らされ表情が読み取れなかった。しかし、その言葉はとても彼女からすればとても頼もしい言葉に感じた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて・・・嬉しいです。」
彼女は涙を流しながら頭を下げる。
「周りに、話せる人はいなかったんだね?」
彼女は無言で頷く。
「両親も最近顔を見せてくれません。広高に口にすれば、きっと彼は心配します。そうなったら、私に会わなくなるんじゃ無いかって。だから、その、言えなくて、怖くて。」
「そんな事を話してくれるなんて・・・・ありがとう。」
「え?」
彼女は彼を見つめる。黒い瞳が彼女を優しく射抜く。
「自分も、同じ事を感じた事があったんだ。誰にも言えなくて、一人で抱えて訳がわからなくなった時があった。だからこそ、奏美ちゃんの苦しみは理解できる。だからこそ、話してくれた事に感謝してるんだ。」
「そうだったんですね。」
彼女は顔を伏せながら口を開く。
「実は・・・・私はもう長く無いんです。」
「え?」
ーーーーーー
「そう。」
「・・・・なぁ、オルロス的には悲しくないの?」
「悲しくないよ。そう言う君はどうなんだい?」
「俺もさ。寧ろ、その件が広高君にバレた時のことを考えると冷や汗が出るよ。」
「・・・・・やっぱり、保身の事しか考えてないんだね。」
それを言われたひろきは布団から起き上がり、オルロスを一瞥する。
「そうらしい。」
起き上がったひろきは光がない黒い瞳をオルロスに向ける。
「俺は、どうしようもないクズなんだ。」
馬鹿にするかのような言い方で淡々と口を開く。
「他人の死に関して涙を流す事もないし、悲しいと言う感情も湧かない。『虚無』なんだ。仲良くなった人が死んでもなんの感情も抱かない。蚊とか道端で獣が死んでも数分後にはなんも思い出せないし、感じないだろ?俺にとって、『他人の死』なんてそんなもんなんだよ。」
その返答に対してオルロスは明るく諭すように答える。
「大丈夫さ。君はいずれ涙を流せるようになる。そういう未来が待ってるからさ。」
それを聞いたひろきはフッと口元を緩めて答える。
「そっか。じゃあ、安心して明日を迎えられるね。」
オルロスに優しく笑みを向ける。その時のひろきの目には光が宿っていた。
「さて、明日も仕事だろ?だったら、さっさと電気を消して寝ないと。」
ひろきは立ち上がりカチッと天井の豆電球を消す。
「お休み、オルロス。」
翌朝、目が覚めたのはお母さんの大きな声だった。
「広高!広高!!」
「どうしたの?お母さん?」
「奏美ちゃんが!奏美ちゃんが!!」
僕はその言葉で全身の血が引いていた。
「奏美がッ!奏美がどうしたの!?」
「病気が悪化してッ!今峠なの!!」
その言葉を聞いて眠たかった僕は一気に飛び上がった。
「連れてってよ!!」
「そのつもりよ。お父さんが車で待ってるから行くわよ。」
僕が車に乗った時「木野さんはどうするんだろう?」と思ってしまった。
「木野さんは?」
「後で来るよ。」
その一言だけ伝えてお父さんは車を走らせる。外はまだ日が登る前で暗かった。僕はそんな外を眺めながら祈った。
どうか、奏美が生きてますように。
それだけだ、それだけを心の中で唱えながら病院に向かう。
病院に着いた時、僕は走ってエレベーターに向かっていく。
「広高!!」
お父さんが僕を止める為に声を荒げたが聞こえなかった。
「奏美!奏美ッ!!」
僕はすぐに来ないエレベーターのボタンを押す。カチカチカチカチとなっているが、すぐには来ない。
「そんなに押しても来ないわよ。」
「わかってる!だけど!!」
そうしてるとチンという音と同時に扉が開く。僕は焦って奏美の階の扉を押す。そして、到着して奏美の部屋の扉を勢いよく開ける。
「奏美!!」
扉を開けると。体を起こした奏美がこちらに微笑んで来た。
「広高、おはよう。」
白く、柔らかくて美しい笑みと天使のような優しい声を聞いた僕は涙を流してた。
「奏美・・・奏美!!」
僕は近いて奏美の手を握り、涙を流した。その雫は奏美の手に落ちてしまった。
「何?そんなに泣いて、みっともないよ。」
僕が泣いてると後ろから扉が開く音がする。
「奏美ちゃん、大丈夫?」
ヤツとお母さん、お父さんが一緒に来た。
「木野さん・・・・えぇ。大丈夫ですよ。」
奏美と奴は少し眼を合わせて無言で見つめ合ってた。僕達はその二人を見つめるしかなかった。
「そっか。」
ヤツはニコッと小さく微笑む。
奏美はほっぺを赤くして目を伏せる。
僕はその光景を見てヤツに対して心の何かが黒い感情に押しつぶされる気がした。これをどう表現すれば良いのか僕には分からない。だけど、何か怒りを感じて、ヤツを殺してやりたいような、そんな黒い何かだ。
少し微笑んだあと、ひろきは広高に横目を向ける。こちらを今まで見たことないような顔で睨んでいた。
「そうだよな。」
ため息混じりに小さく呟いた後に、彼は頭を描きながら病室を後にしようとする。
「どこに行くんだ?」
「店主、僕は旅館に戻ります。」
ひろきが扉を開けた時、彼女は呼び止める。
「あの!」
「奏美ちゃん、広高と話をしてみてくれ。」
「え?」
奏美が広高を見た時、彼女は目を見開く。何故なら、彼はとても細い目で、ひろきを睨んでいたからだ。
「広高・・・・・」
奏美はそれ以上何も言えなかった。いや、言葉が出なかったのだ。
「私達もそろそろ行こうか。」
「だな。」
広高も一緒に出ようとした時だった。
「広高、お前はまだ行くな。」
「え?」
「奏美ちゃんとお話ししなさい。それまで外で待っているから。」
そう言って二人は外に出る。
外は、日が上り、もう直ぐ10時近くになっていた。
「ひろき、良かったの?」
「何が?」
カブを走らせながらオルロスの問いに答える。
「奏美ちゃん、君ともっと一緒に居たかったんじゃないの?」
「かもな。」
「だったら、彼じゃなくて、君がいることが道理じゃないの?」
「かもな。」
「どうして、彼女から離れたの?」
赤信号になった為、カブを止める。
「広高君は彼女のことが好きなんだと思う・・・俺があの場に居たらダメなんだ。きっと、彼は後悔することの方多くなっちゃうから。」
「そっか。・・・・・そういうことか。」
「せめて、あと少ない時間の為に、二人だけにさせておこう。」
お父さんとお母さんが部屋から出てから僕と奏美は無言で目を合わせてた。
「奏美、どうしたの?」
奏美の顔はいつもの優しい顔と違って真剣に真っ直ぐ僕の眼差しを見つめてくる。
「広高、ーーぃよ。」
「え?」
「怖いよ!」
「今日の高広、いつもより怖いよ!」
彼女の目からは雫が流れてる。
「いつもの広高はとても明るいよ!あんな顔しないよ!!だけどッ!さっきから怖いよ!」
そんなことはない。僕は普通だ。
「そ、そんなことないよ!僕は普通だよ。」
なんでだろう。こんな事を口にしてる時も鼓動が速くなる。
「普通じゃない!あんな顔いつもはしなかったよ!いつも笑顔で、何か嫌な事があったら不貞腐れていて!気に入らないとすぐ寝ちゃう。そんな貴方が私は好きなの!」
僕は、その言葉を聞いた途端、鼓動が止まった気がした。
「え?僕が、好きだって?」
奏美は大きく何回も頷く。
「そうだよ。私は、広高のそういう所が好き。だから、あんな顔はしないで。」
とても嬉しかった。自然と暖かい涙が流れてきて、彼女の手を握ってた。
「わかったよ。僕は彼を恨まないし憎いと思わない!だってー」
そう、大好きな君がいるから。僕に告白してくれた君がとなりにいるから。僕も君の言うことを守る。
「君とこれから一緒にいれるから!!」
そう、これから、きっと彼女が笑顔で居られる毎日があるはずだから。
ひろきは夜の18時ぐらいに目を覚ます。
「あれ?もう夜か。」
「今日の仕事はないよ。急な用事で無くなったって言われたよね?」
「そうだった。だから昼寝をしてたんだ。」
と、時計を確認して18時であることを知って血の気が引くのを感じる。
「やばっ!オルロス、俺何時から寝てた?」
「14時ぐらいだね。」
「昼寝どころか完全に半日寝ちゃったよ!?」
「偶には良いんじゃない?」
「良くないよ。」
と、オルロスと和気藹々に話してた時、玄関の扉が開く音がした。
「帰ってきたらしいね。」
家族揃って明るく話してるのが声でわかるほど嬉しそうだった。
「どうやら、良い方向に向かったみたいだ。」
ひろきは起き上がり、近くのちゃぶ台に置いていたオルロスをポケットに入れる。
「ボクを入れてどこに行くんだい?」
「奏美ちゃんの所さ。」
「その心は?」
「結果を聞きたいだけさ。」
そう言って身支度を済ませ、団欒してる家族を横目に宿を出る。
「何も言わなくて良かったの?」
「帰って広高君の怒りを買いそうだからね。少し出かける用事はメモ書きで置いといたから大丈夫なはずさ。」
カブを乗りながら話をする。
「そういえば、今日の夕日はどう思う?」
オルロスの唐突な質問にひろきは「え?」と短く言葉を切る。
「どうって・・・・なんか暗い感じがする。」
「そう言う日は変なものに会いやすい。気をつけるべきだ。」
いつもの飄々たした言い方と違う、どっしりと低く言い放つオルロスにひろきは固唾を飲む。
「まぁ、気をつけるよ。」
軽く一言を言って病院にカブを止める。
「なんか、この病院暗くない?」
印象の問題かもしれないが、昼間に比べて薄気味悪く不気味な見た目へと変わっていた。
「夕焼けのせいかもね。ほら、薄気味悪い夕日はホラー系のセオリーだからさ。」
「だとしても、嫌な予感はするな。」
ひろきが先程とは打って変わって真面目な声で病院に向かおうとする。
「汝、この世のものであるな。」
二人が自動扉に数メートルで着きそうな所に一つの黒いフードが巻かれた人物が地面から目が生え、急成長する木の如く現れる。
「オルロス、アイツは。」
「やばいかも。」
その人物の手には肉は無く、骨の手で地面に手を入れる。まるで水中に手を入れたかのようにスゥーっと波紋を靡かせながら入っていき鎌を取り出し、鎌を大きな旗印のように地面に突き付ける。
「死神が目の前にいる。」
フードから見えた顔は人骨のような顔であった。しかし、目には怒りにも、悲しみにも似たような青白い炎が灯されていた。
さてさて、いきなりの死神というホラー展開、これからどうなるのでしょうか?